第5話

 話は変わりますが、私は夜型人間なんです。だけど叔父さんの家に来てから、生活リズムが整ってしまった。田舎の空気と蝉の声が、爽やかな目覚めを誘う。早起きはやっぱりキツい。しかし親戚の家に居候してるわけだし、グズグズと寝ているわけにはいかない。叔母さんが朝食を用意してくださっている。私は採れたてのきゅうりをバリバリとかじって食べる。マヨネーズなんていらない。あえてつけるなら味噌だね。朝ごはんをしっかりと味わって食べると、心がとても落ち着く。

 朝ごはんを食べ終えた頃に、犬丸ちゃんが洋ちゃんを迎えに来る。今は夏休みだから、学校に行く必要は無い。それでも彼女は迎えに来る。その意味は誰が見ても明らかだろう。私は遠慮をするべきなのだが、そうすると洋ちゃんも遠慮をしようとする。だから3人で肩を並べて、川沿いとかを歩く。中学生の2人は頭が良いから話が面白い。私は時々ツッコミを入れるだけでいい。


 その日、犬丸ちゃんが白いレースのお洋服を着て、玄関に現れた。映画とかで見るような、避暑地の美少女と言った感じ。私は目が眩みそうになった。そんな犬丸ちゃんを見て、洋ちゃんは散歩に行くことを頑なに拒んだ。こうなった彼を説得するのは、そうとう面倒臭い。私は犬丸ちゃんの手を引っ張って家の外に連れ出した。

「川沿いの道を歩こう」

 私は言った。犬丸ちゃんが小さく頷く。

 2人でトボトボと歩き出す。犬丸ちゃんの浮かない顔に、太陽の光が容赦なく降り注ぐ。

「ちょっと遠いけど、栄山の神社まで行かない? 神社の側に蕎麦屋があるでしょ? あれ、ウチの親戚の家だから、タダで食べさせてもらおう」

 私は言った。犬丸ちゃんがまた小さく頷く。

 私達は綺麗な小川に沿って歩いている。周囲は一面の田んぼである。麦わら帽子を被ってランラ、ランララン。犬丸ちゃん、麦わら帽子が超似合ってる。彼女は沈んだ表情をしている。

「バレンタインの時、洋ちゃんに告白したんだってね」

 私は唐突に言った。

「洋一君に、聞いたんですか?」

 犬丸ちゃんがハッとして、私の顔を見た。

「保留にして下さい、って洋ちゃんが言ったんでしょ」

「はい。断られなくて、良かったです」

 犬丸ちゃんが言った。

「断らなかったっていうのは、つまりはアレよ」

 私は笑って言った。犬丸ちゃんがそっと微笑んだ。


 神社まで2時間歩いた。暑くて疲れて死にそう。お参りをした後に蕎麦屋に入って、私は広間の畳に寝っ転がった。犬丸ちゃんはさすがに田舎の子だ。涼しい顔をして座布団に座っている。部屋の中を風が通りぬける。犬丸ちゃんの長い髪がサラサラとなびいている。

「美香ちゃん! 大盛りにするか?」

 親戚のおじちゃんが私に訊いた。

「大盛りにする! この、トロロなめこ蕎麦ってやつが食べたい」

「山菜も食べるか?」

「食べる食べる」

 私は言った。宴会で歌ったり踊ったりしているので、私は親戚の人達に大人気なのである。それはそうと、犬丸ちゃんの表情がまた暗い。

「野暮かもしれないけど、洋ちゃんにビシっと言ってやろうか。2人とも相当スマートなんだからさ。たぶん大丈夫だと思うんだよね」

 私は言った。

「ビシっと言ってもらえますか? あの、私が頼んだとか、言わないでもらえますか」

 犬丸ちゃんが切ない顔をする。

「もちろんよ。これは洋ちゃんの為でもあるの。こんなに素敵な女の子に告白されてさ。思春期を言い訳にして、モジモジしてるのは勿体無いよ」

 犬丸ちゃんがうんうんと頷く。私も頷く。

「犬丸ちゃんが中学を卒業して、市内の高校に進学するわけよ。2人の距離がだんだん離れて行く。そのあと2人が高校で再会をした時には、洋ちゃんに彼女がいるかもしれない。犬丸ちゃんにも恋人がいるかもね。その時に、この夏の記憶が蘇るわけだ。そういえばあの時、親戚のお姉さんと一緒に散歩をしたね。3人で楽しかったね。そんな儚いストーリーに、私は含まれたくないね」

 私は熱く語った。犬丸ちゃんが表情を険しくする。

「私、高校で彼氏なんて作らないと思います」

 犬丸ちゃんが言った。

「そうね。今チャンスを逃したら、なかなか次は無いと思うよ」

 私は小さな声で言った。

「美香さん、なにか経験があるんですか」

 犬丸ちゃんは賢い。私は心を読まれてしまったようだ。では話しましょうか。

「私ね、今年の春に彼氏と別れたの。幼なじみで中学から付き合ってて、凄い好きだったんだ。だけど彼が、家の都合でオーストラリアに行っちゃったの。ねぇ。オーストラリアってなんなんだよ。それでネットで話とかしてたんだけど、関係が急速にフェードアウトしましてね。もう諦めようって感じで別れたの。だから距離とか時間って、本当に大事だよ」

 私は言った。涙出そう。

「運命の相手とか、私は信じてないです。たぶんタイミングの方が重要なんです。それを逃したら、もう終わりのような気がします。私は今、洋一君の事が好きだけど、明日になったら気持ちが変わってるかもしれない。そう思うととても悲しい。毎日不安で、ドキドキしてます」

 犬丸ちゃんが眉毛を下げて言った。

「犬丸ちゃんはいい感じ。洋ちゃんもそうだよ。だけどあいつは男子だから、思春期の壁が分厚いんだよ。周囲の目も気にするタイプだし。だから私がバシッといいますよ」

「バシッとお願いします!」

 犬丸ちゃんが真剣な顔をして言った。

 それから2人で蕎麦をズルズルと、腹がはち切れんばかりに食べた。そして昼寝をして、目が覚めたら午後2時になっていた。外はもう太陽がカンカン照り。歩いて帰るなんて考えられない。おじちゃんに車で送ってもらう事にした。この蕎麦屋には、どうせほとんど客が来ないんだよ。

 軽トラックの荷台に座る。オープンカーに乗ってるみたいで気持ちがいい。美少女と一緒で嬉しいな。これは私の傷心旅行なのかな。神様有難う。神社でお賽銭を、5円しか入れてないけど。 

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