好きって言いたい(下)
「好きです」って言葉を伝えたとして。
そのせいで、古代くんが私のことを好きになってしまったら、どうしよう。
友達だと思ってくれてる古代くんにそんなことをして、私は胸を張っていられるでしょうか。ううん、きっと無理です。
言葉じゃなくて、文字にすれば。きっと、この恋を伝えるのは簡単なのかもしれない。
でも、私は知っています。言葉の強さ、言葉の重さ。大事な大事な好きって言葉を、文字の上でだけ伝えて──その後、一切言えないなんて、嫌だなって思ってしまいます。
だから、私は何も言えないまま、古代くんと友達として一緒に過ごしてました。
もしかしたら、彼に言霊の耐性があるかもしれない。そう思っても、試すことなんか出来ません。
「勧めた本、面白かった?」
下校中、隣から聞こえてくる言葉に私は首を縦に振ります。
最近は、こうやって。古代くんと一緒に図書室に残ったあと、おすすめの本を読み合いっこして感想を言いながら帰るようになりました。
それが、とても幸せで。このままが続けばいいなって感じて──好きだなって、思ってしまって。
楽しいのに、少しだけ悶々としてしまう帰り道の中。ふ、と、公園の方から声が聞こえました。
「ねぇ! そこの背の高いお兄ちゃん!」
「ん……どうした、困り事?」
多分友達同士の小学生が、四人。古代くんに駆け寄ります。促されるように公園に足を踏み入れた古代くんの後ろを、私もついていきました。
「あそこの木にボール引っかかっちゃって……お兄ちゃん、取れたりしない?」
「あー……あれか……」
見上げた先、高い木の枝に、サッカーボールが一個挟まっていました。
結構な距離、肩車とかじゃ届きそうにありません。私がどうしようかなと考えていると、古代くんは笑顔で四人に話しかけます。
「任せとけ! お兄ちゃんは実は木登りのプロだからな!」
普段ともちょっと違う、頼もしい感じの声音で、古代くんは胸を叩きました。
歳下には、こういう感じで話すんだなぁ。って、私が思っている間に、彼はちょっと慎重に木の上に。
木登りのプロ、っていうのは大袈裟でも。元から運動は得意な古代くん。引っかかったボールを落とすと、笑顔で下の私たちに手を振ります。
……凄いなぁ。そんな素朴な感想を持ちながら、木を下りる彼の姿を──
ポキッ。
──枝が、折れる音がしました。
古代くんの手が、木から離れていきます。それを見て、私はすぐに動くことが出来ました。
それでも、どうしようもないことはどうしようもなくて。私が頑張って走っても、多分落ちる方が早くって。
普通なら、そうで。
だから、私は口を動かしました。
「『間に合って』」
私の放った言霊が、私に力を与えます。
私の嫌いな、私の力。それでも、助けるために使えるなら。
ずん、と伸ばした腕に重さが加わりました。何とか、頑張って踏ん張って。少しぽかんとしてる古代くんに、怪我がないのを見て安心して。
「……あ……ありがとう歌川さんっ!」
降ろした古代くんに、頭を下げられてしまいました。そんなのいいのにと言おうとして、言うとまずいことに気がつきます。
どうしようってあたふたしてる私に、古代くんが続けて一言。
「あのさ、助けて貰ったお礼……っていうのもあれだけど、なんか俺にして欲しいことってある?」
その、言葉に。
少しだけ、ドキッとしてしまって、ちょっとくらい、わがままを言ってもいいかな、なんて。
「……あっ、ごめん! そうだ、後でメールとかで──」
「──あの」
古代くんが、驚いて。
「……『頭を、撫でて、ください』」
頭を、少し前に出して。
真っ赤な顔を隠せないまま、私は少し待ちました。
ちょっと、間が空いて。
私の頭に、ぽんと手が置かれました。それで、優しく、撫でてもらって。それで──。
「え……っと、これくらいで、いいの?」
「──い」
少し恥ずかしそうな古代くんに、私は。
「『今起きたこと、全部忘れてください!』」
そう言って、走り去るのでした。
──いくら、忘れてるとしても。明日から、どんな顔して話しかければいいんですか!
◇
──明日から、どんな顔して話しかけよう。忘れろって言われても、忘れられるわけないのに。
「……歌川さん、声、綺麗だったな……」
言霊遣いは好きって言いたい 響華 @kyoka_norun
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