第40話 勇者の安息
不思議な光景だ。
ここは俺の実家である。目の前には俺の両親と近所のおばちゃんがテーブルを囲んでにこやかに談笑している。しかし、その隣には、なぜか中心的な位置づけになっている魔人内藤が、母の出した煎餅を食べながら会話に混じっている。俺の隣には始終愛想笑いをしている理香子、その隣には俺達が着いた直後に帰宅した父がなぜかカチコチになっている。
「内藤さん、ほんとどうしてここにいるんですか?」
「うん? サイテックは工作機械や農業機械も作ってるだろ、そこで全国の農協と提携して、いろんな場所にそういう商品をまとめて下ろしたりしてるんだが、今回お前の今後の活躍を見越してその事業を拡充させることになってな。その最初のプロジェクトとしてこの地域の農業組合と事業活性を行う事になってその段取りで来てるんだよ」
「内藤さんだけで動いてるんですか? ほかの社員は? というかなんでこの地域が……」
「サイテック工業事業部のメンバーは今農協の方にいってるぞ? あとここが選ばれたのは、お前の実家が農業やってるからに決まってるだろ」
「な、なんで内藤さんだけここに居るんですか? というかどうして俺の実家の事を知ってるんですか」
「そりゃぁ、今後の事業の話とお前の事を兼ねてご両親に挨拶に来たんだよ。これからこの地域の事業にお前の顔を使う事もあるからな」
「う……」
「それとお前の事で俺が知らない事は何一つない!」
い、言い切りやがった。
「前に言ったろ、お前を宣伝棟に採用するにあたって調査会社に依頼して調べてあるんだよ。フフフ、私に隠し事しても無駄だぞ?」
「そういう事なんで俺に話してくれないんですか!」
「当然だろ、お前の驚く顔が面白いからだ! わはははは」
完全に俺の人生を弄んでいやがる。
しかし俺にこの人をどうすることもできない。
この魔人内藤は、俺よりも一枚も二枚も上手なのが事実だ。
「この子ったら何も言わないんですもの、内藤さんから色々聞いて心臓が止まるかと思ったわよ、テレビ出てるとか言ってくれれば見るのに……」
「そ、それを言いに今日ここに来たんだよ」
「えっと理香子さん、でしたっけ、どうもうちの弘樹がお世話になってます」
「え、いえいえ、改めて初めまして小鳥遊です」
玄関で少し顔を合わせただけだったので、お互い改めて挨拶をする。
その横で父は未だにカチコチになっている。
しかし色々聞いたって、内藤さんはどこまで話したんだ?
「あんたも大変みたいだけど、大丈夫なの?」
「まぁ、頑張ってやってるけど、だいたいこの人に振り回されてばっかりだよ」
そう言って内藤さんの方を見ると、ニカニカと笑いながらミカンの皮をむいている魔人内藤。ひとしきり皮をむいて、一房食べると。
「ご両親、弘樹君は私が責任もって面倒見ますからご心配なく、彼は優秀ですよ!」
「よろしくお願いしますね、この子は何でも中途半端な所があるので、ビシビシやってくださって結構ですので」
「もうそうさせていただいています、わははは」
「あ、あはははは……」
「……」
理香子が苦笑いをしている俺の実家の居間で、俺を弄ばんとする俺が敵わない人たちが、食卓を囲んで恐ろしい会話をし、その横で父はふんぞり返って黙っている。
俺は以前、焼き肉屋で似たような光景を見た記憶がある。
確かそのあと、炎上騒動やテレビの問題発言が起きたんだよ、今回は何も起きないといいんだが。俺は少しでいいから休みたいよ……。
その後、両親との談笑もひとしきり、内藤さんが帰ることとなった。
帰り際、理香子と二人で玄関へ見送ると、内藤さんは靴を履きながら今後の予定を聞いてきた。
「北村たちは明日以降の予定はあるのか?」
「あー、明日は理香子とゆっくりこの辺を見て回って夜には帰るつもりですけど」
「そうか、じゃ作業課には俺から言っとくんで2、3日留まってくれないか?」
