本能のままトンネルへ

にじゅーし

   

 ――トンネルとは、一般にある2地点間を繋ぐ、交通または貿易の利便を目的として建設される地下道路である。かつては中国語と同じく、隧道すいどうと呼ばれていたが、その漢字が常用漢字に含まれていないことから、フランス語に由来するトンネルという呼び方が広く知られるようになった。――


 村の男たちは悩んでいた。雨戸を閉めきり、淀んだ空気が漂う中、公民館の古い蛍光灯が皆を照らす空間で、誰もが答を出せずにいたのである。

 この村は、500年前から受け継がれてきた御神木があるだの、昔から変わらない伝統的な建築方法が生きているだので、所謂、自然に溢れた土地柄であった。かといって、自然遺産だと有名になっているでもなく、どこかへ行く通り道にもならない辺境なので、俗世間に名は全く知られておらず、訪れる人間も皆無に等しかった。


 ところがある時、1人の男がこの村を訪ねてきたのである。

 男は村長の家へと赴き、一言こう発した。

 「この村にトンネルはありますか」

 村長は首をかしげた。

 「この村は確かに山の中にあるが、西の方に高く盛り上がった崖があるだけで、周りを山に囲われてはいない。皆、移動するには山道を利用している」

 「ああ、お可哀想に。では皆さん、トンネルを見たことすらないのですね」

 男はあわれんだような顔をして、次にこう言い放った。

 「この村に、私がトンネルを作ってみせましょう。私はこの村の人々にも、トンネルの神秘を感じてもらいたいのです」

 男は返事を聞くまでもなく、足早に去っていった。


 明くる日、村の西には長く大きなトンネルがあった。到底1日では削ることができない高さに加え、昇ってきた太陽の光さえ受け付けない暗さであった。

 当然、村民のほとんどが、そのトンネルを気味悪がった。あまりにも巨大な暗闇と、現実離れしすぎた出来事で、村民は皆あわてふためいていた。


 そこで村長が、村の男たちを集め、寄合を開いたのだった。しかしそうしたからといって、誰がどうしようと言う訳でもなく、ひたすらに時間だけが過ぎていた。

 

 淀んだ空気を一掃したのは、1人の男だった。

 「私、あのトンネルの奥に行ってもよろしいでしょうか」

 村長は少し怯えた顔で問いった。

 「お前、正気か。あのような訳の解らぬものの奥に行くだと。そもそも如何どうしてあんな代物が一夜の内に出来たのだ。もう何がなにやら……」

 「村長、私はすっかり、あのトンネルに魅了されてしまいました。あの真っ暗な闇。あの中には一体、どんなものがあるのでしょうか。あの先には一体、どんな光があるのでしょうか。考えただけでも、高揚が止まりません。お願いです、村長。私を行かせては頂けませんか。」

 男は半ば興奮気味に、村長へ訴えた。

 皆の策も全く出ない中、特段引き留める訳もなかったので、その場の全員が、男の願いを承諾してしまった。


 その晩、男は事情を息子に話し、家のことを全て彼に任せ、自分の荷物をまとめた。

 あくる日、男は村を発った。男は出発際、村長にこう言ったそうだ。

 「もし私の行った先に、トンネルのない村があったら、そこの方たちにもトンネルを作ることを勧めます。こんなに興奮することは初めてですから。色々な人にこの感情を与えたい。」

 そう残し、男は闇の中へ消えた。



 その後、男がこの村に帰ってくることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本能のままトンネルへ にじゅーし @6424

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