恋愛相談

揚げみかん

本編

 頭の中は、いつも好きな人のことでいっぱいだった。

 好きな人と話しているときはもちろん、話していないときもいっぱいだった。今日は話せて楽しかったな、と思い出すだけで温かい気持ちになるし、明日も話せるかな、と考えるだけでワクワクする。

 好きな人がいるから学校に行こうと思えるし、その人がいなくなったら学校に行けないかも、と思ってしまう。それくらい、私は好きな人からエネルギーをもらっていた。

 だから、好きな人ともっと話したいと思うのも自然なことだった。

 嬉しいことに、私の好きな人はほぼ毎日私に話しかけてくれる。だけど、私から話しかけることはほとんどない。どうすればいいかわからなくて、毎日のように悩んでいる。

 話すのは楽しいけど、向こうから話しかけてくれないと話せないというのは、それなりにモヤモヤするものだった。

 いつか私に話しかけてくれなくなったらどうしようと考えるたびに、私からも話しかけようと頑張ってみるけれど、それでもうまくできたことはない。

 共通の話題が見つからないからだ。

 二人とも見てるドラマとか、好きな俳優さんの話とかで盛り上がれたらいいのだけど、私たちの間にはそういうのがなかった。

 ただでさえ誰かに話しかけるのが苦手な私にとって、共通の話題がないのは致命的だった。なんとか無理して話題を作って、変に思われるのも怖かった。

 だけど、このままじゃどうしようもない。いろいろ考えた末、相談をすることにした。


 ◇


 昼休みが始まるチャイムが鳴ったら、すぐにアキちゃんのところに向かって声をかける。

 アキちゃんとは小学校からの友達だ。小学校に入学してできた最初の友達がアキちゃんだった。

 アキちゃんが当時一人だった私に話しかけてくれたのがきっかけだった。そのおかげで、アキちゃんとは友達になれたし、アキちゃんを通じて他の子とも仲良くなれた。私から友達に話しかけることはほとんどなかったけど、それでもみんな声をかけてくれたし、仲良くしてくれたから、小学校は楽しかった。

 中学校でも同じクラスになれてよかったと思う。違うクラスだったら、また私から誰にも話しかけられなくて、中学校の友達ができなかったかもしれないし、きっと相談もしづらかっただろう。


「……アキちゃん、昼休み予定ある?」

「ないよ。どうかしたの?」

「実は、相談したいことがあってね。できれば、他の人に聞かれたくないんだけど」

「いいよ。私とユメちゃんの秘密ね。教室のすみっこ行こっか」

「うん」


 アキちゃんがこっちと手招きする。

 大した距離じゃないけど、アキちゃんが小走りなので私も小走りだ。


「それで、ユメちゃんの相談ってなに?」


 相談の内容は決めているけど、やっぱり少し言いづらかった。

 私が言いづらしそうにしているのを見て、アキちゃんは優しく微笑んで待っていてくれた。アキちゃんはやっぱり優しい人だ。

 このまま待たせるのも悪いので、教室にその人がいないことだけ確認して、小声でアキちゃんに伝えることにした。アキちゃんの耳元で囁く。


「実はね、私ケイゴくんのことが好きなの」


 アキちゃんの顔を見る。

 私に好きな人がいる話は今までしたことがないから、驚くと思っていた。だけど、アキちゃんはあんまり驚いていないように見える。


「……好きな人いたんだね」

「うん。アキちゃんもっとびっくりするかと思ってた」

「そう? それで、じゃあ相談って恋愛相談?」

「うん。話しかけ方がわからなくて困ってて」

「そういうことね」


 アキちゃんは私の好きな人を聞いても、いつから好きなのかとか、どんなところが好きなのかとか、聞いてこなかった。

 もし他の子に相談してたら、きっとすぐに質問攻めされていたと思う。こんなところも、アキちゃんのいいところだ。聞かれてもうまく答えられないし、すごく助かる。


「ユメちゃん、昔から人に話しかけるの苦手だもんね」

「そうなんだよね。しかも好きな人ってなると、どうしたらいいかわからなくて」

「なるほどね」


 アキちゃんは下を向いて考えていたが、すぐに顔を上げた。嬉しそうな顔をしているので、きっといい考えが見つかったのだろう。


「それなら、最初は学校のこと聞くのがいいと思うよ」


 得意げにアキちゃんが言う。アキちゃんは昔から友達と仲良くなるのが上手だったし、その経験からのアドバイスなのかもしれない。


「学校のことって?」

「例えば明日の持ち物とか。明日の美術って何か持ち物あるっけ、みたいな聞き方なら、ユメちゃんも聞きやすいんじゃない?」


 そうやって話しかけるのがいいのか、と感心する。人に話しかけるのが苦手な私にとっては、好きな人だけでなく、友達にも使えそうなやり方だった。


「たしかに、それならしやすいかも」

「他にも、宿題とかも聞きやすいかもね」

「範囲どこまでだっけ、みたいな?」

「そうそう」


 でも、好きな人との会話は、もっと盛り上がる話題があった方がいい気がする。もちろん、どんな話題でも私は楽しいけど、相手はそれで楽しいのかな。


「……好きな人と話すのって、そんなんでいいのかな」

「最初はそれでいいんじゃない? そのうち、学校以外の話で盛り上がれるようになると思うよ」


 そういうものなのかな。私には経験がなくていまいちピンと来ないが、アキちゃんが言うならきっとそうなのだろう。


「……そっか」


 相談が思ったより早く終わってしまった。

 だけど、私にとっては大きな収穫だ。


「そうと決まれば、早速話してきたら?」

「え、今すぐ?」

「うん。早い方がいいと思うよ」


 今すぐやってみよう、となるのがアキちゃんだった。私だったらこのあと二日くらいはさらに悩みそうだ。


「じゃあ、そうするね」


 行ってくる、とアキちゃんに手を振って、教室を後にする。

 アキちゃんも手を振ってくれていた。


 ◇


「なんとか話せた……」


 昼休みには人がめったに来ない廊下まで歩いてきたら、一気に肩の力が抜けた。それでも、心臓のドキドキが落ち着く気配はなかった。

 相談して正解だった。ひとまず、会話ができたことに安堵する。

 普通に話せてただろうか。自然な感じだっただろうか。ずっと俯いていなかっただろうか。

 話してるときのことを思い出すと、だんだんと心配になってくる。

 でも、心配と一緒に幸せな気持ちも湧いてくる。

 私にとって、アキちゃんとはそんな存在だった。

 いつもアキちゃんから話しかけられてばっかりだったから、今日は私から話しかけられてとても嬉しい。

 それに、ケイゴくんが好きって嘘も言えた。これは、私にとって大きな収穫だ。

 これで、私がアキちゃんのことが好きだって気づかれる心配もないだろう。アキちゃんや他の人にこのことが知られたら、アキちゃんと友達でいられなくなるかもしれない。それだけは嫌だった。

 少しだけドキドキが落ち着いて、代わりに満足感で体が満たされていく。

 アキちゃんとの会話の余韻に浸っていたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえた。

 あとちょっとで授業が始まる。走っているところを先生に見つかるとまずいので、早歩きで教室に向かう。

 幸せすぎて、油断するとついスキップしてしまいそうになる。

 放課後も話せるだろうか。明日も話せるだろうか。アキちゃんのアドバイスをアキちゃんに実践するのも少し変な話だけど、そうすればうまくいくだろうか。

 どうやって話しかけようかとか、何を話そうか考えるのも、今日うまく話せてからは楽しく感じるようになった。

 頭の中は、いつもアキちゃんのことでいっぱいだった。

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