第43話 秘境
昼飯の後、裕也と忠司が普通免許を持っていると言うので二人が運転してくれる事となり、レンタカーで全員が乗れるバンを借りて、移動を開始して和歌山の山岳地帯を走っている。俺は後ろの席でスマホを使い、めぼしい秘湯を探してナビをする。
「あー次の信号を左、かな?」
「おっけー」
現在のドライバーは裕也だ。運転が穏やかで非常に乗り心地がいい。
一番後ろの席には、理香子と彩が談笑していて、俺の隣には大智が座っている。
「で? 弘樹が見つけた秘湯ってどんなとこよ?」
「んー、なんか凄い山奥に川に沿って小さな町が有ってさ、露天風呂付の民宿とかホテルもあるみたいなんで、そこに行こうかと」
「ちょっと弘樹あんた! 露天風呂って、まさか混浴じゃないでしょうね!」
「い、いや、まだ宿は決めてないんだからちゃんと男女別れた湯船が有る所に泊まれば良いじゃん」
「そう? ならいいけど……」
移動を開始して既に1時間。車内では気心の知れた勇者パーティ一行が、ワイワイと語り合いながら車はどんどん山岳地帯に入り、谷を縫うように目的地へと向かい、3時頃にようやく目的地と思われる場所の道の駅で一旦休憩する。
「龍神村って凄い名前だな! いい所じゃん!」
「んー! はぁぁ疲れた!」
「うぉー空気がうめぇ!」
「裕也君、運転ご苦労さま!」
山道を1時間も揺られ、全員が車外へ出て一斉に背伸びをする。
辺りは荘厳な山々に囲まれ鬱蒼とはしているが、そこには凛とした空気が漂い歴史を感じる。ネットで調べたところによるとここら辺は日本書紀にも出てくる由緒ある温泉地で、日本三大美人の湯ともされる龍神温泉郷という場所だ。
「すげぇ、山ばっかなのにちゃんと文明がある」
都会でお坊ちゃま育ちで世間知らずの大智が、雄大な山々を眺めながら言った。
「なぁ、こんな街道沿いの温泉じゃなくてさ、こういう所なら、秘湯みたいなところ有るんじゃねぇの?」
「おー秘湯! いい響き!」
「まぁ、無い事は無いと思うけど、探してみるか? でもネットに乗ってるようなところは結局有名な場所だと思うぞ?」
忠司や裕也も乗り気になるが、俺にとってはこの辺は地元であるからにして、秘湯とは言え、そんなに物珍しさも感じない為、しぶしぶスマホを使って付近の山奥にある温泉地を探してみる事にした。
手に取ったスマホで付近の地図を検索する俺。
「んー、北の方に神社が点在するエリアがあるけどその辺で温泉探してみようか」
「ただいまー、これからどうする? 宿探す?」
道の駅のトイレに行ってた彩と理香子が戻ってくる。
「なんかこの辺の観光的な温泉宿じゃなくて、もっと山奥の秘湯に入ろうって事になって、今探してる所」
「わぁぁ、秘湯! たのしみ!」
こうして、俺たちはまたレンタカーに乗り込み、さらなる山奥へと移動することになった。
◆
車内では道の駅で買った、お土産という目的を果たせなかった名産菓子を全員で食べながら、車は奥へ奥へと進んでいく。急カーブのたびに女性陣の『キャー』という声が車内へ響き、いかにも仲良し6人組という楽し気な旅がつづいていた。
運転手は忠司へと変わり、ナビにはスマホを片手に俺が助手席へついている。
「っかしいなぁ……」
「お? 頼むぜナビ。お前にとっちゃ地元なんだろ」
「いくら地元でもこんな山奥なんか来ねぇよ、さっきからGPSがあっちこっち飛んで、今どこ走ってんだか……たぶん方角は有ってるんだけど……」
『弘樹! 迷子になったらあんたのせいだからね! しっかりナビしなさいよ!』
『そうだーそうだー! あははは』
ナビの俺が迷子とばかりに、車内の後ろから罵倒を浴びせられる。
まぁ、殆ど1本道の山道だし迷う事は無いだろう、方角さえ合っていればそのうち地図にある神社が見えてくるはずだ、そこで地元の人にこの辺の温泉地を聞いたりすれば何とかなるだろう。
と、簡単に考えていた時期が俺にもありました。
道の駅を出てからぐねぐねと曲がりくねった山道を走る事約2時間、時刻は夕方の6時を過ぎ、もうじき秋というにはまだ日が落ちるのが早い季節。
そのうえ国道371号線を逸れて山岳地帯の谷間を縫うように走り続けると、次第に交差点も無くなり完全な一本道になってしまう。
それでもひたすらに山奥へ向かって鬱蒼とした荒れた林道を走り続けていた。
「おい弘樹、ほんとにこっちで合ってるんか? なんかどんどん道細くなるぞ? こんなところ対向車来たらどうにもならないんだが?」
『弘樹って方向音痴!?』
『うー、俺少し酔ってきたぞ』
「い、いや大丈夫だって! 方角は有ってんだし道なんか殆どないんだから迷わないって。もうしばらくすれば……あ、ほら! なんか看板合った!」
