言霊遣いは好きって言いたい
響華
好きって言いたい(上)
小学生の頃、友達に「絶対好きになるから!」っておすすめした漫画を本当に好きになってもらえて、嬉しかったのを覚えてる。
その後おばあちゃんが、その友達に憑いていた言霊を取り除いてくれたことも。
人に対して好きになれと言ったら、本当に好きになってしまう。
人に対して転んでと言ってしまえば、その人は本当に転んでしまう。
自分が人に語りかけると、本当にその通りになってしまう。私のお母さんの家族は、みんなそういう力を持った、言霊遣いの家系みたいで。
だから、私は本を読むようになりました。
本を読んでいる間は、誰かに話しかけられないし。本を読んでいる間は、誰かに話しかけることもありません。
小学校の二年生から、中学校の二年生まで。すっかりみんな、私のことを「喋ることが出来ない」のだと勘違いして。
生まれつき言霊への抵抗力を持つ人もいるらしいのですが、それを確かめる方法もないですし、確かめたいとも思いません。
きっとこれから先も、こんなふうに誰とも話さずに。迷惑をかけずに生きていくんだと、そう思っていたんですけど──。
◇
「転校生の古代 勇です! 古い時代の勇者と書いて古代 勇! これからよろしくお願いします!」
新しく入ってきた転校生の男の子は、とても元気はつらつとした感じでした。
かっこいい名前だなぁとか、体育祭では活躍しそうだなぁとか、でも関わることはなさそうだな。と、そんなふうに感じて。
「歌川凪沙さん、だよね?」
だからそんなふうに話しかけられた時、私は声が出そうになるくらいびっくりしました。
本から顔を上げて、古代くんのことを見上げる私に対して、彼は笑顔で話を続けます。
「転校してきたばかりだから、みんなのこと知るために全員に話しかけようと思って! ……あっ、話しかけられるのは苦手だったりする?」
古代くんのその言葉に対して、私はちょっとだけ迷って──首を、横に振りました。
別に、話を聞くのは嫌いじゃないし……関わることがないと思ってはいても、転校生の彼がどんな感じの人なのか、気にならなかったわけではなかったので。
そんな私の様子を見て、古代くんはほんの少しだけ、考えるような素振りを見せました。
そしてすぐに笑顔に戻ると、私に質問してきました。
「歌川さんはよく本を読むの?」
私は首を縦に振ります。
「そっか! 俺もよく本を読むんだよね! 凄い勇者みたいな名前だからさ、昔から勇者が出てくるファンタジーの漫画とか小説が好きで!」
あんまりはしゃぎながら話すものだから、クラスメイトの視線が集まってちょっと恥ずかしい……でも、好きなことを好きって堂々と言えることは凄いと思う。
私はもちろん言えないことで、でも普通に喋れる人だってハッキリと言うのは難しいことだと思います。
「歌川さんはどんな──いや、勇者が出てくる本は好き?」
私は首を縦に振ります。
……ちょっと、言葉に詰まったような?
「よっしゃ仲間! 最近はさ、勇者の立ち位置とかも色々あるけど、俺はやっぱり勇者がかっこいいやつが好きだな! 歌川さんはどう? ……えっと、かっこいいやつが一番好き?」
そんな、ちょっとたどたどしい聞き方で気付きました。
古代くん、私に対してハイかイイエで……首を縦に振るか横に振るかだけで答えられるように、質問の言葉を選んでるんだって。
首を縦に振ります、振りながら、考えます。多分、私が喋れないってことは知らなくて。でも、最初に首を振って答えたから……きっと、喋らない理由があるって、そう考えてくれたんじゃ?
だから、私に負担がかからないよう、詰まらせながら聞いてくれたんじゃ?
そう考えると、急に顔が赤くなってきて。話を聞きながら、私は少し顔を本で隠します。
ちょうどその時チャイムがなって、古代くんはあっと小さく声をこぼしました。
「時間だね……あのさっ、今日は他の人に話しかけに行くんだけど……よかったら、また本の話をしに来ていい?」
その言葉に、私は首を縦に振りました。
どうにかこうにか顔の赤を消して、精一杯の笑顔を添えて。
◇
それから、数日。
私と古代くんは、よく話をするようになりました。とはいっても、私は話を聞くだけなんですけど。
一応、私も文字でなら普通に話せますが。相変わらず首を振るだけで答えられるように話を広げてくれる彼の優しさが嬉しくて、私はずっと身振り手振りだけで応じてました。
古代くんは運動もできて、転校生だから目立つのもあって。彼と一緒にいる私も、次第に少し注目を集めるようになりました。
もしかしたら、ちょっとだけ。喋れない私に優しくしてあげてるせいで、古代くんが他の人と話せなくて苦労してるんじゃないかって。
そんなふうに思っても、私じゃ聞いてみるって訳にもいかなくて。
──そんな、ある日のことでした。
「古代くん、ちょっといい?」
「なんですか先生、大丈夫ですよ!」
教室の机に、家で読みたかった本を置き忘れてしまって。
教室に戻ろうとした時に、掃除当番だった古代くんが先生に呼ばれてるところを見ました。二人の話みたいだし、本を取りに入るのは話し終わってからでもいいかなって思って。
「歌川ちゃんのことなんだけど」
──こっそり外で待ってた私の耳に、思わぬ名前が入ります。
私の話。何の話? 変なことをした覚えは無いですけど、でもきっと私とよく話すから古代くんに話しかけてるんだろうし……
「ほら、古代くん、よく歌川ちゃんに話しかけてるでしょ?」
「はい! 漫画以外に小説の話ができるの本当に楽しくて!」
「うん、うん……それはいい事だと思うんだけど……ほら、歌川ちゃんって話すことが出来ないでしょう?」
びくっ、って体が跳ねました。
「だから、嫌なことがあってもきっと嫌って言えないと思うの。だから、あんまり一方的に話しかけるのは──」
そんなこと、ない。嫌なこと、口に出して嫌って言うのは確かに無理ですけど。
でも、でも。嫌な話だったら、無視したり突っぱねたり。それくらいは私だってできるもん。
身体が飛び出そうになって、でも、やめる。喋れなくても拒否できること、そういう風に思ってること。それを、言葉なしで伝えるのは私には出来なくて。
「でも、先生」
「なあに?」
「歌川さんは、きっと嫌な事聞かれたら無視して本読んだりできると思いますよ? だって、歌川さん強いから!」
古代くんが、そう言って。
──ああ、そっか。私は、なんも喋らないでいたけど。そんな私がどういう人か、どういう所が凄いのか。古代くんは言葉がない中でしっかり理解してくれたんだ。
そう思うと、嬉しくて。思わず、顔が赤くなって。
ああ、そうか、もしかして。私、古代くんのことが好きなのかも。
──好きになって、しまったのかも。
そんな大事な好きって言葉、私は古代くんに言えないのに。
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