「会社が大丈夫なら俺は構いませんが、理香子を一人で返す訳には……」
「うん? 二人一緒にだよ。今回のプロジェクトで全国で農業してるお客さんに使ってもらうためのポスターに使う撮影をしたいんだが、二人でどうだ?」
「え? 私もですか!?」
「以前会見の時に言ったろ、北村や小鳥遊君、市川君達も今後動いてもらうって」
「そ、そうでしたね。私も、お仕事が大丈夫なら平気ですけど……」
理香子がそう言うと、靴を履き終えた内藤さんはスッと立ち上がりパンッと両の手を叩き……。
「よし決定! じゃあ明日はまぁ休日として、明後日の午前中またくるよ。東京からメイクやカメラマンのスタッフ達も呼んでおくからよろしくな!」
「「は、はい分かりました……」」
「久しぶりの実家なんだしゆっくり休んどけ! じゃ明後日に!」
「「お疲れさまでした」」
そうして玄関の引き戸に手をかけた瞬間、内藤が立ち止まって何かを考え出した。
「……あ、そうだ、たしかアレが今日からだったな?」
「え、なんです?」
「まぁ、言わなくても良いか。運が良ければ見るだろうし、私はその様子を想像しておくことにするか……じゃあな!」
嵐の様な魔人はそう言うと颯爽と去り、後には台風一過の様な静けさが残った。
「なんなんですか……まったく」
「また大変なことになりそうだね……」
「ああ、ほんとあの人は……」
「でもまた、勇者の弘樹君が活躍するんでしょ? それでまた誰かが救われたりするのが少し楽しみだよ!」
「でも今回は理香子も一緒みたいだぞ?」
「う、わ、私も頑張る!」
玄関でそんな立ち話をしていると、キッチンから母が今晩の夕食を聞いてくる。
「あんたたちーこれから夕食作るけど今晩何食べたいね?」
「あ、私手伝ってくる! 弘樹君何食べたい?」
「なんでもいいけど、んー、胃に、優しい物?」
「そうだね、分かった伝えてくる!」
そう言うと、すっかり母と仲良くなった理香子は、パタパタとキッチンへ向かって行った。お付き合いしてまだ半年少々だが、こういう瞬間にやられるんだ。俺はいずれあの子と一緒になるのだろうか。キッチンへ向かう理香子の後姿を少しぼんやりした頭で眺めていると、ほのかな幸福感と過ぎ去った嵐の余韻がひと時の安らぎを与えてくれた気がした。
しかし、突然魔人が居たことには本当に驚いた。
まぁ、やり手な人だから、俺の事や実家の住所や事業内容は、あの人が言うように、調査させれば分かることではあるだろう。しかし、今日俺達が実家に帰ってくることは俺と理香子しか知らないはずなのだが、なぜ内藤さんは今日ここにいたんだろう。俺は少し熱っぽい感じでボーっとしているので、聞きそびれてしまった。
あの魔人の行動には幾つか疑問が残っているんだ。
まず最初に出会ったとき、俺がアイディアを出したから、というだけで俺を引き抜いた。その後ただの一般人の俺をタレントにすべく祭り上げたが、その動機もイマイチ納得できないでいる。他にも西園寺さんと大泉元総理と俺と理香子しか居なかった酒席での会話内容を知っていた事や、池袋や熱海旅行先でのあり得ない偶然過ぎるエンカウントなど説明できそうもない疑問もある。
何度か聞いたことはあるんだが、いつもはぐらかされてしまうんだ。
それら全てが、あの人が行動力があるやり手だからというだけでは説明が付かない気がする。だからこそ魔人と呼ぶのにふさわしいのではあるんだけど……。
本当に何者なんだろう。
いつかちゃんと教えてくれるんだろうか。
そうして、夜は久しぶりの実家で家族団らんになった。
しかも人生初の恋人を両親に紹介し、母と理香子も瞬時に打ち解けて、二人が一緒に作ってくれたほうとうを4人でつつきながら、俺は安息を得ることができた。
と、思っていた。
父による爆弾投下で爆発が起きるまでは……。
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