最終話 恋の痛み
テスト明けの土曜日はとても良い
そのせいか、遊園地はとても混雑していた。どのアトラクションも人がたくさん並んでいたから、列に並んでいる
だけど、いつも
わたしが誘った手前、本当なら
それどころか、わたしは森川さんと
そんなわたしのことを
嫌なやつだ、わたし。ホント、嫌なやつだ……。
でも仕方ないよ。
わたしだってずっと堂林くんのことが好きだったんだから。
夕方になって、わたしたちは家に帰ることにした。だけど最後に何かひとつアトラクションに乗ろうということになったから、それぞれが何に乗りたいかを言っていくことになった。
「わたしは観覧車に乗りたいなァ」
「あ、それいいんじゃねえか」
「今まで精神的に疲れるモンばっかだったからなぁ。最後くらいはゆっくりしたやつに乗りたいよ」
「うんうん、だよねだよねー」
しかし
「いや、俺はもう一回ジェットコースターに乗りたいぜ。
「まあ確かに、正直乗り足りない気もするよなー」
そんな男子ふたりに、わたしはにっこりと笑顔を浮かべて言った。
「じゃあさ、別行動にしよっか。観覧車に乗りたい人とジェットコースターに乗りたい人に分かれてさ。もう最後だし、その方がみんな楽しめるしね」
「そうだな。そうするか」と堂林くんが言った。「やっぱ両方乗ろうって時間でもねえしな」
「でしょ? じゃあ片岡くんたちはジェットコースター、観覧車にはわたしと堂林くんのふたりで——」
「——待った」
意見がまとまりかけていた時、だれかが叫んだ。里枝だった。
「……どうしたの?」
「いやさぁ」
と、里枝はポリポリと頬を
「まだどっちにするか言ってない人、いるよね?」
「あっ、そうだよ! 森川がまだ決めてないぜ?」
いち早く気づいた堂林くんの言葉に、みんなの視線が森川さんへと向けられる。注目を集めたことに驚いたのか、森川さんの肩がビクッと
そんな彼女に向かって、わたしは
「……森川さんは、どうする? ジェットコースター? それとも……」
「わ、私は……」
だけど彼女の答えは聞かなくてもわかっていた。わかっていたから、わたしは……。
そして彼女は言った。みんなに見られている状況のせいか、それとも何か別の理由のためか、
「わ、私も! 私も、乗りたい! 観覧車っ……!」
しりつぼみに消えていった声は、けれどみんなの耳に届いたようだった。
「おっけー。じゃあ森川さんも観覧車組ね」
そう言ってわたしのことを見る里枝に、わたしは言った。
「……里枝は? 里枝もどっちにするか言ってないよね?」
「んにゃ、アタシはパス。ちょっと疲れたし。あっちのベンチで休んでるよ」
「ひとりで大丈夫か?」と、堂林くんが
「いらないし、堂林はもっと気にすることあるでしょ? 女子ふたりのエスコートっていう
「お、おう、そうだな。わかった。
そうしてわたしたちは観覧車の列に三人で並ぶことになった。
必然的にわたしたちは三人で話すようになる。
でも。
ふたりの表情、ふたりの視線の先にはお互いの存在しか映っていないみたいで。
ふいに、わたしは恥ずかしさに胸が痛んだ。
もしも堂林くんが
だれが見たって、きっとそう言うに違いなかった。
「……」
泣きたくなるような現実に、わたしは耐えられなかった。
次がわたしたちの順番というところで、わたしはふたりに向かって言った。
「……あっ、ごめん。なんか親から電話みたい。出ないといけないから、わたし抜けるね」
「え、じゃ、じゃあ私たちも一緒に……」
「あーいいよいいよ。せっかくここまで並んだんだしさ。ふたりで乗って写真でも撮ってきてよ」
「で、でも……」
「いいってば。ほらほら、行った行った。綺麗な写真撮ってきてね!」
「あっ……」
森川さんの肩を強引に押し込むと、わたしは列を抜けてふたりに笑顔で手を振った。
そんなわたしを見て、堂林くんが口をパクパクさせてくる。
サンキューな、だってさ。……あーあ、堂林くん、絶対わたしが気を
違うよ。わたしはそんな立派な人間じゃない。ただ耐えられなくなっただけ。逃げただけなんだよ。
いまだって、わたしの胸は、油断すると張り裂けそうになる。その場にしゃがみ込んで、泣き叫びたい。
わたしには覚悟がなかったから。ただそれだけの理由なんだ。
ゴンドラの中に消えていくふたりを見送ってからその場を後にしたわたしは、近くにあったベンチに腰を下ろす。
それからぼんやりとふたりが乗った観覧車を見るともなしに
今ごろあの中では、真っ赤になった顔のふたりが、夕焼けに染まった景色を
知らず、涙が流れた。ひと
でも、これで良かったんだ。……これで、良かったんだ。
そう自分に言い聞かせていたとき、だれかが隣に座ってきた。
里枝だった。たぶん、どこかでこっそりと様子を
「アンタはよくやったよ」
「……なにが?」
頬を
八つ当たりだった。
でも、里枝はそんなわたしの態度にも動じることなく、ただじっと
「だれにでもできることじゃないことをアンタはやったんだ」
やっぱり里枝は気づいていたのだろう。わたしが堂林くんが好きだってことに。
気づかないはず、ないよね。あれだけ森川さんのことを無視するように振る舞って、堂林くんが話しかけようとするのを邪魔していたんだから。
「……みじめなだけだよ」
本当に。何も残らない。残ったのは、ただ苦い罪悪感だけ。
だけど里枝は優しく微笑むと、
「ねえ、アンタ知ってる? 恋の痛みを知ると、女は美しくなれるんだぜ?」
「……なにそれ」
「ありゃホントに知らない? おかしいなぁ、
「……あは、だからなによ、それ」
イタズラっぽく笑う里枝は、きっと誰よりも大人だった。本当は大人っていう存在が何なのかまだわかっていなかったけれど、それでも里枝はわたしよりもずっと大人だと思った。
「…………嫌だよ」
と、わたしはぽつりと呟いていた。
「諦めたくない……ずっと、好きだったんだから……」
こぼれ落ちる涙が止められない。勝手に
そんなわたしの肩に、そっと里枝の手が
「——頑張ったね、
優しく身体を
人目なんて気にしていられるほど、簡単な想いじゃなかった。
彼以外のだれに嫌われてもいいと思った。
彼にさえ振り向いて貰えるなら、わたしは鬼にだってなれた……気がしたんだ。
でも、結局、わたしには覚悟がなかったから。最後の最後で、耐えられなかった。
嗚咽が止まらない。
後悔の念が激しい痛みとなって押し寄せてくる。
だけど、わたしは幸運だ。
わたしにはまだ、わたしのことを理解してくれる友達が、感情を吐き出させてくれる、何よりも
「大丈夫。たとえ千紗の取った行動を責めるような奴がいたらさ、アタシが
「……うん、……うん……」
「ま、胸くらいはいつでも貸してあげるからさ。堂林たちが帰ってくるまえには顔、洗ってこいよなァ」
「……う、うぅ」
(了)
『視線』 pocket12 / ポケット12 @Pocket1213
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