終章

ライブ本番前。

ステージの表も裏も、期待と緊張に包まれている。

最も、一番緊張しているのは――


「衣装よーし、髪の毛よーし」


鏡を見て最終確認をしてい るのは、黒髪の律。

椅子に座り、緊張の面差しで膝に乗せた手を見つめているのは白髪の詩。


「お二人とも、本番十五分前です!」


「「はーい!」」


スタッフの声かけに元気よく答える二人。

控え室に二人しかいないことを確認して、詩がそっと律に声をかけた。


「……ね、『詩』」


「……その名前で呼ばれるの久しぶり。どうしたの、『律』。不安?」


「何か、思い出しちゃって ……今までの、いろんなこと。走馬灯ってやつ?」


自然と自分の首に手を伸ばす詩。

彼の首には、うっすらと索条痕が残っている。

いっぽうの律には、斬りつけられた傷がチョーカーの下にはっきりと。


あれから数年経った今でも、当時のことは鮮やかに蘇る。

忘れもしない、身体にも心にも刻まれた苦い過去。

思い出すと詩は時々、苦しくて息が出来なくなる。


律は詩の頭をぽんぽんと叩くと苦笑いした。


「やめてよ~、これからライブなんだから。過呼吸、今起こしたらダメだよ。……ほら、呼吸

を合わせよ?」


「……うん」


立ち上がり、律の手を取る詩。

普段は詩が先導して動いているが、二人きりになるとどうにも立場が逆転しがち だ。

向かい合って、おでこをくっつけ、手を繋ぎ、瞳を閉じる。



どこまでも同じ見た目、鏡合わせの一卵性双生児。

だが今、その髪色と瞳の色は、全く違う。


全ては人として生きるため。

詩が詩で、律が律であるために。



「いち、に、で合わせるよ 。せーの」


心臓を、呼吸を。全てを片割れとシンクロさせ、深く深く集中する。

双子がライブ前に必ずやる、おまじないだった。



「……落ち着いた、ありがとう」

「どーいたしまして」


紅色の瞳を細めて微笑む律。

かつての雪のような白髪とは反対の、不自然なまでに艶やかな黒髪。

律の変わってしまった姿を見て、詩は再び決意を口にする。


「……ね、俺、きっと強くなるから。強くなって、それでもって、今度こそ律を守るから」

「も~、詩は強いじゃん。成績も運動も、これ以上俺を置いてってどーするのさ~」


詩の肩を駄々っ子のようにゆさゆさと揺する律。

真剣な――だが優しい眼差しで、律は正面から詩を見た。


「今度置いてったら許さない。白は染まっても、黒は染まらないの、知ってるでしょ。……またあんなことがあったら、死んでも連れ戻すからね」


「大丈夫。どこにも行かないし、置いてかない」


詩も律の瞳を正面から見て、大きく頷く。



紆余曲折を経て、アイドルという道を辿った詩と律。


ユニット名は、あの日心に刻んだ空色の名前。


あれから探しはじめた『色』はまだ見つからない。

人生という旅をしながら、詩という色を、律という色をずっと探し続ける。


二人で一緒に旅をする。



それがいつか、『魔法の時間』のような、誰かの心に残る色になればいい。



「マジアワさん、スタンバ イ!」


スタッフの声に合わせて、舞台裏へと移動する二人。



「いくよ、律」


「オッケー、詩」


奇跡のボーイソプラノの歌声を持つ、愛らしくも人形のように神秘的な双子ユニット。



その名は――


「Magic hour のライブへようこそ!」


「僕等と一緒に色探し、してくれる?」





色探しの旅路へ、今日も二人は足を踏み出す。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクローム・アワー 有里 ソルト @saltyflower

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