第124話

「これからどうするつもりなんだ」

食事がほぼ終わり、流石に呑むのははばかれるようで、豪酒の筈の叔父様が大人しくコーヒーを飲んでいた。

「ザンの提案を受け入れて、私は先に国に帰るわ」

「俺の剣術の試合を見ないのか!?」

フィーがすかさず声を出し、私を見るその反応に後ろめたかった。

「・・・ごめんなさい。いろいろ考えた結果、この食事会の後ザンと一緒に帰る事にしたの。クルリとリューナイトはフィーとカレンと一緒に帰ってきて」

フィーは何か言いたそうな顔をしたが諦め、不貞腐れ出した。

「わかってるよ、スティングが」

「スティーン」

すかさずカレンが言い直したのに、カチンときたようだ。

「そんな事どうでもいいだろうが!スティングが明日居ないんだったら意味無い!!」

珍しく本気で怒っていて、カレンもそれを気づいたようですぐ慌てて謝った。

「ご、ごめんフィー。でも仕方ないでしょ、スティングが決めた事だし、それに来年もあるよ。呼び方は悪かったけど、八つ当たりしないでよ!決めたのはスティングなんだから、スティングをみらをを」

「約束するわ、フィー。来年は必ず何があっても見るわ」

「・・・わかった」

「私も御一緒致します」

不承不承答えるフィーの言葉と重なるように、ザンとは違う場所で控えていたリューナイトがはっきりと声を出した。

正直驚いた。リューナイトが1番明日を楽しみにしていたはずだ。

「いいのよ、そんなことしなくても。明日の試合楽しんでよ」

「そのような事よりお嬢様をお守りする方が大事でございます。先程お嬢様が仰ったように、運が良ければ来年が有るかもしれません。ですが、お嬢様を護るのは、今、しかありません」

真剣な言葉と面持ちに、返答に詰まった。

揺るぎない私を思う気持ちだ、と嬉しくも思うが、

でも、と言う言葉が喉元まで上がる。

言葉少なく、感情表現が穏やかなリューナイトが、目を輝かせ、どれだけこの剣術の試合を楽しみしているのを知っている。

自国では有り得ない、女性の剣術の試合。

溢れる想いに、同じく喜んで上げたのに、私が潰してしまう。

「本当に、いいのね」

「二言はありません」

綺麗に感情を消し、私に服従する態度と瞳に、頷いた。

そうね。今更、私が揺らいでは、いけないわ。

「ありがとう、では、お願いするわ。フィーとカレンの方には?」

「私がいます。それと王太子様と皇女様が居られるので、堂々とクルリ殿を帝国騎士団で護衛出来ます」

ターニャの言葉に、ザンが頷いた。

「では、私達は行くわ」

「待って下さい!」

ラギュア様が急に声をだした。

「どうした?顔色が悪いな」

叔父様が慌てて席をたちラギュア様の側によった。

「あ、あの、スティング様、先程の話しで、洗脳されていた、と聞かれたのですよね?」

「はい、ラギュア様。王妃様がその方にそう話されていたのを聞きました」

「・・・中立派の方なのですよね!?」

不安な顔で、確認するその言葉は震えていた。

「そう睨んでいます。まさ、か、心当たりが、あるのですか?」

「これは・・・信じられないかと思いますが、今の王妃モニカ様は私とジェンスが結ばれる事を大変喜んでいたのです」

ジェンスとは、陛下の名前だ。

「仰っている意味が分かりません。今このような状況になっているのは、紛れもなく王妃派、いいえ、王妃様のせいです。まさか、今更許してあげて、と言われるのですか!?」

これまでの非道な事が脳裏に浮かび、絶対に許せない、とつい語気が強くなった。

「そうではありません!モニカ様がされた事は許される行為でありません。私もカンタラも死ぬ思いをしました。ですが!今の話から考えれば、全てがおかしいのです!・・・私は・・・私は、誰が黒幕なのか思い当たる人間がいるのです!!」

青ざめ悲鳴に似た声で、衝撃な発言した。

オディールとセリーヌが、不安そうに急に立ち上がり叔父様の側によった。

子供ながらに感じたのだろう。

今、どれだけこの空間が緊張が張り巡らされ、己の母が何か恐ろしい事を口にしているかを、察したのだ。

「ここに逃げてきた時は、あまりの恐怖に必死に忘れようと努力しました。そうして落ち着いて考えるとおかしな節ばかりがある。モニカ様はとても穏やかで大人しく全く社交界に出てこない方だった。グリニッジ伯爵様と公爵様達との約束でジェンスの元に嫁いだのは仕方がないのです!」

まるで蓋を無理やり閉めていた箱から、溢れるかのように、矢継ぎ早に話をしだした。

「我々は政治の道具でしかない。その中でモニカ様は、私達の事を貴族の中で相思相愛は喜ばしい事だと、本当に本当に嬉しそうだった!自分は、嫡男を産めば後は、後は、自由に生きたい。愛する方を見つけたい、ととても前向きだった!私達、ひっそりと約束しました!その時は私が手伝って差し上げるわ、と。それなのに、それなのに・・・少しずつ、歪み変わっていった!まるで、まるで・・・洗脳されて行くかのように!」

その鬼気迫る表情と、内容に体が震えて止まらなかった。

「あれ程迄に人間は、変わりません!人間は育てられた環境から、感情や思想がつくられ、生涯それが土台となる。それなのに・・・それなのに豹変していく姿に、王妃として当然だ、と誰もが口を揃え言い出した!でも、私は知っている!モニカ様がずっと何か飲んでいた事も、ずっと誰かが会いに来ていた事も!当然だと言い出した方々が、あの人の、あの人の周りにいる方々ばかりだった!!」

「誰ですか!?」

核心に迫る言葉に、目眩がした。

ラギュア様の恐怖に震える瞳と、私の瞳がかち合った。

「・・・ジェンスの妹君、マシャリン様の夫、タンシィバ子爵様よ!あの方は、医師の資格を持ちながら、王宮専属医師ではない!でも、ジェンスの親友であり、何時でも王宮に入り、モニカ様の話し相手だった!」

ラギュア様はこれだけ話をしているのに、どんどん顔色悪くなってきた。

ラッセル・タンシィバ子爵。

中立派の方で、体の弱かったマシャリン様が亡くなってから表舞台から姿を消していた。

政治には全く関与せず、陛下の妹君の夫、と言う立場を利用もせず、いつも穏やかな顔で1歩も2歩も引いていた。

役付きの話も、興味を示さず断り続け、今はただ陛下の友人として年に数回王宮に顔を出すくらいだ。

害のない人間。

穏やかで空気のような存在。

だからこそ、きづかなかった。


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