時には時に任せてみよう

K-enterprise

直感VS状況証拠

 ふわぁぁぁと、欠伸をしながら教室の席に着くと、俺の登校に気付いた時任翠理ときとうすいりが小走りにやってくる。


「ねえねえ、昨日さ、和菓子屋でお饅頭を買ってたでしょ?」


 時任は、机の縁に両手をかけてしゃがみこみ、俺と同じ目線で聞いてくる。


「なんで知ってるんだよ」

「そんなことはさておき、おかしいのよね」

「何がだよ」

「伊賀くんってさ、餡子、嫌いだよね?」

「まあそうだな。つーか、なんで知ってるんだよ」

「にも関わらず、お饅頭を買った」

「俺が食うとは限らないだろ?」

「それに10個入りを買った。伊賀くんのおうちは三人家族だから割り切れない。これは妙だと思わない?」

「親父とお袋が五個ずつ食べるかも知れねえだろ?」

「ご両親お二人とも餡子は好きじゃない。それに、お二人の好物は駅前にある『桃屋』のフルーツタルト。しかもカスタードクリームのやつ」

「なんで知ってるんだよ。そもそも自宅用とも限らねえだろうが」

「でも買ったのって夕方だよ? 厳密に言うと16時48分。今の時期で言うと日没直後」

「そのくらいの時間に誰かの家に訪問するかもしれねえだろ?」

「ううん。伊賀くんは真っすぐ家に帰った。そしてその時間から伊賀くんの家に来訪者はない」

「なんで断言できるんだよ」

「じゃあ昨日、あれから来客はあったの?」

「ねーよ。つーか俺の帰宅までは確認したんかい」

「さすがにずっと張り込むわけにはいかないからね。で、その証言を信じるとして、お饅頭は来客用じゃなかった。では、お饅頭はどこに?」

「じゃあ、まだうちにあるんだろ?」

「あのお饅頭は賞味期限が短い。もっと言うと昨日の午後九時までが賞味期限。五時閉店の『大黒堂』さんにとって売れ残りに近い商品だった」

「よく知ってんな、おい」

「本が好きでお小遣いのほとんどを本に費やすほどの伊賀くんが、一個160円、閉店前の値引きで150円、合計1、500円は、例え自分のお金じゃなかったとしても、そんな無駄な買い物をするとは思えない」

「それで? 辿り着いた真実はなんだ?」

「餡子が大好きな彼女と同棲してる」

「おい、いいかげんにしろ! 毎回毎回、俺の行動に妙な推理を働かせるんじゃないよ」

「だってだって、あのお饅頭、私の好物なんだよ? いつも売れ残りを買うのが楽しみでさ、それにあんまり売れないからお店のおじさんとおばさんも、もうお店をやめちゃおうかって言うし、そしたらもう食べられなくなっちゃうじゃん」


 時任は顔を伏せて泣き真似をする。

 だからと言って俺をストーキングしていいという話ではない。


「閉店前じゃなく、もっと早い時間に買いに行けよ」

「高校生の少ないお小遣いでさ、100円の違いは大きいのよ」

「じゃあ10個入りなんて買わなきゃいいだろうが」

「あんな美味しいお饅頭、一個食べたら次、次ってなるのは当然なのよ……で、そのお饅頭、余ってたら頂戴」

「賞味期限過ぎてるって自分で言ったんだぞ?」

「食べ慣れてる私なら大丈夫。抗体もばっちり! ね、だからお願い」

「もう無いし、それをどうしたのかなんて言うつもりもない」

「やっぱり、女を匿っているのね……」

「アホなこと言ってないで、もう先生来るぞ」


 時刻を確認し、シッシッっと手を振り彼女を追い立てる。

 時任はそんなに饅頭が心残りなのか、悲しそうな顔で自席に戻る。

 それにしても、いつもながらなんて推理だ。

 事実確認や考察はさておき、辿り着いた答えが、女と同棲?

 こうやって冤罪は作られて、俺はいつの日か社会的に抹殺される日がくるのではないだろうか。


 とは言え、あいつが何かにつけて推理するのは俺のことだけで、誰かに相談したところで「もてる男はつらいねぇ」などと揶揄されるのがオチだ。

 俺としては、好意を持たれているなんてとても思えない関係なのだが、周りから見るとそうでもないらしい。

 それに、あいつがどんな思いで俺の行動を監視しているのか、それに明確な答えを探すほどの勇気もない。

 探偵は推理が外れていたら、その事件から退場するはめになる。

 だから俺は動けない。

 だけどあいつは推理をやめない。

 そして、あいつの推理はいつも俺を勘違いさせる。



「そう言えばさ、昨日の午前中は、駅前の雑貨屋さんで目覚まし時計買ってたでしょ?」


 昼食後、時任はまた俺の机にやってきて言う。


「なんで知ってるんだよ……つーか、目覚まし時計くらい買うだろ」

「あの時計、同じのを私も持ってるんだけどさ、解せない点が二つ。一緒に電池を買わなかったことと、今朝も眠そうだったこと」

「電池? 付属してたり、それに電池くらい家にあるだろ?」

「あのタイプは電池別売りで、その話っぷりからして目覚まし時計に電池を入れて

ないことが分かる」

「まだ使ってないだけなんだろ」

「今日は月曜日、今朝も眠そうだったし、いつもと同じ登校時間、遅刻ギリギリだった。なんで寝不足なのかは分からないけど、早起きのために目覚まし時計を購入したなら、これを使わないのはおかしい」

