第6話 エピローグ

 TBMが停止する。

故障したわけではないので、入力した位置に到着したのだろう。

運転席に戻る。

コンソールの表示は指定のあった位置を示していた。

自動モードからマニュアルに切り替えて、バックする。

ゆっくりと切羽から遠ざかる。ライトに照らされた切羽は圧迫感がある。

十メートルほど後退すると、TBMを停止させる。

ハンドルの操作盤のスイッチを押すと、カッターヘッドが半分に折りたたまれる。

時計を見ると、指定された時刻の三十分前だった。

十分余裕がある仕事である。

エンジンを止めてから運転席を降りる。

ライトは点灯させたままにしておいた。

二日前に職場のPCに届いたメール。

心の底から驚いた。

元社長から直々にメールが届くことなんてありえないことだった。

ヒラ社員の自分に退職されたとはいえ、組織のトップから声がかかること自体が会ってはいけないことだった。

そこに書かれたのは仕事の依頼で、また不可解だった。

上の人間には詳細は伝えずに、我社で開発した小型TBMを指定の場所に持ち出し、さらには指定のポイントまで掘削させることだった。

添付ファイルには詳細が書かれており、作業が出来る最低限の内容しか書かれていなかった。

それでも舞い上がっていたから不思議には思わなかった。

しかし、こうして指定のポイントまで掘り進めたところで、一体何があるのだろうか。

元社長から送られてきたメールには、ここに来るまでの間に指定した業者から資材を受け取るようにと記載もあった。

会社からここに来るまでの間で資材を受け取ったが、それは石造りの切羽だった。

大人三人でトラックに積める程度の重さで、表面こそ石質だが、中がFRPで軽量に作られているということだった。

全くトップに立つ人間と言うのは訳が分からない。だからこそトップに立てたのかもしれないが。

切羽を見ながら考えていると、自分から見て切羽の右隅が動いている感じがした。

見間違いかと思っていたが、確かに動いている。

ゆっくり近づく間にその部分がごそっと落ちた。

すると中から作業着姿の人物が這い出てきた。

そんなホラー映画を見たことがあったなと思っていると、作業着の人物は立ち上がり、身体の土埃を払った。

「いやーご苦労さん、どや?ぴったりやったか?」

「社長…」

這い出てきた人物、深見勘三郎に駆け寄る。

「元、やって、今はただのおじいちゃんや」

悪戯に笑う。

「TBMは…正しい場所に到着したと思います」

その言葉に元社長は何度も頷いた。

「よし分かった。ちょっと手伝ってくれ」

そう言うと今、自分が這い出てきた穴を塞ぐ手伝いをお願いした。

不思議な仕事はまだ続くようだった。

立体パズルを組み立てるように勘三郎が崩した土塊を組み上げた。

右隅だけツギハギの切羽が出来上がった。

「よし、上出来上出来、じゃあ次や。あれ、回収して来てもらったか?」

何を示しているかは、すぐにわからなかったが、手でジェスチャをしていたので、あの模型だと分かった。

「はい…外のトラックに積んであります」

「よっしゃ、はよう持ってこよ。その前にこいつ、穴の外まで動かして」

共にTBMに乗り込み、穴の外へとバックする。

今度はトラックから回収した切羽の模型を二人で運ぶことになった。

元社長はトンネルの切羽まで運びたいらしく、運んだ時に三人がかりで積み入れたことを伝える。

「じゃあ、台車使うかぁ」

そういうと、トラックに常に積んでいる台車を取り出して、そこに模型を乗せた。台車は二台あったので、前後に向かい合わせになるように乗せて、切羽の模型自体は倒した状態にした。元社長は、じゃあ行くで、と簡単に言い、後方の台車に移動する。自分は前の方、ということだ。後ろ向きで進まなければならないが仕方がない。

