第7話

「これからは自由の身だよ 。僕等。どこへでも、行けちゃうね」


「そうだね。……どこに行こうか?」


「それ考えてなかったんだよね。まぁ都会まで出たら 、何かしらはあるでしょ」


手を繋いで歩く二人。

ピタリと足を止めた詩は、 律の両手を取った。



「ねぇ、行く前にさ……名前、決めない?」


「名前?」


よく分からない、と首を傾げる律。

詩は律の手を握ったまま、「そうだよ」と頷いた。



「ちゃんと名前、決まってなかったでしょ。みんな間違えるし。言われるまま、僕が詩で、律が律ってことになってたけど。……僕ね、律のほうが『詩』って名前、合ってると思う」


「え……」


突然の言葉に、律は驚いて目を瞬かせる。


「だって律は『詩歌』が好きでしょ。いつも綺麗なのいっぱい作ってたよね。律の作る詩、すごく好きなんだよ」


ポケットに入れておいた、律が書いた詩歌の紙切れを取り出す詩。

まじまじとそれを見る律に、詩は優しく微笑んだ。



「だから僕は、綺麗な詩を 作る律に『詩』って名前をあげたい」


「詩……」


しばらく放心したように、 詩が手にした紙を見つめる律。

やがて、繋いでいた手をギュッと握って「僕も」と頷いた。



「詩の歌ね、音程の取り方が凄く安定してる。旋律が綺麗なのが、詩の声の特徴なんだよ。だから『律』って名前、詩のほうが似合うと思う。……ずっと、思ってた」


「何だ、お互いに思ってたんだ。お互いの名前が、お互いのほうが合うって」


顔を見合わせてクスクスと笑う詩と律。



「じゃあ、自分たちで名前をつけよう。ちゃんとした 名前。今から、君は――」



「詩」



「律」



お互いを指さして大きく頷く。



白髪の『詩』、黒髪の『律』。


初めて二人に意味のある名がつけられた、その瞬間。


瑠璃色の空がぼうっと輝きだした。



「朝だ……」


変化に気づいた二人は、それぞれ空を見上げる。


世界の目覚め。新しい一日のはじまり。

空は夜から朝へとその装いを変える。

最初は海よりも深い青。次に、硝子のように透き通った水色。

そしてだんだんと温かみを帯びた、優しい色へ。


徐々に彩られていくその光景は、光の衣を纏っているようだ。



「綺麗……」


空に見とれる『律』。

その隣で『詩』が「……アワー」と呟いた。


「なに、詩?」


「マジックアワー」


「マジックアワー? ……魔法の時間?」


「そうだよ。朝焼け、夕暮れ時に空の色が美しく変わる、一瞬の時間のこと。まるで魔法みたいだから、そう言うんだって」


「へぇ……」


しばしの間、その光景を見つめる。



マジックアワー ――魔法の時間。



幻想的な光の天体ショーは、二人の目の先で、刻一刻とその色を変えてゆく。

いよいよ空が白ばんできた頃、『詩』が口を開いた。


「……何もかも同じ真っ白で、違いがなくて、化け物みたいって言われたけど」


空から『律』へと視線を向ける詩。

その淡い空色の瞳に、優しい光を宿して微笑んだ。


「こんな綺麗な空色みたいに、素敵な色になれたらいいね。どんな色なんだろう、僕等」


「これから探していけばいいよ。ゆっくり二人で、色探しの旅をするんだ」


繋いだ手をぎゅっと握る詩と律。

もう離れないように、互いのぬくもりを確かめ合うように、強く強く握り締める。



「化け物なんて言わせない。詩は詩、律は律」


「神様なんかに頼るもんか。僕等は自分たちの足で、これからを歩くんだ」



それは呪縛から解き放たれ、生まれ変わった二人の誓い。

新たな旅立ちを祝福するように、水平線が輝いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る