第十膳(後編)思いはアノマロカリスの下に

 家に戻って、早速冷やして置いたデザートを取り出した。


「今日は最後にデザートを作ったんだ。一緒に食べよう!」


 思った通り。弥生ちゃんはびっくりした顔でデザートを見つめている。


「今日は特別な日。そういう日にはデザートがぴったりだと思わない?」



 底が丸いガラスのカップに、クラッシュしておいた青色のゼリーを注ぐ。ゼリーが部屋の明かりを反射してキラキラと輝く様は、太陽の光を浴びて煌めく海のよう。

 そう、このゼリーは海だ。そしてゼリーの海にいるのは、飴細工で作った古生物達。ちゃんと形が分かるように、冷えたゼリーの海の上に置いてある。


 世界最古の狩人、アノマロカリス。

 シルル紀の支配者、ウミサソリ。

 未だに謎の多い生物、オドントグリフス。

 それからピカイアに三葉虫、カナダスピス、ウィワクシア、アンモナイト、ミロクンミンギア、クックソニア、シーラカンス……。


 どれもこれも、弥生ちゃんが教えてくれた古生物達。飴細工で作った古生物達は喧嘩しないように、一つのカップにつき一匹ずつ。だから計十一個のカップゼリーが出来上がったわけで。こんなに食べられるか不安だが、弥生ちゃんとなら大丈夫だと踏んだ。


 今は一緒にこの甘くておいしいデザートをたっぷり堪能しよう。


「いただきます!」


 弥生ちゃんは、すごくすごく迷っていた。どれもこれも大好きな古生物だらけ。どれから手をつけるか吟味していたが、最初はクックソニアを、と手に取った。飴細工のクックソニアを口に含むと、弥生ちゃんの目もキラキラ輝き出した。


「甘くておいひぃです! なんだか精巧すぎて食べるのがもったいないですが……下のゼリーの海も色鮮やかで綺麗です! それに……冷たくておいひぃ! 味はブルーハワイですね? かき氷以外にシロップってこんな風に使うんですね!」


 弥生ちゃんは、本当に好きなものは最後に取っておく派だ。それを俺は知っている。なんたって恋人だから。

 大好きなアノマロカリスは、最後に味わって食べるだろう。だから、ちょっとした仕掛けを用意したんだ。飴細工のアノマロカリスに協力してもらってね。


 弥生ちゃんがアノマロカリスの乗ったカップに手をかけた。飴細工のアノマロカリスをキラキラした目で眺めて、指で摘んで持ち上げた。

 だけど、弥生ちゃんは飴を頬張ることなく、ゼリーの表面の上の異質な輝きを凝視していた。


「……これ……」


 右手で飴細工を待っていたから、左手でその輝きを摘み上げていた。

 アノマロカリスの下に置いていたのは、飴細工でできた透明の指輪。

 小ぶりだけどダイヤモンド型の飴細工も光っている。指輪と俺を交互に見て、驚いて口をぽかんと開けている。


「今日は特別な日って言ったよね」


 美味しいと言い合える幸せな時間を手放したくないと思ったあの日から、俺の心は決まってた。


『ただいま』と『おかえり』を言える場所を作りたい。

『いただきます』と『ごちそうさま』がある食卓と料理を作りたい。


 俺にできることなんてそれだけだ。でもそれこそが大切なんだと今は思う。


 飴細工の指輪にしたのは、なんとなく、ゼリーで本物の指輪がぐちゃっとなっちゃうのが嫌だったから。

 ポケットに本物があるんだ。ダイヤモンドが煌めくシルバーの指輪が、今か今かと出番を待っている。


「これから毎日、弥生ちゃんにとびきりの夕食を……いや、朝食も昼食も作るから。時には一緒に作ったりしながら、一緒にご飯を食べたいんだ。受け取ってくれる、かな?」


 その時、弥生ちゃんのお腹がぐぅ、と鳴った。

 満面の笑顔で、左手に持った飴細工の指輪を小さな口に放り込む。

 それが、俺の問いへの答えだった。



 さようなら、ひとりぼっちの食卓。

 こんにちは、君とふたりの楽しい食卓。



—おわり—



🍁あとがき🍁


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 理一と弥生に温かいコメントをくださり、執筆の励みになりました。


 飯テロなのに古生物? と思われた方もたくさんいらっしゃったかと思います。古生物は完全に作者の趣味です。弥生同様、古生物の魅力を少しでも皆様にお伝えできたらいいな、という思いも込めて書き続けておりました。


 理一は過去の苦悩と、弥生は夢や理一との関係と、そして作者である私は週一で出されるひとつひとつのお題と、それぞれがそれぞれの課題に向き合って成長することができました。


 改めまして、このような素敵な企画を立ててくださった関川様、お疲れ様でした。そしてありがとうございました!!



🍁空草 うつを

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