第十膳(前編)とっておきのデザートをキミに

 ——三年後。


 こんにちは。

 さようなら。

 俺達はどちらを選ぶのだろう?


 俺はあれからずっと考えていた。

 弥生ちゃんが作ってくれた料理はすごくおいしかった。

 俺のためを思って作ってくれたのがちゃんと伝わってきた。

 では、俺が弥生ちゃんのためにできることは何だろう? 


 そんなことを考えながら、俺はデザートの仕上げに取りかかっていた。

 最後を締めくくるデザート。カロリーなんて気にしない、とにかく甘くて、優しい味のする、ほっぺたが落ちそうになる、そんなとびっきりのデザートだ。


 弥生ちゃんにはデザートのことはナイショにしている。

 サプライズを仕掛けたいのは、俺の悪い癖だ。


 さて。これで準備は完了。

 エプロンを外して、小さな皿にきれいに盛り付ける。


「そろそろ時間だな」


 貴重品だけを手に取って、家を出た。


 飛行機の離発着の轟音が響く、国際空港。俺は、国際線の出口の前でそわそわと待っていた。周りには、英語で名前のような文字が書かれた看板や子供連れの客が俺と同じように出口に視線を注いでいる。


 今か今かと待ち侘びていれば、大荷物を抱えた人達が堰を切ったようにゾロゾロと流れ込んできた。

 迎えに来た家族と抱き合うサラリーマンといれば、颯爽と去っていく人もいる。英字の書かれた看板に走り寄ってきて覚えたての日本語で挨拶をする学生に、長時間のフライトで疲れ切った顔をする人もいた。


 その中に、待ち焦がれていた人の姿があった。


 小さな体には大きすぎるキャリーケースを引きずり、いつもの黒いリュックからはアノマロカリスの触手が飛び出ている。

 ショートボブに眼鏡姿の彼女は、俺を見るなり小走りで駆け寄ってきた。


「理一さん、ただいまです」

「弥生ちゃん、おかえり」


 三年間、カナダで研究をしてきた弥生ちゃんは今日、日本に戻ってきた。以前働いていた地球史博物館で、日本の子供達に古生物の魅力を伝えるというもうひとつの夢を叶える為に。


 キャリーケースは俺が、私が、といつかの押し問答を繰り返す。

 じゃあ半分半分で持ちましょう、なんて弥生ちゃんが言うから速攻拒否した。キャリーケースを介してなんて嫌だったから、俺は弥生ちゃんの手を握った。

 ほんのり頬を赤らめて、戸惑いながらも握り返してくれる手は温かかった。



 日本に帰ってきたら、連れて行きたい場所があるんだ。

 空港を後にして向かったのは『シーラカンス』と言う名のラーメン屋さん。たいそう驚くかと思ったのに、弥生ちゃんの口から「ここ知ってますよ」と言われた時は思わずがっかりしてしまった。


「前に館長に連れてってもらったんです。中華そばが美味しくて」


 暖簾をくぐればいつものように「いらっしゃいませ」という声がかかる。俺達はそろって中華そばの食券を買ってカウンター席へと向かった。

 ちょうど、カウンター席に座っていた男性が食べ終わったのか立ち上がった。その人は俺と弥生ちゃんを見比べて「おや!」と驚きの声をあげた。


「こんにちは、ケンさん」

「お久しぶりです、館長」


 同時に声を発した俺達も、お互いの顔を見合わせていた。


「え、ケンさんって。地球史博物館の館長だったんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 そういえば最初の頃に言われたような。でも当時の俺は博物館にさらさら興味なんてなかったから記憶から抜け落ちていた。


「まさか理一君と伍代さんが、そんな関係だったとはね」


 ケンさんはにやけた顔で、繋いでいる手を見てくる。今更手を離すのも白々しいし、付き合っているのは事実なので「はい、そうです」なんて言ったら弥生ちゃんは顔を更に赤く染めてしまっていた。


 若いふたりでごゆっくり、なんて言ってケンさんは去っていった。

 ケンさんが座っていた所に腰掛けて、運ばれてきた中華そばを啜る。中華そばは安定の美味しさだ。


「んー、おいひぃですー! 日本の味って感じで安心します。帰ってきたんだなぁって」


 やっぱり、美味しいと言い合えるこの距離が心地良い。中華そばを啜る弥生ちゃんの横顔ばっかり見て鼻の下を伸ばしていたら、俺が頼んだ中華そばもびろんびろんに伸びてしまった。

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