「だから、これからゆっくり使おうと……」

「伊賀くんの懐事情ふところじじょうから考えても、1、580円は大金。つまり目覚まし時計はどうしても手に入れる必要があったにも関わらず、目覚ましとして使用していない。妙だと思わない?」

「それで? 辿り着いた真実はなんだ?」

「そこなのよ。いろいろ推測はできるんだけど、お饅頭と目覚まし時計の明瞭な接点が見つからないの」

「何で俺が買うモノに整合性を持たせなくちゃって思うんだよ。昨日は他にもガムテープやシャンプーだって買ったんだぞ?」

「ああ、それはそれぞれお父様とお母様の頼まれものでしょ? ガムテープはお父様がお庭で使って、何かを箱みたいなのを作っていたし、シャンプーは低刺激でお肌に優しいやつだったからね、問題外よ」

「俺ん家のプライバシーをどう考えてるのか聞きたいところだが、なら別に目覚まし時計だって頼まれ物かも知れねえだろ?」

「ううん。雑貨屋の前に寄ったホームセンターにも目覚まし時計は売っていた。それに支払った紙幣は五千円札でお釣りは2、380円。もし頼まれた目覚まし時計を買おうとするならば、お釣りの千円札を二枚出せばいいのに、雑貨屋で出した紙幣は五千円札だった。つまり、親御さんに頼まれた買い物じゃない。わざわざ遠回りして雑貨屋の目覚まし時計を自費で購入する理由……そうか、あの時計、猫のキリィちゃんのプリントが、つまり……」

「つまり?」

「餡子好きでキリィちゃんが好きな女と同棲してる」

「どうしても俺が誰かと同棲してるって思いたいんだな?」

「なら、私の推理をくつがえしてよ! それができたら私は負けを認めてあげる!」

「最初っから勝負なんかしてねえっつうの。はいはい、もう俺が誰かと同棲してるってことでいいよ。アホらしい」

「開き直るんだ……なら私も徹底的に調べるんだから。覚悟してよね!」


 肩を怒らせて離れて行く時任を眺めながらため息をこぼす。

 そんなに、俺が誰かと暮らしているなんて結論にしたいのかよ。

 興味本位? 心配だから? それとも、認めたくない可能性を提示して、それを否定してほしかったのだろうか。

 そんな自意識過剰な推理を、時任に話すつもりもないけどな。


―――――


「で、今度はトウモロコシ油?」

「うわっ! びっくりした。なんなんだよお前は、俺が何を買おうがお前には関係ないだろうが」


 スーパーから出た途端、時任に絡まれる。


「気になることは我慢しないの、私」

「開き直るのはいいが、もう隠れることも止めたのか?」

「効率の問題ね。お饅頭と目覚まし時計とトウモロコシ油の因果関係をつき止めなくては他に何も手がつかない」

「なんでそこまで?」

「お饅頭の恨み」

「……はぁ、んじゃ大黒堂行こうぜ。一個ぐらいおごってやるよ」

「それがさぁ、昨日、伊賀くんが最後の一箱を買ったあと、お店のおばちゃんが言うには、もうお店閉めようかって言っててさ、今日だってやってるかどうか……」


 時任は目に見えて落胆して呟く。

 つーかそんなに饅頭が好きなのかよ。

 だから俺も困るんだ。

 こいつの推理の動機が、俺への興味なのか、単純に自分の嗜好のためなのか分からないから。


「あら、翠理ちゃんいらっしゃい」

「こんにちは。大黒饅頭あります?」

「おかげさまでね、ちゃんとあるよ」


 幸い大黒堂は営業中で、お饅頭も在庫があるみたいだ。


「すみません。バラで一個ください」

「あら、こちら翠理ちゃんの彼氏?」

「違います」


 俺の注文に対するおばちゃんの問いには秒で答えておく。


「あれ? ひょっとして昨日買いに来てくれたお客さん? あらやだ翠理ちゃん、仕込みだったの?」

「仕込みでもサクラでもないよ。この人がお饅頭を買ったのはまったくの偶然。それでね、彼がお饅頭の真のファンかどうか調べてるの」

「でも嬉しかったのよ? 昨日も言ったけど、本当にお店を閉めようか悩んでいたんだけど、翠理ちゃん以外にお饅頭を買ってくれる人がいて、旦那とも話してね、また頑張ってやっていこうって決めたのよ」

