第42話 集結魔法
翌朝。
時刻は朝6時半ほど。
久しぶりの実家帰省に彼女を連れてきて一泊。結果的に同じ布団で一緒に寝た訳だが、俺は理香子より少し早く目が覚めてしまった。現時点で睡眠時間は4時間くらい、正直ぐっすり眠れたというほどでもない。
隣で寝ている理香子の横顔を見るとちょっかい出したくなってほっぺをチョンとつつくと、うーんと唸って反対側を向く。
彼女って良いなぁ……。
さて今日は何して過ごすか、久しぶりの完全オフ、ゆっくりデートできる日だ。以前はデートしたって魔人達がエンカウントしたが、さすがに昨日の今日だ、週明けに来ると言ってた魔人と街なかで会う事も無いだろう。それにここは都内でもなく有名観光地でもない訳で、魔王や魔帝が登場することもあり得ないだろう。
「今日は理香子と1日ゆっくり過ごそう……」
そう呟くと、理香子の寝息にいざなわれ、二度寝を決め込むのであった。
◆
9時ころにまったりと起床し、遅めの朝飯を食べてから理香子と食後の散歩。
理香子が、ミカン畑を見てみたいといった。
季節は秋口の朝、すこし肌寒さを感じつつ、両親が営んでいるミカン畑の斜面を二人でのんびりと歩いている。収穫後にオレンジ色のミカンは無いが、それでも青々と茂る蜜柑の葉と遠目に見える海、晴れ渡る空のコントラストが、なんともすがすがしい気分にしてくれる。
「私ね、クラブで初めて弘樹君見た時にさ、なんかこうなる気がしてたんだ」
「こうって?」
「んー、一緒に弘樹君の実家に来たり、普通に同じ布団で寝たり、二人で朝の散歩したり。なんだろこれ? デジャブっていうのかな? 今なんか凄いそんな感じ、あはは」
「そっか……」
俺も実はそんな感じがしていた。デジャブなのかそういう気がするだけなのか分からないが、なんだかこの先に起きることも知っている気がする不思議な感覚に包まれながら暫く歩いていた、が。
「ん、まてよ? なんかホントに覚えがあるぞ……?」
「何が?」
「んー、分かんないけど、なんかこの後……誰かと? ……会う?」
「昔の地元の友達とか?」
30秒か1分か、俺はミカン畑の真ん中で立ち止まって腕を組んで考える。
理香子は少し笑いつつ呆れたような表情で俺の顔を覗き込んでいる。
すると突然ミカン畑の静寂を切り裂くように携帯が鳴りだす。
「うぉ!?」
慌てて携帯を取り出して見ると、昨日から忠司の着信が何度も来ていた。
『お、でた! もしもし弘樹?』
「忠司? どうした?」
『ああやっと連絡着いた。いま全員駅前だけどこの後どこ行ったらいいんだ?』
「何が??」
『え? 昨日夕方内藤さんに連絡貰ったんだけど?』
「え、いや、だから何が? 俺なんも聞いてないぞ?」
『マジ? 今和歌山駅の前だけど……連絡貰って慌てて皆に声かけて全員で夜行バス乗ったんだぞ? なんも聞いてないって事ないだろ……』
「いや、ほんとに何も聞いてないって」
マジで寝耳に水。あの魔人がまた何かやらかした様だ。
『内藤さんはもう連絡してあるから着いたら弘樹と連絡取って合流しろって言われたんだぞ?』
『おーい、弘樹君~おはよー』
『腰いてぇ、なんだあの椅子は!? 全然寝れねぇよ!』
『俺も。バスで寝るなんて無理だったわ』
電話の遠くから彩たちの声がする。
「マジか……。どうしたものか……」
「何? どうしたの?」
理香子が不安そうに聞いてきた。
「なんか分かんない。忠司達が内藤さんの指示で和歌山に来てるって……」
「えー!?」
俺たちは家へ向かいつつ歩きながら電話を続ける。
『全員休日出勤って事で出張費も交通費も出すからすぐ発ってくれって言われてさ、慌てて皆にも声かけて新宿から夜行バス乗ったんだぞ? 昨日から何度も内藤さんやお前に電話かけたけど全然でねぇし。ホントなんも聞いてないのか?』
「ああマジで聞いてないよ、内藤さんも今こっち居るみたいだけど、明日俺と理香子でポスター撮影があるって聞いてるだけだ。スタッフが来るとは聞いてたけど……」
『あの狸親父、いよいよ俺達を振り回し始めやがったか……』
「あー、まぁそう言ってたし全員混ぜる気だろうなぁ。でも撮影明日だぞ?」
