不惑のプロローグ
生津直
不惑のプロローグ
朝から血が騒ぐ。今日は何も手に付かないに決まっているから、大事な仕事は昨日のうちに片付けた。
心ここにあらずな自分に「恋かよ」とツッコみながら、財布の中のチケットを確かめる。
【メガトンキャノンズ再集結ライブ! ついに不惑のプロローグ!!】
文字を見ただけで胸が熱くなる。「再集結」という呼称は、彼らの、そしてファンである俺たちのこだわりだ。断じて「再結成」ではない。
俺らは解散しない、と彼らは宣言した。80~90年代のバンドブームをともに駆け抜けた、同志の人気バンドが相次いで解散した直後。
ボーカルのタカさんは「メガキャンは永遠に不滅で~す!」と絶叫し、客席にダイブした。ごつい肩が、俺の手に触れた。固くて、熱くて、湿っていた。俺たちはこれでもかと
数年後、メガキャンは活動を休止した。「35歳になり、いろいろ思うところがあって、歌との向き合い方を変えたい」。タカさんはそう言ったが、要するに声が出なくなってきているのは、ファンも感じていた。彼特有の叫ぶような発声の寿命が長くないことは、素人にもわかる。
月一のファンクラブ会報も休刊し、CDを聞く頻度もしだいに減った。やがて就職活動という現実に押し流され、俺は思いのほか上手にメガキャンから離れていった。
あれから5年。再集結の知らせに、俺の心は熱を取り戻した。
しまい込んだ思い出も
夢の中じゃフルカラーで
ずるいよ 会いたいよ
君に もう一度
歓声を受けて登場した4人。外見は5年前と変わりない。ギター、ベース、ドラムの演奏にも、特に
タカさんの歌声には無理があった。高音は苦しげだし、激しい曲では、周波数を上げただけのシャウトもどきでごまかしている。MCも妙に長い。
中盤では、他の3人を残してステージ袖に消えた。近況トークに続いて、ギターのモッチが歌うソロ曲。前代未聞の展開だ。どう見ても、タカさんを休ませるための時間。かつて俺たちを沸かせ続けた
曲は今も好きだ。歌詞だって素晴らしい。でも、あの勢いあってこそのメガキャンだろ? こんなざまなら、復活しない方がよかったんじゃないか?
後半で演奏された「不惑のプロローグ」は、今回の表題作。40歳中年男の悲哀とささやかな幸福をコミカルに
メガキャンは俺の青春だった。新曲は発売と同時に買い、四六時中iPodで聞き、出演番組を録画し、カラオケで歌い、ファンイベントにも参加した。
高校でも大学でも、友達が熱狂しているアーティストより、メガキャンは一世代古かった。何しろ、デビューは俺が幼稚園の頃。ライブに来るファンは、俺より一回り以上年上。彼らと一緒に騒ぐことで、大人の仲間入りをした気分になった。
そんな青春が、今夜
だが、周りを見回しても、後日SNSのコメントを読んでも、否定的な感想を寄せたのは露骨なアンチぐらいだ。結局、俺は本当のファンではなかったということか。その気付きこそが、一番ショックだった。
◆
「パパ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、
自分の誕生日なんて、もうめでたくない。でも、祝ってくれる家族の存在は素直にありがたかった。
意味があるのか不明な残業
部下がミスってブルーな心境
思わずグチればツイート炎上
頼みの綱は家族の愛情
懐かしい「不惑のプロローグ」の歌詞が浮かび、身につまされる。
4人での再集結は、あの一度きりだった。振り返るたび、苦い気持ちになる。
俺自身、
タカさんが40になった年に、ヒット曲『不惑のプロローグ』にかこつけて一夜限りの再集結を果たす。その悲壮な覚悟に、真のファンは気づいていただろう。誰も口にはしなかったが、あの日の空気を思い返すと、そんな気がしてならない。
もう、次はない。タカさんとともに涙を流した連中には、わかっていたのだ。みんな大人だ。俺だけが子供だった。
メガキャンは今も解散はしていないが、バンド活動は完全に止まっている。リズム隊のヤッシーとヒューベは、インストバンドのライブやジャムセッションを続けているらしい。ギターのモッチは、オンラインでクリニックを開いたり、有名歌手のアルバムのバックに参加したり。
ふとググってみると、タカさんはソロキャンプにはまっていた。youtubeチャンネルまで開設しており、その名も「メガキャン・タカのソロキャン
ソロキャンの配信以外に、トークや対談、「歌ってみた」動画もある。俺は、その1つをおそるおそる再生した。俺を冷めさせたあのライブから15年。25歳だった俺は40になり、40だったタカさんは55だ。
曲は最近の人気ポップス。タカさんの声はやっぱり細く、一段と
すげーな、まだ歌ってんだな。
一時は30万枚超えのヒットも出した、本格ロックバンドのボーカリスト。
劣化ヤバい、オワコン乙…… そんな心ない声が飛び交うことも承知で、タカさんはあの日、ステージに立った。そして、今も立ち続けている。俺は、
次々とクリックしていると、メガキャンの曲のバラードアレンジもあった。
おっ、オシャレじゃん!
ソロアルバムを出すべくボイトレに励んでいるというタカさん。曲調によっては、掠れ声がいい味を出している。歌い方を変えたのかもしれない。
終わってなんかいない。俺が勝手に終わらせていただけだ。俺自身はどうだ? 40にして惑わず、なりふりかまわず新たな一歩を踏み出せるか?
思いがけない誕生日プレゼントだった。俺は、感謝と尊敬と応援を込め、高評価ボタンを押した。
【了】
不惑のプロローグ 生津直 @nao-namaz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます