「素敵なイベントを考えましょう」

 むかしむかし。

 嘘。そんな昔の話じゃあないよ。


「武藤くん。武藤くん」

「……はい。四方先輩」

「いやですね武藤くん。私のことは親しみを込めて『こよみ先輩』と呼んでください。せめて名前くらいはかわいらしさをアピールしたいのです」

「では、ぼくのことも気さくに『カケルくん』と呼んでください。名前で呼ばれる方が慣れていますので」

「え。嫌ですが」

「…………」

「冗談ですよ。カケルくん。私がカケルくんの名を呼ぶことを、本気で嫌がるお思いですか?」

「……年頃の男子は、女子から嫌われてるかどうかって話にナーバスなんですよ。あんまり、からかわないでください」

「年頃の男子なら、もう少し自分に自信を持ってもいいと思いますけどね」

「どんなに自信があっても、女子の前では不安になってしまうものなんですよ。あるいは、ただの自意識過剰なのかもしれませんが」

「過剰ですねえ。過剰ですねえ。真実を曇らせる程度には過剰です。もっとも、真実と呼ぶに値するモノがどこにあるのか、私にはさっぱりわからないのですが」


「……やたら剣呑さの残るアイスブレイクはそれくらいにして。今日は、イベントを考えてくるという話でしたね」

「そうです。そうです」

「……イベントって何ですか? ストーリーとは違うのですか?」

「オウシット。私としたことが。説明が足りていなかったようです」

「お話のあらすじ? みたいなのはちょっとは考えてきたのですが……」

「ううん……いわゆる所の『あらすじ』とは似てるようで非なるモノですね。とはいえこれは、作家によっては『ラフ』と呼んだり『ネタ』と呼んだり具体的な呼称が一定していません。全くこの段階を意識せず、直接プロットを書いてしまう作家もいるようです」

「ええ……じゃあこの手順は無駄で無意味ってことですか?」

「いいえ。そうではありません。むしろ私個人としては、『キャラクター』、『イベント』、『世界観』。この三つを練り込んでいく段階にこそ時間をかけるべきだと思っています」

「そうは言っても……いつにも増して抽象的というか……」

「でしょうね。では誰でも知っている『おとぎ話』を、ここでいう『イベント』に分解して見せましょうか」

「おとぎ話、ですか?」


「カケルくんは、シンデレラをご存知ですか?」

「そりゃあまあ……特に好きでも何でもないおとぎ話ですが」

「そうですか? まあそれもいいでしょう。シンデレラの物語は、箇条書きにすると以下のような感じです。


・継母の家で、その連れ子の姉にいじめられるシンデレラ

・お城で舞踏会が開かれるが、シンデレラは家事をたくさん押し付けられて、舞踏会に行けなくなってしまう

・そんなシンデレラの前に魔法使いが現れ、ドレスと馬車とガラスの靴を与える

・シンデレラは、お城で王子に見初められる

・零時の鐘の音で、シンデレラにかけられた魔法がとけてしまう。シンデレラは階段にガラスの靴を落とす

・王子は靴を手掛かりに、シンデレラを捜す

・姉二人を含め、ガラスの靴は誰の足にも合わなかった

・シンデレラがガラスの靴を履いてみせて、王子に見出され、妃として迎えられる


……と」

「はい。絵本になるときでも、だいたいそんな感じのストーリーですね」

「そう。それです」

「……はい?」

「シンデレラの物語を絵本にする上で、確実にイラストが欲しい場面。そういう外せない『見せ場』というものを、ここではイベントと呼んでいるのです」

「ふむ……確かに、シンデレラが魔法をかけてもらうシーンは、どうしても外せない所ですよね」

「みすぼらしい姿のまま姉達にいじめられているシンデレラも、その後の『魔法』を描くためには欠かすことのできない見せ場ですよ」

「あ、そういうのも含めるのですか。なるほど……」

「こうしたら面白いとか、こういうのがウケるんじゃないかとか、そういう場面の案を出していきましょう。それは物語のワンシーンかもしれないし、叙述トリックやキャラクターの裏切りのような構造的なモノかもしれません。時系列とかロケーションはここでは決めず、自由に発想してください」

「ふむ……自由に……とりあえずここはイメージ優先なんですね?」

「はい。案を出しても全部を使う必要はないし、何割かは棄てると思ってください。故に『ありそう』よりは『絶対にない』アイデアから出していくのがコツとも言えます」

「ううん……絶対ないもの……?」


「さあ。ここでコンセプトに立ち返りましょうか。カケルくんが描きたいと思う小説のコンセプトはなんですか?」

「はい。『異世界転生して最強チートで女の子にモテモテになる!』ってお話です」

「では……『主人公以上にイケメンで強い男に女の子が連れていかれる展開』は?」

「ナシですね」

「左様ですか。では『主人公より強いが、ブサイクな男に無理矢理女の子がさらわれる展開』は?」

「うーん……ちょっと悩みますが、主人公より強いって言うのが気になるし、保留で……」

「であれば……『翼竜に捕まり、女の子が巣に連れていかれてしまう展開』は?」

「あ、それならアリです。全然アリ。相手が空を飛ぶ翼竜なら、主人公のスキをついてサッと連れて行ったんじゃないかって思うし、追跡することが冒険にもなりますよね」

「グッド。ではこれは採用ということにしておきましょう」

「あ、一応ボツになった案もレポート用紙に書き留めているんですね」

「この段階では、ボツ案もリサイクルして使える可能性がまだあります。女の子がさらわれるのは無しにしても、他の要因で主人公と戦う敵が必要になるかもしれませんしね」

「なるほど……」

「そして採用するにしても、それそのまま一つだけではありきたり過ぎるとも感じます。何か別の案と組み合わせたり、同時進行で別イベントを起こすなど工夫も必要になりますが……それはまあ後回し。今は、どんどん案を出しましょう」

「はい! はい! じゃあ女の子達の水浴びに遭遇したいです!」

「……覗きですか?」

「違います! 事故で! 悪意とかなく偶発的な事象で!」

「良いでしょう……ですが女の子の裸を見るなら、裸を見られる覚悟も必要でしょうね。それが男女平等です」

「確かに……一理ありますね」

「どうでしょう? 主人公の裸を見た女の子が……『大変! この人胸がえぐれて無くなっている!』『本当! しかも股間に蟲がとりついているよ!』とびっくりするんです」

「おお! そうですよね。年頃の男の子を見たことない女の子だから……」

「それで『早く蟲を引っぺがさなきゃ!』と主人公の『蟲』を強引につかんだり、『無理矢理剥がしちゃ傷が深くなっちゃう! 火で焼けばいいよ!』とたいまつを近づけたりして……」

「アッーーーー!!」

「……と、このように読者の強い共感を得られる美味しいイベントも作れますね」

「よくわかりました。そういうシーンは実際読んでみたくなります」

「このように、面白い見せ場を発想すること自体は、割と簡単にできるのです。こんなことは、インターネットやSNSのあちこちで、なんでもないオタクがやるヨタ話みたいなものです」

「確かに。ちょっとした大喜利みたいですね」

「それ故に。楽しいモノです。だからカケルくんも楽しんでください。楽しい会話から楽しい物語が浮かぶのなら、それ以上言うことは無いハズです」

「はい。どんどん。イベントを考えていきましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こよみ先輩は読まれない 七国山 @sichikoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