第50話 エピローグ
港を出てから三時間程度が経過した。
佐藤は舵を取りながらボンヤリと煙草を吹かす。八月の上旬の日差しは海面からの照り返しもあり、海に慣れた自分でさえ辛く感じる。
ふと振り返り、屋根付きの座席に腰掛けた少女を見る。
ショートカットの彼女は、ずっと黙り込んだままだった。
深くかぶった帽子の為、彼女の表情は分からない。
親父知り合いから頼まれて仕方なく受けたのが、今回の仕事だ。
港から船で三時間程度離れた無人島に、この子を送っていってほしいとのことだった。
島の名は【紀黒島】といった。
船に乗り込む前から少女は思い詰めた表情のまま、大きな花束を抱えていた。
何かに耐えるような瞳が印象的だった。
まだ高校生くらいの年頃なのに、あんな昔に無人島になった所に何のようだろうか?
そして、どうしてこんな子が見るものを苦しくさせるような悲しい顔ができるのだろうと思った。
その表情が年齢以上に大人びて見える。
やがて前方にひょうたん型の島が見えてきた。
あれが紀黒島……。
近づくにつれ、青々とした水面の色が、やがてどんよりと濁った色に変化していく。
「さあ、島が近づいてきたよ。
え、と、……なんだっけ」
「山寺です」
少女はポツリと言う。
「ああ、山寺さん。島のどの辺につければいいのかな? この船ならどこにでも着岸できるよ」
「廃村のある方につけてもらえませんか」
少女はぽつりぽつりと喋る。
佐藤はどういうわけか鼓動が高鳴るのを感じた。
いい年をして、目の前の少女に緊張しているのだ。—————それほど魅惑的だった。
「し、しかし、あんなところに何の用事なんだい? 」
何とか会話を続けようとする。
少女はしばらく俯いたまま、何も言わなかった。
「ごめん、何か事情があるんだったら、言わなくていいよ。気に障ったんなら謝るよ」
自分より一回りは年下の子にどうしてここまで気を遣うのだろう。
「いいえ、気にしないでください。お参りに来ただけです……」
少女は小さく微笑んだ。
「お盆前だし、お墓参りでもするなんて、最近の子にしては、感心だなあ。だいぶ前のご先祖様のお墓か何かがあるんだね」
墓参りの為にこんな無人島にまで来るなんて、なんて信心深い娘なんだと思い、墓参りなんてほとんど行ったことのない自分が恥ずかしいとさえ思った。
「いいえ、友達の一周忌なんです……」
少女が悲しそうな顔をした。
「へ? 」
今彼女が言った言葉の意味を理解するのに少々の時間を要した。
友達の死、一周忌……?
思い出した時、佐藤はそれ以上何も言えなくなっていた。
一年前に起こった紀黒島での高校生による連続殺人事件。その惨劇の報道が蘇ってきた。
佐藤自身も地元消防団員として動員され、行方不明の遺体の捜索にあたったのだった。地下洞窟内部や海上で何日も単調な作業を繰り返したか……。
そして、たった一人の生存者が、確か山寺という名前だったことを思い出した。
そうか、目の前にいる彼女が、あの凄惨な事件の生存者なのか……。
「そうか……。
辛かっただろうね」
こんな言葉が何の慰めになるかわからないが、
そう言わずにはいられなかった。
彼女が来た理由、それは一つしかなかっただろう。
現場にいたことでいろいろな噂話を聞くことができた。
その話の中で、この山寺という少女を守って
殺された少年のことを。
少女は小さく頷き、それ以上は何も言わなかった。
気まずい沈黙が続いたが、
それ以上何も言えなかった。
何を言おうとも好奇心による詮索としか思えず、
少女を傷つけるだけだと思ったからだ。
佐藤は船を廃墟と化した港に着岸させた。
接岸作業を済ませると、少女に声を掛けた。
少女は頷くと、船から降り、
島の奥へと歩いていく。
少女の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。
鬼哭島殺人事件 @1VSiZ17Eht
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます