第41話 爆発魔法


 食卓の上のカセットコンロにおいてある鍋からはグツグツと湯気が上がっている。

 特段この地域の名物という訳でもないが、胃に優しい物をリクエストしたらほうとうが出て来た。それを父と母、俺と理香子の4人でつつく。なんかもう家族みたいだ。


 父は元々そんなに喋るタイプではないが、なぜだかカチコチになっていて、俺達が来てからほとんどしゃべっていなかった。それが少し気になっていたら母が父にツッコミを入れた。


「もーお父さん! いつまで緊張してるんですか! 折角理香子さんが作ってくれたんだから楽しく食べなさい!」

「う、お、ああ……」


 なんだ、理香子の存在に緊張していたのか。

 そう思って俺はニヤニヤしてしまう。


「親父緊張してたのか。そんなんじゃ理香子も緊張しちゃうじゃんね」

「あはは、はい、お義父さんお酒注ぎますね」

「う、お、ああ……」


 理香子に酌をしてもらって、なお一層ガチガチになる父は見てて少々滑稽だ。

 こんなおやじ初めて見るわ。


「りかこさんもどうぞ!」


 母が理香子に酌をする。


「もー、こんな可愛い子連れてくるなんて思ってもいなかったわ」

「そ、そんなこと無いです!」

「あんた、もっと早く連れてきなさいよ、いつからお付き合いを?」

「えっと、春くらいからです」


 すこし照れながら答える理香子に母がもだえる。


「あー、もう! あなたうちの子になりなさい!」

「かあちゃん、ま、まだそういう話は……」

「あ、アハハハハ……」


 理香子はいつも苦笑いばっかだ。

 まぁでも、こういうのも団らんというのだろう。


 そんな中、誰も見ていないテレビをつけたまま食事をしていると、地方でよくある手作り感満載のCMに混じって、全国感満載のクオリティの高いサイテックの企業CMが流れはじめた。


『停滞する日本。しかし私たちは全ての思いに応えようと努力を続けています』


 そんなナレーションと共に、作業着を着た人間が、工場らしき場所で他の作業員と打ち合わせをしている姿や、検品工場の作業場で一生懸命働いている姿を、いかにも望遠で撮られたような映像が流れだした。


「ぶっ!!!!!」

「弘樹!? これあなたじゃないの!?」

「!?」

「え!?」


 そのCMが突然目に入った俺は思わずほうとうを少し噴き出してしまった。

 父と母もそのテレビを見て衝撃を受けた。もちろん理香子もだ。


『全ての物づくりに情熱を注ぎ、全ての人々に豊かさを届けます』


 そんなナレーションと共に、俺がパペットマンになって行く過程の、メイクや衣装合わせの風景を遠目に撮影した映像が流れていく。


「か! 隠し撮りじゃねーか!!! こんなの聞いてねぇぞ!」

「ええ!? やっぱりこれ弘樹君!?」


 最後にあの巨大なサンライズビルをバックに、工事用ヘルメットを被って空を指さしてビシッと決まった外壁広告の絵面に似た感じの俺が登場する。確かにスタジオのクロマキーセットの前で、スーツ姿でヘルメット被ってポーズした覚えはあるが……。


『明日の日本を切り開くのは誰だ! 株式会社サイテック!』


 わずか15秒のCMだったが、その完成度は地方の手作りCMではなかった。

 恐らくこのCMは全国放送されているのだろうと、分かる映像だ。


「ひろき……あんた……」

「う、あ、アハハー」

「す、凄いね、テレビコマーシャルだよ。やっぱり弘樹君もうタレントなんだ」


 確かに、CMになるかもしれないという話は聞いていたが、放送されるまで一言も教えられないとは聞いていなかった。


『ご覧の番組はこちらのスポンサーの提供でお送りしています』


 何か言い訳や、映像の説明をしようにも、テレビは無情に他の映像を流し続ける。

 番組は普通のよくあるトークバラエティ番組だが、サイテックはスゲェな、土曜のこの時間のゴールデン番組のスポンサーもやってんのか。

俺達は言葉も無く、食事する手も止まっていると、父が話し出した。


「頑張ってるみたいだな、弘樹……」

「あ、ああ、うん」

「これからもがんばれ」

「ありがとう親父、今まで心配かけてごめんなさい」

「うむ」


「ほら、ちゃんと食べなさい、おかわりは?」

「うん、ありがとう」

「フフフ」


 理香子はそんな様子を見てほほ笑んでいた。

 なんか、そのCMが流れたことで、場がまとまった。

 俺が幾ら頑張っていて、どんなにそれを伝えようとも、一撃でこんなに伝わることは無いだろう。


 俺が両親に向けて発した謝罪はとても短い言葉だが、大学を中退した事や、2年近くも引きこもっていた後ろめたい気持ちを、謝りたいと思っていた気持ちを、初めて真摯な気持ちで両親に伝えることが出来た気がする。


