第127話
「あの方は、私にずっと言い寄っていた!ジェンスとモニカ様が共になるのだから、私と結婚しよう、と。これで心置き無くジョンスの側を離れられだろう。ジェンスを愛するふりは疲れただろう。もう自由だ、と!!狂気に満ちたおかしな事ばかりを口にし、私に迫っていたの!!」
「何故そんな大事なことを言わなかった!」
叔父様が怒鳴った。
「言え・・・ないわ!・・・マシャリン様がタンシィバ子爵様に恋慕し、無理やり婚儀を上げさせたのよ!こんな事言えば、マシャリン様の立場がなくなるわ!!誰も知らないのよ!!マシャリン様が独り言を偶然きいただけなの!!あの方・・・あの方なりに・・・最期を幸せに終わりたかったのよ・・・」
お父様に聞いた事がある。
陛下の妹君、マシャリン様は生まれつき身体が弱く、外に出るのもままならない程だった。その中で、陛下の親友である、タンシィバ子爵様が話し相手となり、いつしか慕うようになった。
王宮医師程ではないが、医師としての腕は確かなもので、身体の弱いマシャリン様にはまさにうってつけの相手だった。
マシャリン様は生まれつき病弱で、寒くとも、暑くとも、直ぐに体調を崩し、熱を出し、何を食しても下す、という手の施しようがない身体を持って産まれた。
その状態を知っていれば、前国王陛下と公爵派は姫君の事だけを優先するのは、致したかない。
けれど、その為、タンシィバ子爵の意思を聞くことなく、婚儀を挙げたと聞く。
世論では、格差婚と話題になり、立場の違う2人が愛で乗り越えた、と話題となった。
実際は、タンシィバ子爵様を権力で押し込めた、とお父様が寂しく言っていた。
今更誰かを愛していたか?
とは聞けないだろう、と。
結局、子は出来ず、マシャリン様は亡くなった。
それならすべての辻褄が合う。
私への洗脳も、
王妃様からの信頼も、
バニラ様の副用した薬も、
全部、タンシィバ子爵様なら出来た。
「あの方は・・・本気で、常軌ではないと気付いたのは、カンタラがお腹にできた時・・・。私を・・・殺そうとしたのよ!今世では、私達は幸せになれなかった。だが、来世は幸せになれる、と笑いながら私に剣を向け、火をつけた!!わからないわ!もしかしたらモニカ様が頼んだのかもしれない!!ですが、あの時タンシィバ子爵が、火をつけたのよ!!」
「何故、そんな大事な事言わなかった!!」
「まさか、こんな事になると思わなかったのよ!」
崩れるように叔父様にもたれかかり、嗚咽混じりに泣き出した。
ラギュア様を責める気持ちは、微塵も湧き上がって来なかった。
まさかこんな事になるとは思わなかった。
正にその通りだ。
「バニラ様が飲んだ毒薬はタンシィバ子爵が用意したのね」
「何の話よ」
私の呟きにカレンが眉をひそめた。
「バニラ様がここに来たのは、ロール様が行方不明になったから、探して欲しい、と私に助けを求めにきたの。それを伝えて、瀕死の状態になった」
「タンシィバが調合した何か、か。口封じ、いや、捨て駒として使う為、か」
「そうでしょうね。私の動きを確認し、後は捨てればいい。でも、口封じ出来なかったわ」
「何かわかったのか?」
「ホッリュウ伯爵様と内密に会っていた方を見ている」
「誰だ?」
叔父様が、剣呑な瞳で私を見た。
「テスターよ」
一息つき、その名を口にした刹那、叔父様とラギュア様の表情が青ざめた。
「・・・ゾルディック公爵・・・様」
ラギュア様が呆然と呟いた。
それが、答え、だ。
テスターはゾルディック公爵家の血筋の人間。
「ではお嬢様、王宮は全てタンシィバ子爵様の息のかかった人に代わっている、ということですか?」
クルリの言葉に頷いた。
「今さら王妃派が出てきたところで、逆に邪魔になるでしょうね。それに私が王妃様を粛清したのだから、出るしかないでしょう。もしくは、勇んで出ているのかもしれない。やはり帰るわ。裏切り者が、ゾルディック公爵様とわかったからこそ、陛下が危ない」
「私達も帰る」
叔父様の言葉に驚いた。
「帰る!?まだ、何も分かっていないのよ。本当に黒幕がタンシィバ子爵様かどうかもわからない。裏で何をやっているかもわからない。何よりも何の証拠も集めていないし、なぜこんな事をしているかも突き止めていない。その上、ゾルディック公爵様が裏切り者とわかったのよ!!危険だわ!!」
「いいや。今だ」
