第49話 死闘の結末

さてと……」

 嬉しそうに長野先輩が飛びかかってくる。


 大きく振り上げた右手が 僕の左肩に振り下ろされる。僕は回避行動を一切せず、まともに受け止める。

 血に染まった刀身が、僕の体に深々と食い込む。


 避けるか防御すると踏んでいたのだろう。僕が何もせずに刺されたことに驚きの表情を見せた。


 一瞬の隙ができている。

 左肩で止まったままの長野先輩の腕を掴むと、思い切り引き寄せる。

 同時に短くもった木刀を握り直し、柄の部分を彼に向けて突き出す。


 開いた左手で防御しようとしたが、一瞬早く、僕の攻撃が相手ののど元に命中した。


「うげごっ!! 」

 まともに急所を捕らえたのがわかった。

 長野先輩はもんどり打って倒れ込む。

 体に刺さったナイフもその勢いで引き抜かれ、僕は再び呻く。

 

 不意を突かれたためモロに攻撃を受けたダメージは計り知れない。

 長野先輩はバタバタともがいている。口からは泡とも血液とも思える液体を吹き出す。目は大きく飛び出し、陸に上げられた魚のようだ。


 僕の方を見、口をパクパクさせ何かを言おうとしているようだった。しかし、やがて動かなくなった。


 よく見れば左手は彼の背中の下敷きになっているのが見えた。彼を中心に真っ赤な血だまりが広がっていく。


 あの歪なナイフの刀身が転んだ時に彼の体に突き刺さったのだろう……か。

 唐突に体中の力が抜け、倒れそうになる。僕は必死に踏ん張る。 

「綾、綾……」

 体からは血が止まらないのではないかというほど流れ出すのがわかる。

 寒くもあり熱い感触。。

 シャツもズボンもネットリとした感触に包まれる。視界はどんどんと狭くなっていく。さらに光がどんどん失われていくのを感じる。


 僕は、綾のそばに歩み寄ると、ゆっくりと座り込んだ。

 

 どうやら、彼女は気を失っているだけのようで、微かに体が上下している。


「良かった、綾。僕は君を守ることができたよ」


 綾の顔をまじまじと見つめる。今までは照れてそんな真似はできなかった。

 その薄い唇も、少し高めの鼻も、しゃくれ気味の顎も、長い黒髪も、きりりとした眉も、瞳も。全てが美しいと感じた。

 ……とても綺麗だ、誰よりも。

 本気でそう思った。


 僕の両目から涙があふれ出していくのがわかった。

 止まらなかった。

 綾を守ることができた安堵感で緊張の糸が切れたようだ……。


 全身が怠い。

 しゃがんでいる姿勢すら保てない……。

 猛烈な眠気。

 僕は綾に寄り添うように横になった。


 少し眠りたい……。

 目が覚めたころには助けが来ているだろう。

 僕は目を閉じた。

 

 町に帰った後のことがどういう訳か脳裏に浮かぶ。

 心配した両親の顔、友人達。

 警察の事情聴取。

 マスコミに追い回される日々。

 顧問の先生に怒鳴られ、担任にも怒られそうだ。


 ……そうだ。

 もし無事に帰ったなら、まっさきにやらなければならないことがある。


 綾に告白しよう。


 どんな顔をするんだろうな?

 迷惑なんだろうか。

 そんなことを考えて顔がにやけるのが分かった。


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