 今は頑張ってるよと胸を張って言えると思った。

 それは全て内藤さんのお陰だ。

 いや、内藤さんだけじゃない。

 忠司達や両親、ひいては会社や国のお陰でもある。


 そして、隣に座ってほほ笑んでいる理香子を見て、改めて俺は一人で生きてるんじゃないと、実感した瞬間だった。


 それから4人で食事を続け、父も少しずつ打ち解け合って、酒も入りいい気分になってきたときに、酔った父が突然言った。


「俺は……孫が見たいんだが、結婚はするのか?」


 いや! とうちゃん、なにいうてはりますのん!? 

 ほら、理香子が赤くなっちゃったじゃないか、いや、それは酒か?


「だってさ、弘樹君、どうする?」


 いやいやいや理香子さん!? あなたももう酔ってますね?


「あ、うう、うん、おいおいな、おいおい……」

「ですってお義父さん!」

「そうか。お前たちはもう子作りはしてるのか?」


 はああああ!!!?

 とうちゃん! あんたなに聞いてはりますのん!? それ実父の質問なの!?

 それはセクハラだぞ! どんな爆発魔法だ! ざけんな! 理香子に謝れ!

 ほら理香子が赤くなっちゃったじゃないか、て、あれ、それ酒?

 てか、なんか目が色っぽく……。


「えーっと、どうする? 弘樹君?」

「う、あ、えっと、おいおいな、おいおい……な? 今は飯中だし、な?」


「あんた! もう少ししっかりしなさい! 男でしょ! 理香子さんごめんなさいねぇ、うちの弘樹は優柔不断で……」

「あはは、しってます!」

「そうか、おいおいか。楽しみにしておく」

「う、こ、これ俺が悪いの??」


「かあさん、布団は一つでいいからな」

「はい、分かってます」


「コラぁぁぁぁぁぁ!」

「キャー!」


 理香子もノリがいいというかなんというか……。

 まぁ、でもここは弄られておくとするか。


 そうして一家団らんは日が変わるまで続いた。


 久しぶりの息子の帰省、しかも恋人を連れてきた結果、両親もはしゃいでいたようだ。よほど嬉しかったんだろう。やっぱりたまには親に顔を見せないといけないよな。なんたって俺はこの人たちが作ってくれたんだ、顔を合わせづらいとか言ってる場合じゃなかったんだ。感謝を忘れちゃだめだよな。


 ありがとう、とうちゃんかあちゃん。俺、これからも頑張るよ。


 それと、こんな状況を作る切っ掛けをくれた内藤さんには、感謝するしかないよな、なんか釈然とはしないが一応思っておく事にする。


 内藤さん有難うございます。これからも頑張ります。


 そうして団らんが終わり、昔の俺の部屋に行くと、本当に布団が一つだけ敷いてあった。


「まったく、あの母は、本気にすんなよ……両親がごめんな、理香子」


俺はボヤキながらタンスから布団をもう一組敷こうとすると。


「いいじゃん! くっ付いて寝ようよ!」

「理香子、お前酔ってるだろ?」

「うん、酔ってる! だから一緒に寝よう!」


お袋のパジャマを借りて着ている理香子に違和感を覚えながらしぶしぶ了承する。


「まぁ、いいか。何かするわけじゃないし……」

「しないの?」

「しないよ! 実家で出来るか!」

「あははははは」


 そういって、同じ布団に入って寝ることにした。

 理香子が酔っぱらっている事もあるが、こうなったのも父が発動させた爆発魔法の影響が大きい。楽しい人だがぶっきらぼうな所もある親父に感謝せねばなるまい。


 まぁ、以前ほど緊張はしなくなってるけど、ここの所疲労がたまっているのか微熱っぽかったりボーっとすることが多かった。

 今日は実家で安心してぐっすり寝れそうだと思っていたのだが、やっぱり好きな子が隣で寝ているのは幸せなもんなんだなと実感しつつも、理香子が抱き枕の様に俺を抱えてくる。


 そのせいで色々と柔らかかったり、色々と固かったりする事にどうしても気を取られてしまって、やはり眠りにつくまで大変だった事は言うまでもない。


 俺は理香子に抱きかかえられながら、子供の頃毎日見ていた暗い部屋の天井のシミを確認しながら考えた。


 明日は一日中ほとんど二人っきりでデートが可能な日だ。

 俺の地元な訳だしどこ行こうかな、母校を見せたり、近所の温泉行ったり、お土産屋を見て蜜柑グッズ買い込んだり、二人でのんびり過ごすのも悪くないな。


 俺は、一組の布団の中で理香子に抱きかかえられながら、そんなことを考えることで、ようやく眠ることが出来た。


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