第4話 いやらしい仕草

 翌日の体育の時間はバスケットボールをすることになった。本当は持久走の予定だったけど、あいにくの雨でグラウンドが使えなくなってしまったのだ。


 もちろんわたしを含め、ほとんどの子はその変更を喜んだ。疲れるだけの持久走よりも、球技をやる方がずっといいに決まってる。


 だからきっと、憂鬱だったのは運動が苦手な子だけ——。


 森川もりかわさんもそのうちの一人だった。


「ご、ごめんなさい……!」

「ううん、全然大丈夫だよ。あせらないでいいからね」


 わたしが投げたパスを逸らしてしまった森川さんは、申し訳なさそうに謝りながらボールを拾いに行く。わたしは気にしなくていいよと手を振り返した。


「ほ、ホントにごめんね吉崎よしざきさん」


 それからも何度かパスを逸らして謝ってくる森川さんに、わたしは内心でため息を吐きながら笑顔で手を振り続けた。



 試合までの準備運動の時間、わたしは森川さんと一緒にペアを組むことにした。


 いつもは里枝りえや他の仲のいい子と組むんだけど、今日はわたしから森川さんに声をかけてペアを組んでもらったのだ。


 戸惑とまどうような視線を送ってきた森川さんを、なかば押し切るようにしてペアを組んだわたしは、けっして上手うまいとは言えない彼女との気まずい時間を過ごした。


 そんなことをしたのは、もちろんそうするべき理由があったからで。


「あ、そうだ森川さん」


 そろそろ練習も終わりという頃、わたしはさも今思い出したように言った。


「な、なに?」

「んっとね、来週の土曜日にさ、期末の打ち上げってことでクラスの何人かで遊園地行くつもりなんだけど……よかったら森川さんも行かない?」

「え? わ、私……?」


 普段から誘われることに慣れていないのだろう。森川さんは調子を合わせるように曖昧あいまいに微笑んだ。それはとてもズルい表情だとわたしは思った。


 臆病おくびょうで、いつもおどおどしてる。


 どうしてこんな子を……。


 そんな内心なんておくびにも出さずにわたしは笑顔を意識して話を続ける。


「うん、どうかな? いまのところ決まってるのは、わたしと里枝と、片岡かたおかくんに丸井まるいくん、それから……」


 少しのを置いてわたしは告げた。


「……堂林どうばやしくん、なんだけど……」

「え……」


 堂林くんの名前を聞いたときに彼女がわずかに見せた変化をわたしはたぶん、これから先、ずっと覚えているんじゃないかと思う。


 一瞬だけ、ほんの少し目を見開みひらかせて彼女はわたしを見た。ほんとうに一瞬だけで、すぐにまた視線は下を向いたけれど、左手でかみを押さえつける様子を見せる彼女が彼の名前を意識しているのは明らかだった。


 ——ああ、ほんとうに森川さんも堂林くんのことが好きなんだ。


 黒い感情がき出そうになる心をわたしは必死で押さえつける。

 

 そんなわたしの様子に気づきもせずに悩んでいる様子の森川さん。バスケットボールが床を跳ねる音がまるで彼女の鼓動のようにわたしの耳に届いていた。


 やがて彼女はたどたどしく、けれど確かな意志を持った声で呟いた。


「えっと、う、うん……私も、行きたい、かな?」


 くるくると、何かをごまかすように髪をいじりながら。


「オッケー。じゃあ詳細が決まったらまた連絡するね」


 そう言って、わたしは逃げるようにこの場を離れようとした。だけど森川さんはわたしを呼び止めてくる。


「あ、待って、吉崎さん!」

「ん、なに?」


 振り返ったわたしの目には、苛立いらだたしいくらいにまごまごとした森川さんの姿が映った。


「……どうしたの?」

「あの、そ、その……」


 思いのほか低い声になってしまったわたしの言葉に、森川さんは気圧けおされたように視線を下げたけれど、すぐにぎこちなく微笑んできて、


「さ、誘ってくれて、ありがとう……!」

「……ん、楽しみにしてるね」


 そんなひと言を告げる合間あいまにも、彼女はしきりに髪をさわっていた。


 いやらしい仕草しぐさだとわたしは思った。

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