「ホント? それは嬉しいな」


 おばちゃんが饅頭を二個差し出して頭を下げると、時任は手を叩きながら喜ぶ。


「あの、一個でいいのですが……」

「おまけよ。二人で仲良く食べてね」



「いらないならちょーだい」


 店を出て歩き出すと時任が俺に手を差し出す。


「お前の分は、ああ、もう食ってるのか。これはやらん」


 もぐもぐと咀嚼そしゃくするしながらふくれる時任。


「だって嫌いでしょ? 私が食べてあげるってば」

「俺が食うとは限らんだろうが」

「やっぱり、女が……」

「しつこいなお前も。でも大黒堂が閉店しなくて良かったな」

「ほんとよ、あのお饅頭のためなら人生だって賭けられるからね」

「お前の人生が安いのか、あの饅頭にそれほどの価値があるのか、俺にはさっぱり分からんな」

「価値なんて人それぞれでしょ? 伊賀くんの買い物だって私には必要のないものだけど、それを必要としたから買ったんでしょ?」

「まったくその通りなので、いちいち詮索しないでもらいたい」

「だからこそさ、知りたいと思うのよ。その人がどんな理由で何を求めるのか」


 並んで歩く時任は、少しはにかんだ顔で俺を見上げる。


「知ってどうするんだ?」

「どうもしないけど、目的を元にした行動プロセスが理解出来れば、何をすれば目的に近づけるか、分かるかもしれないでしょ?」


 手探りの問いかけなんだろうか。

 だから俺も核心には近づけない。


「俺の思考をコントロールするつもりかよ」


 と笑っておく。


「思考はともかく、嗜好は気になるかな。お饅頭に関しては一歩も引けない。昨日のお饅頭がどうなったか、私はそれが気になってしょうがないんだから」

「まだ言ってんのかよ」

「家族は誰も食べない賞味期限間近のお饅頭…………電池の無い目覚まし時計……トウモロコシ油……」


 時任は歩きながら深い思考に入ったようだ。

 五分ほど共通の帰路を進み、それぞれの自宅に向かう分岐点に差し掛かる。


「じゃあな、お前はそっちだからな。気を付けて帰れよ」


 未だ思考中の時任を立ち止まらせ、進行方向を示してから歩き出す。


「分かったわ!」

「うおっ! びっくりさせんな!」

「伊賀くん、ズバリ、あなたがかくまっているのは未来人よ!」

「アホか、いいかげんにしろ」

「大黒堂が潰れて悲観した人が未来でタイムマシンを発明して、この時代に辿り着いたけどタイムマシンが故障した。で、伊賀くんに頼んで、お饅頭と時計と燃料を調達したの!」

「お前の頭はどうなってるんだ? それに目覚まし時計は?」

「恐らく、タイムマシンを修理する重要パーツなのよ」

「その想像力、きちんと活かせば大成するかもな」


 俺は呆れながら時任の頭をポンと叩いた。


 

―――――



「お帰りなさーい」


 饅頭を食べながらテレビを観ていた少女が俺を出迎える。

 

「おい、それを持ち帰るってのがお前の役目じゃないのかよ」

「だって美味しいんだもん。大丈夫、5個も持って帰ればママも大喜びよ」

「保存処理、大丈夫なのか?」

「平気よ、三日だろうが、二十年だろうがね」

「ところで確認してきたぞ。大黒堂、店を続けるってさ」

「ほんと? じゃあ残りも食べちゃおうかな……いや、万が一のために持って帰らないと、ママに殺される」

「……また、来ればいじゃねーか」

「言ったじゃない。時空特異点の復元力が一番少ない瞬間を狙って来たんだから、もう来れないってさ。それで燃料は?」

「ああ、買ってきたぞ。それにしても“コーンオイル”で動くタイムマシンか」

「この時代だって、いろんな乗り物に使われてるでしょ?」


 プラ容器のオイルを手渡す。


「そうらしいな。で、本当にママには会わなくていいのか? まだその辺にうろうろしてるかもしれないぞ」

「ママには知られちゃまずいんだってば」

「俺に知られるのはいいのかよ」

「タイムマシンの発明者であるママに直接知られなければいいの。あなた経由の話なんて眉唾だし、どこの世界にタイムマシンの存在を実感できる人がいるのよ」

「あいつ、俺が何も言わずとも直感で辿り着いたぞ?」

「え? マジ? かー、さすがママだわ、侮れない」

「でもさ、本来なら大黒堂はこのタイミングで潰れてたんだろ? 歴史を変えて大丈夫なのか?」

「さあ? それでもいつかは潰れてたのかも。それに言うほど世界は分岐しないのよ。現実の復元力ってやつは丈夫で、そんな簡単に歴史は変わらないの」

「ふうん。ところでさ、お前の、なんだ、父親って誰なんだ?」

「あのさぁ、言ったでしょ。当事者には事実を明確にしちゃダメだって」

「その言い方でずいぶん真実を語ってるように思えるけどな」


 俺は手に持っていた饅頭を少女に渡す。


「いいの? パパは食べないの?」


 言いながらハッとして両手で口を塞ぐ少女。


「聞かなかったことにしとく。未来が変わったら大変だからな」


 推理するまでもない事実。

 時任は直感で辿り着き、俺は状況証拠で辿り着く。


 俺は苦笑しながら、時任に良く似た、目元だけは俺にそっくりな少女の頭をポンと叩く。




―― 了 ――

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