第123話

私たち席に座り、簡単な挨拶を済ませ、お互いの近況報告をしながら食事をした。

食事は美味しかった。

明らかに貴族の舌に合わせた料理だった。

ただ、器は庶民が仕様する質素なものばかりで、それが逆に料理の良さを引き出していた。

小説に出てくる、隠れ家的、という言葉はある意味嘘では無い、と思わせたのは、入口近くで立つザンの、言葉。

「あの者は、誰ですか?」

冷静に、だが、凍える程の威圧を込めて叔父様に聞いていた。

「さあ、な。お前、皇族騎士団なんだろ。だったら帝国民で、知らないヤツなんて居ないだろ?わざわざ聞くなよ」

肉を口に入れながら、あっけらかんに大笑いした叔父様に、寒気がした。

刹那、ザンの雰囲気が剣呑になり、叔父様と店主を交互に見つめ、私に向いた。

無言の圧に、息が詰まる。

「叔父様、ザンを揶揄うのはやめてよ。適当に流してくれたらいいのに、どうして思わせぶりを言うのよ。分かるでしょ。フィーとカレンの護る帝国騎士団の中でも、中枢にいる存在なのよ。2人の安全は絶対。少しでも怪しい人間は近づけたくない」

「分かるがさぁ」

ちらりと机で空になった食器を片付けてくれる男性を見た。

無表情な男性で、薄暗いせいで若いのか、若くないのか年齢不詳見える。

殺し屋、と言うに相応しい、気配、がない。

私でもわかる。

薄い、のだ。

「こっちもギリギリの所で生きてきたんだ。それ相応の場数と、それ相応の輩が仲間にいてもおかしくないだろ。こっちも、別にこいつらを仲間と認めた訳じゃない」

穏やかな叔父様が一気に豹変し、ギラギラと獣を狩るような圧の瞳でザンを睨んだが、それでもまだ、声は抑えてくれた。

子供がいるから、我慢してくれているが、感情は分かる。

帝国騎士団と言えども、叔父様が仲間と認めた訳でもなく、まだ、他国となれば何処で裏切られでもおかしくない。

そうなれば、命の危機に侵されるかもしれない。

殺されかかったラギュア様から始まったのだ。

警戒するのは当然だ。

叔父様がここまで必至になっているのは、家族の為、だ。

自分だけなら、どうとでもなるが、護る人間が出来た刹那、己の腕を広げなければならない。

人間だ。

広げた腕が、己だけを持っていた腕とは厚みは消え、薄くなる。

それだけに神経を尖らせ、芯まで確認しなければならない。

この男を叔父様が隠したい、思っているという事はそれだけ叔父様達にとって重要な存在なのだ。

だがここで、私達に会わせた、という事はそれだけ、信頼しているから会わせたのだ。

そうして、ザンはザンで、危険人物をフィーとカレンに近づけたくない。

この人は、余程の人なのだろう。

「もうやめて。ここで仲間割れはしたくないの。ザン、貴方も、殺気を消して。大丈夫。フィーとカレンに危害は及ばないわ。ね、叔父様」

「当然だ。そんな爆弾に火をつけてどうする。こっちの素性がバレる」

「ほら、ね、ザン」

「あなた子供達がデザートを食べたいみたいなの。頼んでもいいかしら?」

ラギュア様が空気を読んで叔父様に穏やかに声をかけた。

「あ、ああ。何時ものやつを頼んでいるから出してもらおうか」

「分かりました」

その男性が答えたが、声も、薄い。

記憶に残らないような、特徴のない声だ。

「ほら、あなたこれからの話しをしましょう。時間が勿体ないわ」

「・・・そうだなとりあえず、私達の近況報告から話そう」

ラギュア様が優しく微笑むと、叔父様の表情が穏やかになった。

陛下には悪いけ、お似合いだ、と私も頬が緩んだ。

己の感情は己が網羅しているが、それを、落ち着かせる手立ては意外に己は知らない。

それを知るのは、あえて一歩離れた、他人だ。

そこに、深い感情を絡ませた相手こそが、己の意志を曲げ、また、同じく一歩己の感情を見ることが出来るのだ。

「聞かせて」

叔父様の近況報告は、ラギュア様と子供達の惚気話ばかりで、あまりの叔父様の変わりように言葉が出なかった。

でも、凄く楽しそうに、愛おしそうに、話をするから聞いているこっちが恥ずかしいくらいだった。


元々叔父様とラギュア様様は貴族社会での交友はなかったらしい。だから、初めは、憔悴しきったラギュア様と1歳にも満たないカンタラ様に叔父様は戸惑い、どう接していいのか分からなかったそうだ。

それでも、自分が2人の面倒を見る、と決めたのだから、と必死に2人に近づこうと努力したようだ。

周りには、上級貴族令嬢と駆け落ちした、下級貴族で、身分に関係なく、私達は愛し合い逃げてきた。

国を離れた為、妻は精神的に不安定なっているが、私達は愛し合い静かに暮らしたいのです、

と聞いてるこっちが恥ずかしい内容だが、それだけ必死になっていたのだと思う。

その気迫を感じ、周囲の方々も協力してくれたお陰で、隠伏出来たのだ。

育児に関しても、近所の人に相談し必死に頑張った。

ラギュア様に対しても、とりあえず笑って欲しい、とそのささやかな気持ちだけで、家事を手伝い、よく会話し、お互いを理解しようとした。

そんな中、少しづつ2人の距離が縮まり今に至った、という訳だそうだ。

元々ラギュア様綺麗で、出るとこ出た、女性だから、まあ、そうなってもおかしくはないけど・・・。

はあ。

陛下にあれだけ啖呵切ってきたのに、どうしたものやら。

でも、こんなに幸せそうなら仕方ないか。

ともかく叔父様とラギュア様は本当の夫婦となり、帝国の都市から離れながらも、何かあればすぐに動けるように近くのこの小さな街で過ごしてきた。

叔父様の近況報告を聞いた後、私の近況報告をしたが、ある程度はお父様から文のやり取りで知っているようで、帝国に到着前の王宮での出来事までは知っているようだった。

表向きの内容は知っていると判断し、私は、私の内情を説明し、こから私の手駒達の話が始まった。

勿論これは、公爵派の誰も、お父様さえも伝えていなことを言うと、叔父様は神妙な顔で何度も頷いて楽しそうに笑っていた。

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