呪われし塔

王生らてぃ

本文

 白い四角い石が隙間なくみっちりと積み上げられ、巨大な円柱をなしている。その隙間のない白い壁の中に、唯一空いた穴。それはここから見上げるほど遠く高い場所にある、小さな窓。

 小さい頃に聞いたことがある。

 この白く細長い、高い高い塔には、とても罪深い女の子が幽閉されていて、一生をここから出ることなく過ごすのだと。



 一度だけ、その子の顔を見たことがある。

 真っ白な顔と、血がにじんでいるかのような赤い唇。淡い金色の、長い長い髪。

 窓辺に止まった小さな鳥を眺める瞳は、空が透けているかのように真っ青だ。小さな声で、小鳥と一緒に歌っているその姿は楽しそうで、とても「罪深い」なんて思えなかった。

 その女の子の姿を見たものは呪われる。罪深いものを見ることもまた、罪深いことなのだ。

 そう言われていた私は、その日のことをずっと秘密にしていた。

 彼女を見た三日後、お父さんは狩りの失敗がもとで亡くなり、その半年後にお母さんは心臓を病んで亡くなった。私は一人きりになってしまった。多分、私が呪われてしまったから、私じゃなくてお父さんとお母さんが身代わりになったんだと思った。



 15歳になったとき、あの塔を上ってやろうと思った。

 塔を上って、あの子に会うのだ。それで、呪いなんてないって証明する。私のお父さんとお母さんが死んだのは、呪いのせいなんかじゃない――私があの子のことを見てしまったせいじゃないって証明するのだ、と息巻いていた。それに、もし本当に呪いなんてものがあるんだとしたら、その子を殺してやろうとも考えていた。

 茨の草むらを抜けて、さび付いた柵を通りぬけて、ようやくやってきた白い塔は、入口も出口もなくて、どこからどうやって入ったらいいのか分からなかった。壁を上っていこうかとも思ったけれど、表面は雨風にさらされてつるつるになっていて、指先ひとつ引っ掛ける場所もない。

 私はあきらめきれない気持ちを抱えたまま、その場をあとにすることにした。



「だれ?」



 どこからともなく、声が聞こえてくる。

 最初、風の音かと思った。それか小鳥の声かと。それくらい透明ですきとおっていて、どこからともなく聞こえてくる声。

 私は見なくてもわかった。

 塔の上にいるあの子の声だ。



「あなたは誰? どうしてここに来たの? いや、どうやって……」

「話しかけないで」



 私はそっちを見ずに答えた。



「あなた――呪われているんでしょ。呪われた人を見たり、話をしたりすると、その人も呪われるんだって。そのせいで、私のお父さんとお母さんは……」

「だったら?」

「え?」

「だったらどうなの? わたしのこと、殺すの?」



 さすがに振り返った。

 怒りに身を任せて、こっそり握ってきたナイフを思いっきり真上に放り投げたけれど、塔の半分にすら達せずにむなしく地面に落ちた。



 女の子と目が合った。

 笑っている。

 真っ青な――気持ち悪いくらいきれいな青い瞳を大きく見開いて、金色の髪をだらっと窓からぶら下げて、にこにこ笑っている。



「また来てよ。お話ししましょうよ」

「いやだ!」

「あ、返事してくれた。あーあ、あなた、呪われちゃったね! もう一度も二度も同じでしょ、またお話ししに来てよ。ここ、小鳥のほかには誰も来ないから退屈なの」

「……、」

「それに、あなた、前もわたしと目が合ったよね」

「え」

「覚えてる? 七年前のこと」



 七年前。

 それは私の両親が亡くなった年――私が初めて、彼女を見た日のことだ。

 彼女も見ていたんだ、私を。そして覚えていたんだ。



「ね、また会えてうれしい。だから、お友だちになりましょうよ」

「いやだ……」



 二度とここには来ない。

 そう思って、その場をあとにした。



 なのに――

 私は呪われてしまったのかもしれない。

 あの子のことなんて大嫌いなのに、もう会いたくもないのに、あの子の笑顔が頭の中からずっと離れない。あの子の声がずっと、胸の中で響いて止まない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪われし塔 王生らてぃ @lathi_ikurumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説