第3話 好きなの?

吉崎よしざきィ、ちりとりこっちに持ってきてくれー」

「あ、うん」


 放課後、わたしは里枝りえの代理として体育館裏の掃除に駆り出されていた。学校生活において、情報はタダじゃない。そういう取引だったのだ。


 だけど里枝は知らない。本当はわたしが代わって欲しかったから、今日きょうというに取引を持ち掛けたということを。


 掃除は堂林くんも一緒だった。もちろんねらっていた。わたしは自分のしたたかさが何よりも好きだった。


 でも。それも昼休みまでのこと。


 今朝けさはうきうきとわき立っていた心が、今ではつきのように沈んでいる。


 二人きりで、せっかくの機会だって言うのに、わたしは情けない時間を過ごしていた。


「けっこう集まったなぁ。これ集め終わったら一回捨てにいってくるよ」

「うん、お願いねー」


 堂林くんの言葉に適当な返事をしながら、わたしは集められた砂まじりのほこりがちりとりに吸い込まれていく様子をじっと見つめていた。


 ずっと考えていた。


 昼休みからずっと、森川もりかわさんの気持ちやわたしの気持ち、堂林くんの視線の持つ意味がわたしの頭をぐるぐると回っている。


 だけど、いくらあれこれ考えてみても、結局はひとつの答えしかでてこない。


 沈むような想いに耐えかねて、ふと視線を上げると、堂林くんの姿が目に入った。


 ちりとりを支えるためにしゃがみ込んでいたわたしの目線からは、ほうきを掃く彼のき通るような瞳がよく見える。綺麗で、まっすぐな瞳だった。


「……堂林くんってさァ」


 それは何気なしに出た言葉だった。言うつもりのなかった言葉が、わたしの意思に反して、勝手に口を飛び出していた。


「——好きなの? 森川さんのこと」

「は、はぁ!?」


 わたしの言葉に堂林くんは面白いようにうろたえた。


「な、なに言ってんだよいきなり!」


 そのあからさまな反応で、すべてをさっしたわたしは、精いっぱいの意志を振り絞って、悪戯いたずらっぽく笑ってみせた。


「へへ、だって堂林くん、最近いっつも森川さんのこと見てるじゃん。授業中も休み時間もいっつもさァ」

「た、たまたまだろ? べつに森川のことなんて見てねえよ」


 あくまでもシラを切る彼に、けれどわたしは追及の手を休めない。よせばいいのに、傷つくだけなのに、わたしの口は、泣き叫ぶ心の要求に従ってはくれない。


「えーそうかなぁ。たまたまにしては多いと思うけどなぁ」

「だから! たまたま偶然ぐうぜんだって! 吉崎の勘違いだろ!」

「あはは、ムキになって、怪しいなぁ〜」


 続けるわたしに、かなわないと思ったのか、堂林くんはくるりとわたしから目をそむけると、わざとらしくちりとりの中身を見せながら言ってくる。


「ほ、ほらっ! くだらないこと言ってないで早く終わらすぞ! 俺、一回これ捨ててくるから」

「あー逃げるんだァ」

「うるせぇ。喋ってばっかいないで吉崎も掃除しとけよ」


 捨てゼリフを吐いて走り去っていく堂林くんを見つめながら、わたしはふっと大きな息を吐いた。にじみそうになる視界が、夏の暑さによって流れた汗に救われていた。



「——さっ、掃除そうじっと! 急ぐぞ吉崎! 他の奴らもう終わってるみたいだぜ!」


 戻ってきた堂林くんは、わたしに視線を向けることなくほうきを手に取ると、わざとらしく地面を掃く音を響かせていた。


 そんな堂林くんの姿がわたしはおかしくて、思わず笑ってしまう。


「……なんだよ」

「ううん、別に。なんでもないよ?」

「……なら、さっさと終わらせようぜ」

「ふふ、そうだね」

 

 ほっと安堵した様子を見せる堂林くんに、だけどわたしは言った。


「——でさ、やっぱり好きなの? 森川さんのこと」


 にこにこと無邪気に見えるように笑みを浮かべるわたしはまるでピエロだ。本当ならもう聞きたくなんてないのに、わたしの性格がそれを許さない。


「……はぁ、もう勘弁してくれよ、吉崎ぃ」

「えー、だって気になるんだもん」


 わたしがいつわりの無邪気さを示し続けていると、堂林くんはやがて諦めたようにため息をひとつ吐いた。


 それから頭を掻きむしり、わたしからの視線を避けるように言った。


「……ああ、好きだよ。これでいいか?」


 そっぽを向いた彼の横顔は、ほんのりと赤みがかっていて、誰の目に見ても恋をする少年の横顔だった。


「そっか」


 と、わたしは呟いた。


「そっかぁ……」


 もう一度呟いた言葉は、夏の太陽に溶けるように消えていく。なまぬるい湿しめった風がわたしの心をあざ笑うかのように吹き抜けていった。


「……言うなよな、だれにも」


 ぽつりと堂林くんが呟いた。恥ずかしそうに、けれど視線は強くわたしの目を射抜いぬいて。


「……さァ、どうしよっかなぁ〜」


 そう言いながらわたしは空を見た。入道雲が高らかに漂っている夏の空は、まるで悩みなんかないみたいに晴れやかだった。


「頼むよ」


 胸が締め付けられるみたいに痛い。涙が出そうだった。でも、ここで泣いてしまったら、わたしはもう立ち直れない気がして、


「あはは、それは堂林くん次第しだいかなー」


 だから、それからもわたしは堂林くんをからかいながら掃除を続けたのだった。

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