はっきりと叔父様は断言した。
「公爵派の流れとしては、スティーンがガナッシュ殿下と結婚した後、少しずつ王妃派を追い出す予定だった。そうして最後は、私達が無事に帰国し、王位継承権をカンタラにも載せ、国を良き方向へ導く事を求めていた」
「そうよ」
「勿論それまでにグリニッジ伯爵家の悪事を探れれば、一番いいと思っていたが、知って通り我々では探れなかった。いや、もしかしたらグリニッジ伯爵さえも、いいように動かされている、駒、なのかもしれない」
「今の流れではそうかもしれない。確信はまだないのだから、動くべきでは無いわ」
「いいや、お前が今いる!今のスティーンにどれだけ人が集まった!?フィー様、カレン様だけではなく、帝国皇后様、そうして、ボルディー王国までもがお前の背後に立っている。私達想像を超えた、結果が起きている。それなら乗っかって何が悪い!!」
「でも危険だわ!今、ラギュア様が生きていることも、カンタラ殿下がいることも知られてしまったら、こちらが何をしたいのが分かってしまう。今カンタラ殿下が表舞台に立てば、クーデターが露見してしまうのよ!?」
「どうだろう。確かにラギュアは知られないほうが良いだろうが、カンタラの今の姿をまともに知っているのは、ヴェンツェル公爵様とお前達くらいだ。私たちを逃がした算段も、こうやって私達と連絡を取っているのも、全ての詳細を知っているのはヴェンツェル公爵様だけだ」
「でも」
「心配すんな。いつかは早かれ遅かれこうなるんだ。それに、私たちは今回お前に会ったら国に帰ることに来てめいた。これはカンタラの希望だ。それに今、こそ動くべきだ。全てのピースが今、揃った。いいか、スティール」
真っ直ぐに、決意した揺らぎのない強い瞳で私を見た。
「公爵派が探し求めていた裏切り者を、お前が暴いた。お前が、だ。そこに絡んだ全ての、糸が、ピースが、今、揃った!今なんだ!ラギュアとカンタラを陽の光の下に堂々と出せるのは、今なんだ!!」
強い意志との覇気と、切羽詰まった思いを感じる。
陽の光の下。
その言葉の意味がどれだけ重いものか、今なら、わかる。
自分が今、命を狙われる立場にいる。
命を狙われる日々は、生死の狭間を戦々恐々としながら、細い糸の上を歩きながら1日を終えるような日々だ。
それは、本当に精神的に苦痛な日々だ。
己だけならまだしも、己の為に誰かが犠牲になり、傷つき、死ぬかもしれない、と不安に過ごす日は拷問だ。
だから、それを少しでも早く終わらせたいのだ。
芯の想いが瞳を強く煌めかせ、これ以上の説得は無理だと感じた。
「・・・カンタラ殿下も、それで宜しいのですか?何の準備もなく、このような、その・・・行き当たりばったりような状況の中では不安になりませんか?」
「不安、など産まれた時から渦巻いてました」
達観するような寂しい微笑み見せながら、一瞬目を伏せた。
「ですが、私も義父と同じ気持ちです。行き当たりばったり、ではありません。スティング様が道を開いて下さった。それも、私の想像を超えた広く頑丈な、国道、です」
伏せた目を上げると、不安な翳りはなく、ただ真っ直ぐな眼差しで私を射抜いた。
国道。
国の道。
己が王座に座る事を、意味している。
覚悟を確認した、自分が愚かだった。
この方は言うように産まれた時から、辛い運命を生きてきた。
覚悟など、常に隣り合わせなのだ。
「分かりました。では、試合が終わったらフィーとカレンと一緒に来て下さい」
「はいっ!」
「よしっ!やっと臨機応変を覚えたな」
「一言多いわよ、叔父様」
けれどお陰で空気が軽くなった。
「気をつけて行ってよ。直ぐに追いつくから」
「俺も」
「待ってるわ」
フィーとカレンの言葉に笑って返した。
「全部、終わらせましょう」
カンタラ様が静かな声で、果汁の入ったグラスを高々と挙げた。
誰もが、無言でグラスを挙げ、下ろす。
掛け声など必要ない。
ただ、己の意志を貫けばいい。
私は食事が終わり、直ぐに帝国を出発した。
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目覚めた公爵令嬢は、悪事を許しません さち姫 @tohiyufa
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