第2話 わたしの方が

「——好きな人いるってさ、森川さん」


 昼休みのこと。


 わたしの席に里枝りえがやってきて言った。

 

「え、なに?」


 と、反射的に応えてから、わたしは失態に気づく。あんじょう、里枝は不満げな顔を浮かべて責めるようにわたしのことを見てきた。


「……アンタねえ、なによその反応はー。アンタが知りたいっていうから訊いてきてあげたのにさぁ」


 わざとらしく口を尖らせてつぶやく里枝。


 まったく里枝の言う通りだった。堂林くんの視線の先に気がついて以来、わたしは森川さんに好きな人がいるかどうかずっと気になっていた。


 でも自分でく勇気がなかったわたしは今朝けさ、里枝に代わりに訊いてきて欲しいと頼んでいたのだ。


「あはは、ごめんゴメン。ちょっと考え事しててさ」

「ふーん。ま、いいけどねー別に」


 軽く手でおがんで謝るわたしを適当にあしらい、里枝は手近な椅子を引き寄せるとお弁当を広げ始めた。わたしもカバンからお弁当を取り出していく。


「それよかさ」


 と、プチトマトを手でつまんで食べた里枝がわたしに向かって言った。


「なんで急に森川さん? 関わりあったっけ?」

「んー別に? ただ気になっただけだよ。ほら森川さんっていつも静かだし、好きな人いるのかなぁって。ホント、それだけ」

「あは、アンタそれひどいよぉ」

「あはは、そうかも」


 自覚のあったわたしは調子を合わせるように笑った。


 それからわたしたちはたわいのない話をしながらお弁当を食べていった。


 最後に残った卵焼きをお箸で摘んで、ふと思い出したように呟いてみた。


「でもそっかァ。森川さん、好きな人いるんだ……」

「なぁに意外そうにしてんのよ。そりゃいるでしょ、好きな人のひとりやふたり! あたしたちは中二、中二なのよ!」


 拳を振り上げ面白おかしく反応し、されど声高らかに力説する里枝。


 耳年増みみどしまというのだろうか。彼女はこの手の話題になるといつもお母さんのように饒舌じょうぜつになるのだ。


「ま、森川さんの場合、まだ気になる人って感じだったけどね」

「ふーん気になる人、か……」


 わたしは無意識に森川さんへと視線を移す。おとなしい性格の彼女は、休み時間はたいてい自分の席で本を読んでいた。真面目で、地味で、スカートだっていつも長いまま。


 どうして堂林くんが目で追っているのかわからない。わたしの方が、絶対にかわいいはずだった。


「……だれなのかなァ、森川さんの気になる人って……」


 それは返事を期待した言葉じゃなくて、ただぼんやりと出た言葉だった。


 でも、わたしの心境とは裏腹に、里枝は当たり前のように答えてくれた。


「——堂林だってさ」

「…………えっ」


 ようやく絞り出したわたしの声に応えるように、教室内には昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。

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