そんな不自然な体勢で再びトンネルの中に戻っていく。

這い出してきたところまで戻ってくると、二人がかりで模型の方の切羽を立てる。

六メートルほどの大きさを慎重に立てて切羽の前面に張り付けるようにぴたりと立てた。

「よっしゃ。じゃあお前さん、ここで支えていてくれるか?わしはあれ操縦して戻ってくるから」

そう言うとこちらの返事も待たずにせかせかとTBMの方まで戻って行った。

言われたように支えているが、作業の意味が理解できない。ここにハリボテの切羽を立てたいということは分かるが、これがなんなのだろうか。

TBMを操縦して戻ってくると、立っていた自分をTBMの後ろに移動させた。

閉じておいたカッターヘッドを展開させると、慎重に前進させてカッターヘッドを密着させた。

「よーし、これで終いや。あんたもご苦労さんやったな」

「はあ…」

「出よ出よ。暗くて嫌な気分になるわ」

手を引かれて二人で外に出る。

そんなに引っ張る必要もないのに…どれだけ急かされるんだ。

やっと日の光を浴びた頃、元社長は背伸びをした。

「仕事の後の一服は美味いやろうなぁ」

元社長はポケットを弄っている。

「あ、自分持ってますけど…吸いますか?」

「ああ、気ぃ使ってもらってすまんな」

厭らしい顔で笑っていた。作業着のポケットから煙草を取り出して渡す。

そのまま火を点ける。

「飲み物もあるので良かったら…」

後ろを振り向くと背中に激痛が走る。

「…っく…」

振り向くと密着するくらいの場所に土で汚れた顔がある。

その手元にはナイフが握られているのが微かに見えた。

激痛の元がわかった。

分かったところで意識が遠のく。

「悪いなぁ…えっと…すまん、名前も知らんのや。うちの社員の中から適当にメール送っただけやからな。まあ信じてこっちに来てくれて助かったわ」

意識を失いながら、自分の身体が穴の脇に置かれるのを感じていた。

元社長は作業着のポケットへ乱暴に手を入れられ、トラックの鍵と煙草を持っていった。

探し終えた元社長はすぐに立ち去らず、じっと自分を見ながら佇んでいる。

何をしているのかと思った。

ああ、この人は自分が死ぬのを待っているんだと直感する。自分が証拠を残すことを恐れているに違いない。

「なん…で…」

遠のく意識の中、このようにした理由を尋ねるが、それすら無視してひたすら死ぬことを待ち望んでいる。

やはり自分の人生はこんなものなのだ。

ただ誰かに利用されて搾取されて終わりである。お金や時間のみならず、最後は命まで搾取されるのだ。

でも、もう終わるらしい。

ああ、良かった。もう、盗られるものはなにもない

…。



「日を改めた方がいいんじゃないですか?」

緊張した声で袈裟丸は隣の塗師に言った。

「要君がいると、お財布が心配になってくるからさ」

塗師は小声だった。二人がいる場所が塗師にそうさせた。

二人は都内の高級寿司店にいた。

今回のアルバイトの打ち上げと称して寿司でもどうか、と塗師から連絡が来たのが昨日だった。

深見家から救出されて病院に搬送された袈裟丸は二日で退院となった。

その間、居石がどこで何をしていたか詳しくは聞かなかったが、病院の近くのホテルに滞在し、観光を楽しんでいたと聞いた。

袈裟丸が退院する日、二人はそのまま帰宅することになった。

翌日から研究室に顔を出そうとして教授に連絡すると、今週は来なくて良いから自宅で療養しなさい、ということだった。

体調は十分だったが、その言葉に甘えることにした。

研究にかまけて、身の回りのことが全くできていないかったからである。

さて、じゃあ何をしようかと考えていたところに塗師から連絡があった。

すぐに居石に連絡を取ったが、今度は居石がダウンしてしまったらしい。

身体だけは丈夫な人間だったはずなのに珍しいものだと袈裟丸は思った。

一人で言って来てくれということだったので、塗師に日を改めてもらおうと連絡すると、逆に丁度良い、ということで半ば強引に日程が決まった。

塗師は普段、全くそんなことをしない。今回だけは事情が異なり、バイト代とは別に特別報酬ということらしい。

「今回は大変だったね」

「まあ、俺は体調不良ってことですけれど…要の方が大変だったんじゃないですかね。結果、あいつも体壊しているし」

「まあそうだね」

そう言って塗師はお茶を一口飲む。

塗師はこんな時でもスタイルを崩さない。頭のタオルくらいは外しても良いものだが、寿司屋側も理解しているらしく、何も注意はしなかった。

時間帯のためか、客は二人以外におらず、落ち着いた雰囲気でお寿司を楽しめた。

食べながら聞いてね、と塗師は袈裟丸が入院中に居石と見たものを訥々と話し始めた。

「…そんなことが…あったんですね」

「居石君は仲良くなってたみたいだったからね。ショックで寝込んじゃったんじゃないかな」

「まさか…」

「案外繊細なんだよ。彼は」

知ったように言いますね、と言いかけて止める。

「今回は、本当に君たちに申し訳ないと思っている。こっちも単純なアルバイトだと思ったんだよ」

「珍しいですね。塗師さんがそんなこと言うの」

「想定外、ってやつだね」

二人の前に寿司が置かれる。こうした寿司屋では置かれたらすぐに食べるのがマナーだと聞いたことがあったのですぐに口に運ぶ。

「深見勘三郎という人物に振り回された形になったわけだね」

「振り回されたっていうか…」

「まあそうか、あの人は勝手に自分の計画を進めていただけか」

照れくさそうに塗師は笑った。

「警察は…どう結論付けたんですかね?」

「あの子…司君だっけ?彼が自供しているからね」

「ただ逆に言えば彼の自供しかない…」

「そう。本当は殺していたのに自殺ということにしたという可能性もある」

「彼が処分したものとか…拳銃とかスマホとかそんなものは見つかってないんですか?」

塗師は少し困ったような表情を浮かべる。

「僕も深追いはしていないんだよ。ただ…報道を見ていると自殺ってことになったみたいだね。確か拳銃も見つかったんじゃなかったかな」

「じゃあ、自殺で間違いないじゃないですか?あ、でもそのスマホになんて残されてたのかな…」

これ以上は、と言って塗師は手をつけていなかった寿司を口に放り込む。

「なんか釈然としないというか…もやもやは残ったままですね」

「そんなものだと思うな。すべてがちゃんと、僕らが知ることになる訳はない。そんなことは物語の中だけだって」

塗師はわざとらしく、口角を上げる。

「一番釈然としていないのは、要の方でしょうけれどね」

「体調崩すくらいだからね」

袈裟丸はお茶を一口飲む。身体の中からほんのりと温かくなる。

「また、アルバイトの話、持ってきても良いかな?」

「それは是非。僕も要も万年金欠なので」

「一度、聞きたかったんだけれどさ、なんでそんなにお金ないの?僕、良く知らないけれど、ティーチングアシスタントとか実験の授業を手伝ったりして、少しくらいはバイト代が出たりするんじゃないの?」

袈裟丸は少し考える。

「何でですかね?まあ、僕らがすべてを知ることはできないからじゃないっすかね」



<完>

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