林道を沿っていくと、小さい集落と神社がある筈なんだが、俺達を迎えてくれたのは、荒れた林道の終点に、車が数台止められそうなちいさな駐車場の様な広場と、そこから森の中へ通じている登山道の入り口の様な石階段。
「行き止まりじゃねぇか! ここでいいのか!?」
「あー、いや地図見ても行き止まりの道なんかどこにも無いんだけど……たぶんこの辺だとは思うんだ、ちょっと疲れたし、一度降りてみよう」
6時を回り山岳地帯の谷間は日も落ちて街灯も無い駐車場に降りる俺達。
その駐車場の脇には、古い書体で書かれた『隴神灥鄕琯』というボロボロの看板があり、理香子が俺に聞いてきた。
「弘樹君これなんて読むの?」
「んー、りゅうじんせんきょうかん? かな?」
その看板にある矢印は石階段の奥を指している。
「奥に宿とかあんのかな? 行ってみる?」
「なんか怖くない? 看板ボロボロだしもうやってないんじゃない? この辺人の気配しないよ?」
「だって、秘湯ってそういう所だろ!? だから山奥まできたんだぞ?」
あまりの鬱蒼とした当たりの様子に少し怯えだす彩。
「ま、ここまで来て何もしないで戻るのもなんだし、行くだけ行って見ようぜ」
忠司がそう言うと、全員でその石階段を上り始めた。
そうして足元も見えづらくなってきた山道。風が木々を揺すりザワザワと音を立て、時折遠くから謎の発砲音のような、パーンという音が響く。コオロギや鳥の鳴き声が無差別な方向から一斉に襲ってくる中、6人全員で暫く歩く事5分。
視界が開けるとそこには一軒の宿らしき建築物が立っていた。
「お! 明かりついてるじゃん! 泊まれるかな?」
「はぁはぁ、良かった……」
その建物は明治か大正時代に建てられた様な雰囲気の、怪しげでモダンな2階建ての洋館で、どっから見ても民家では無かった。建物の背後からは温泉の湯気らしき白い煙が立ち込め、いかにも秘湯宿といった佇まいだ。
俺たちは印象的な玄関の引き戸を開け、ロビーに入るとフロントを探した。
「ごめんくださーい」
「誰もいないね……」
宿の人を呼ぼうと声をかけるも、誰も出てこない。
ロビーの片隅には、いかにも大きなのっぽの古時計がおいて有り、静寂の中コチコチと時を刻む音だけが聞こえる。
「すみませーん、宿の方いらっしゃいますかー!」
「シーズンオフだからやってないんじゃねぇ?」
「うん、人の気配なさすぎ、ちょっと怖い感じもするし……」
声をかけて暫くすると、廊下の奥からどうみても脊椎圧迫骨折してるレベルで背の曲がった身の丈130㎝ほどの、明らかに90歳越えしている小さいおばあさんが現れ、俺達に見向きもせずまっすぐフロントへ向かったので声をかけた。
「す、すみません、こちらは宿泊施設でしょうか?」
「はい、こちらへ……」
「6人なんですけど今日泊まれますか? 突然ですみません……」
「はい、こちらへ……」
俺達の突然の来訪に驚く様子もなく、ろくに目も合わせないまま、蚊の鳴くような声でフロントへ案内され、それについていく俺と忠司。
他の4人はロビーに置いてある数々の意味不明な調度品を眺めて回っている。
「こちらへ……」
宿帳みたいなものを出され、他に書かれているものを見習い、代表者の俺の氏名や住所、連絡先を記入する。
「6人部屋は無いよ」
「あ、はい、空いてれば二部屋お願いしたいんですが」
「はいヨ、こちらへ……」
宿代の説明も何もない。まぁどうせ経費で落とすんだから金額はどうとでもなるだろう。俺たちは言われるがままに、老婆についていき廊下を通りすがら説明を受けた。
「あんたら予約じゃないからご飯はここの食堂。夕飯と朝食は8時から10時」
「ここ露天。こっち男、こっち女。あしたは逆。好きな時に入っていいヨ」
「ここトイレ。共同だから。あかりはココ」
「ココとココがお部屋。カギはいコレ。窓は虫が入るヨ。貴重品は金庫。責任は取らないヨ。他に客はいないけどね。ごゆっくり……」
「は、はぁ、ありがとうございます」
不愛想で怪しげなおばあさんだったけど結果俺達は4人部屋二つを借り、とりあえず片方の部屋に6人が集まり、くつろぎだす。
「はぁぁ、山道疲れた……」
「忠司、運転ご苦労さん!」
「凄い所だね! こんな山奥に洋館の宿とかなんか、小説に出てきそう!」
「なんにしても、泊まる所があって良かった……」
こうして俺たちは魔人内藤の集合魔法により集まった結果、突然の流れで和歌山の山奥にある謎の洋館に1泊することになった。
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