『しょうがねぇよあの人には逆らえん。とりあえず俺達どうしたらいい? そっちはどこなん?』
「俺たちは和歌山からきのくに線で1時間くらいの湯浅って所だけど……」
『そっち行くか?』
「うーん、実家来られてもなぁ」
『どうする?』
「じゃあ駅前のビジネスホテルでも取ってチェックインしててくれ、俺と理香子もこれからそっち向かうわ」
『分かった』
「多分1時間半くらいで行くから合流して観光でもしよう」
『了解』
「経費請求するんだし内藤さんへの報復に全員ちょっといい部屋取ってやれ!」
『おっけ、分かった』
「じゃ後でなー」
これで確定。
俺と理香子の安息は一晩しか持たなかったこととなった。
「どうなったの?」
「うん、これから和歌山向かって、忠司達と観光することにしたよ」
「そっかぁ」
「ごめんな、二人でゆっくりしたかったのに」
「んーん。弘樹君のせいじゃないよ、それにみんなも居れば楽しいじゃん!」
「そうか、そうだな、パーティメンバーだもんな。魔人が全部悪い!」
「そうだそうだー! あははは」
そうして俺たちは実家に着くと両親に事情を伝える。
既に数日は泊まることを伝えてあるが、今日は和歌山観光してくる事になった。
「大通りにタクシー呼んだからすぐ来るわよ」
「おーありがとう、じゃ荷物置いて行ってくるわ」
「お義母さん行ってきますー」
「気を付けてねー」
◆
やっぱりタクシーは素晴らしい。
来るときは新幹線とローカル線とタクシーを乗り継いできたが、実家から和歌山駅までタクシー料金約1万というのは俺的にとてつもない贅沢だ。理香子は勿体ないから電車で行こうと言ったが、今の俺にとっては気にする金額でもない。なんせ今の俺は月給100万円なのだ!
以前の預金残高は月末には4桁だったが、あっという間に7桁になり、今となっては月末に減るどころか、どんどん増えている状況だ。それを鼻にかけるつもりは無いが、時間と疲労を金で買うのはなんて素晴らしい事なのだ! その切っ掛けを生んでくれたベーシックインカム万歳!
「お疲れー」
「ワハハハ、タクシーで来たから疲れてないけどな!」
「アハハハ……」
「俺たちは夜行バスで全員やられてるわ……」
そう言えば、彩の美形な顔が、幾分かむくんでいるようにみえる。
「ね、ね、寝れないんだよ! あの椅子、腰が壊れるんだよぉー?」
「やっと寝付いたころに着いてほとんど寝れなかったよ……」
大智と裕也がそのしんどさを訴えてくる。
その様子は、どこぞの旅番組のもじゃもじゃ頭のタレントのようだった。
「じゃあ、観光つってもあんまり疲れないとこ行こうか」
「そうしてくれると助かる」
忠司も彩も気丈に振る舞ってはいるが、東京-和歌山間という半端な距離の夜行バスはさすがにしんどかった様だ。
「じゃ、今日はオフな訳だし温泉でもいくか? この辺結構あるぞ」
「おおお、あなたが神か……」
大智が大げさな反応を見せるが、よく見ると全員が目を輝かせている。
「じゃあ温泉宿とか民宿に泊まるってのもアリだけど、ここのホテルってもう取っちゃった?」
俺は忠司にそう聞くと。
「いや、一応フロント行ったけどチェックインは15時からって言われてまだ取ってないよ、温泉地に宿が有ればそっちでもいいな」
「じゃここで昼めし食ったら、温泉探して移動しようか、付くころにはチェックインできそうな時間になってるだろう、移動中に予約してもいいし」
「「賛成」」
そうして、結局実家の方角へ戻る事になった。
理香子と丸1日をゆっくり過ごすという計画は無くなってしまったが、これはこれで楽しいし、パーティーメンバーの結束も高まるという物。
しかし、和歌山は国内でも有数の大自然が残る県。ぶっちゃけ山ばっかなのだ。
どうせなら山奥にある秘湯的な場所を探していくのも悪くない。
そこなら人も少ないだろうし不意なエンカウントの心配も無い。
こうして俺たち勇者一行は、魔人内藤による集結魔法で集合した結果、全員で山奥の秘湯へ向かう事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます