第6話

 私は夕食も山盛りに食べてしまった。梅パスタとか、豆腐ハンバーグとか。洋風料理に、地元の作物が上手に使われている。叔母さんみたいに可愛くて、料理が出来たらモテるだろうな。叔母さんの実家はお金持ちで、実はお嬢様育ちなんだよね。大学時代に叔父さんにかどわかされて、こんな田舎に住むことになってしまった。だけどとっても幸せそう。やはりタイミングをね、逃さなかったという事なんだろうね。

 ごちそうさまを言って、私は叔母さんをそっと抱きしめる。叔母さんも素直に私を抱きしめてくれる。この人はイギリスに留学していた経験もあるんだよ。だからハグする事に慣れている。優しさと育ちの良さを随所に感じる。それは息子の洋ちゃんにも、深く影響を及ぼしている。

 洋ちゃんの部屋で格ゲーで対戦をする。私はゲーマーなので、勉強熱心な洋ちゃんには負けようがない。負けまくっても洋ちゃんは、嬉しそうに対戦を続けてくれる。こういう感じがね、このご家庭の、レベルの高さを物語っているよね。


 私がダルシムで30連勝したところで、休憩を挟むことにした。洋ちゃんがスッと立ち上がって、お茶と漬物を持ってきてくれた。渋いチョイスだ。ホント気が利いてる。地元野菜の漬物が、また本当に美味しい。

「犬丸ちゃんと、栄山の神社まで行ったんだよ。おじちゃんの店で『トロロなめこ蕎麦』を食べた」

 キャベツの浅漬を、バリバリと食べながら私は言った。

「あ、いいね。僕もそのうち食べに行こう」

 洋ちゃんが言った。

「犬丸ちゃんの、薄くて白いお洋服が可愛かった……。一緒に歩いてると、それだけで嬉しい感じがするんだよ」

「うん」

「洋ちゃんがお散歩をキャンセルしたのは、ちょっとドキドキしたからじゃない? 犬丸ちゃんの姿を見た時にさ」

「そうだね」

「あんた私にはホント素直だね。犬丸ちゃんにも心を開きなよ」

「そうしようかな。反抗期を具体化出来たわけだし、今度は思春期と向き合おう」

 洋ちゃんが笑って言った。

「ホント素直だね」

 私は苦笑した。

「美香姉ちゃんが来てくれて良かったな。絶妙なタイミングだった」

「そうそう、タイミングが大事よ」

 お茶をズズッとすすって、私達はまた格ゲーの続きをした。私はブランカで20連勝した。

 

 お盆にお墓参りをして、親戚一同で大宴会を開いた。私は歌って踊って、ジジイ連中から5万円稼いだ。宴会には犬丸ちゃんも参加して、洋ちゃんとモジモジしながらお話をしている。洋ちゃんが驚くほど積極的になっている。これだから頭が良い人は怖い。でも犬丸ちゃんも優秀だからね。素敵なカップルになる事でしょう。良かったね。……。本当に良かったね!

 

 名残惜しいけど、私はそろそろ家に帰らないといけない。勉強道具なんて持ってきてない。だから夏休みの宿題が相当ヤバい。彼氏にフラれてぼんやりしてて、怠け心に拍車が掛かっていた。成績なんてどうでもよかった。夏休みの宿題を放棄しようとか、本気で思っていた。

 だけどまあ、私も思春期なのだ。私なりにやり過ごして、またこの場所に戻ってこよう。そして、洋ちゃんと犬丸ちゃんに、偉そうにアドバイスを授けたい。それと親戚一同から、またお小遣いをせしめたい。そのためには、芸事にも精進しなくてはならない。


 小さな駅のホームで、私はボロいベンチに座って鈍行列車を待っている。私を見送るのは洋ちゃんだけだ。叔父さんは車の中に残っている。「思春期及び反抗期の少年」が何を考えてるのか、結局私には分からなかった。

「美香姉ちゃん、これ、おみやげ」

 洋ちゃんが私に、USBメモリを手渡してくれた。

「お、有難う。何が入ってるの?」

「沖縄の曲が100曲ぐらい入ってる。ネットで探してさ、結構レアな曲もあるよ」

「ありがとー。私の為にわざわざ集めてくれたのか」

 私はじーんとした。

「村の端っこの森に、大きな炭焼き小屋があるんだ。今は誰も使ってない。隅々まで掃除をしたら、結構快適になったよ。キャンプ用のテーブルと、椅子が置いてあるの。音楽も聞けるようにしてある。小遣いを貯めて、高い赤ワインを買ったんだ。だけど……、ベッドを用意する勇気は出なかった」

 洋ちゃんが、私の顔をじっと見て言った。

「ベッドじゃなくて、布団でいいじゃん」

 私は言った。

「……冗談?」

「ワインを飲んで、布団を敷いて。炭焼き小屋で、一人で寝なさいよ」

 私はため息をついて言った。洋ちゃんが声を出して笑った。

「美香姉ちゃんは、僕の初恋の人だよ」

「そうかい」

「だけど犬丸さんも、好きになった」

 洋ちゃんが渋い顔をして言った。

「洋ちゃん、タイミングを逃すなよ」

 私は言った。洋ちゃんが小さく頷く。

「美香姉ちゃん、また近いうちに遊びに来てくれる?」

「来るよ。あんた、相当危ないからね」

 私は洋ちゃんを睨みつけて言った。


 鈍行列車がやって来て、私は空っぽの電車に乗り込む。窓の外には洋ちゃんがいて、爽やかな笑顔で私に手を振っている。

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歌って踊れる女子高生ですので ぺしみん @pessimin

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