44話 魔女は満足できない


 キュッ…!キュッ!

 体育館の汗臭い独特の臭いに、シューズの擦れる音が辺りに響いてる。

 夏の訪れを感じるじめっとした蒸し暑い空気に、クラスメイト達は玉のような汗を流しながらドッジボールに耽っていた。


「こっちこっち!パスパース!」

「いや、このまま当ててー!!」


 指示が飛び交う中、暑さでうんざりとした表情を浮かべる私はじっとりと滲む身体にイライラを隠せずに悪態を吐く。

 視線の先には、ドッジボールを楽しむクラスメイト…しかし私は体調不良を言い訳に体育館の隅で体育座りをして休んでいた。


「しかし、あの白い髪の人は…なんで分かったのよ!」


 奥歯を強く噛んで、機敏に動く白のシルエットを睨む。

 弾むボールを難なく掴んで、すぐに反撃に入るその姿勢は見てるだけでも凄いと思える…だけど、私はそれよりもと殺意に近い眼差しを向けていた。


 昨夜、私は笹木ユウに襲われた。

 悪魔らしく淫魔らしく…身体を押さえつけられて一生分の快楽を味わった。

 どれだけやめてと叫んでも、彼女は笑ったまま私に快楽を刻んだ…。


 それは、もはや呪いそのものだった。

 消えることのない疼きと切なさは、理性を取り戻した今ですら求めたくなるものだった。

 脳の奥がチカチカと瞬いて、あの夜の出来事を思い出そうとしてくる…。

 そのたびに思い出しては、私の身体は反応するように跳ねてしまう…。


 今は、快感を抑える魔法を使っているけど…その効果もじきに消える。

 最悪な事に、この快楽は蓄積されていて解けた瞬間なだれこむように襲ってくるのだ。


 それに…下腹部に刻まれたこの紋章も、私にとって不愉快なものだった。


「……ッ!!」


 こっそりと体操服から下腹部を覗き込んで、私は怒りに眉を寄せた。

 そこに刻まれているのは、派手なネオンピンクで描かれたハート型のタトゥー。

 禍々しいとさえ思えるその意匠が、私のお腹に刻まれているのを見て…不愉快を隠せない。


 これは、笹木ユウが去り際に刻んだ印。

 彼女は何の説明もなく帰っていったけど、あの白い女が朝言っていたことを考察すれば…これはいわば主従契約と似たような印なんだろう。


 笹木ユウの胸元にある私との繋がりを証明する契約の印と似たもの…。

 それが、なんで……!!


 私に刻まれてるの…よォッ♡


 だんっ!と床に拳を叩きつけると、跳ね返るように快楽の波が私を襲った。

 ビリビビリって脊髄から電流が伝って、脳の奥を刺激する。

 途端に形容しがたい快楽が刺激すると、私はだらしない笑顔を浮かべて倒れた…。


「ォ"…ぁあ"ーッ♡」


 たらたらとよだれが垂れている…。

 瞳がチカチカしていて、焦点があわない…。


 しまった、魔法でカバーしていたけど…ちょっとしたことでこんな…。


「き、きもち…よくなれふなんてぇ〜♡」


 倒れ伏すようにして私は痴態を隠す。

 運良く誰も見ていなかったけど、私は倒れ伏したまま…白い女の奥にいる笹木ユウを睨んでいた。

 私がこんなにも酷い目に遭ってるのに…なんであいつは、あいつは平然としているの!


 ゆるせない…!


「ゆるしぇない……!」


 ゆるせない!!


◆◆◆◆


「くそ!ルシエル強すぎ!!」


 切羽詰まった女子の声と同時に、ボールが素早く行き交っている。

 私は外野で見ているだけだけど、私達のチームは劣勢に立たされていた…。


 コート内に立つ白い美少女。

 こんなにも蒸し暑いのに、汗一つ流さずに佇む彼女はとても絵になるって感じがする。

 私達チームはシエルに集中砲火していた。

 全員でパスして繋ぎ合わせて、敵チームの要であるシエルを潰す…。


 みんな、その為にウチのチームの主力にパスをしているのだけど一向に当たる気配がしなかった。

 だってシエル、身のこなしが完璧なんだもん。


 まるで踊るように避けて、滑らかな手つきでボールを取ると確認もせずにノールックで高速の反撃を叩き出す…。

 こんなの、かんぺきじゃんかー……。


 元々、シエルの凄さを知っていたけど…こんな超人ムーブをされると絶望が色濃くなる。

 主力の人達もどんどん消えていって、あっという間に劣勢に立たされる様はまさに絶望そのものだ…。


「はい、これで最後…」


 囁くように呟いて、白い髪が揺れる。

 ボールを手に最後の一人へと向けられて、回転を加えられた一撃が放たれた。


「く、くそっ!」


 最後に残った一人が、諦めてたまるかって表情で身をよじらせて躱そうとする…。

 けど、回転するボールはまるで生きているように、軌道を逸らした!


「な、なにぃ!!」

「無駄な足掻きですよ」


 スゥーッと冷えた瞳で冷たい言葉が吐かれる。

 驚愕する最後の一人は、回転するボールに胴体を当てられると力なく倒れた。


「わ、わぁ〜〜……!」


 すごい、シエルってば…一人で全員全滅させてしまった。

 敵チームなのに、感嘆の息を漏らさずにはいられない…。

 拍手を送りたい気持ちをぐっと堪えて、私はすぐさまシエルの元へと駆け寄った。


「す、すごいよシエル!めちゃくちゃかっこよかったよ!」

「ふふ、惚れちゃいましたか?」


 さっきの冷たい表情とは打って変わって、シエルは優しく微笑みながら私の頬に触れた。


「もちろん惚れちゃうくらいカッコよかったよ!」

「そ、そうですか…頑張った甲斐がありました」


 素直に感想を返すと、シエルの頬は真っ赤に染まる。

 あはは、私を照れさせようとして照れてる!かわいいなぁ♡


「さて、勝負に勝ったので教えてください。また勝負とか言い訳して逃げようとするのはナシですからね」

「う…うん、わかってるよぉ」


 表情が変わって、シエルはぴしゃりと言った。

 私は視線を泳がせて苦笑を浮かべて、指を弄る…。

 さっきの試合が始まる前に、私はシエルに昨夜の出来事について詰められていた。


 でも、本当のことを言えばシエルはメアリーに何をしでかすか分からない。

 もしかしたら排除なんてするかも!と考えた私は言い訳を考えようとして先に、賭けを提案した。


『ドッジボールに勝ったら全部教えるよ!』


 ちょうど、私達は対立するチームだった。

 私は強力な運動部の子達に囲まれていたし、弱い人達で固められたシエルチームを倒せると踏んだのだ…。

 でも、実際はたった一人のシエルにボッコボコのメッタメタ!!


 あの身体が自慢な運動部達が絶望するくらいの実力差を見せて…勝利したシエルは、こうして私に詰め寄っているってわけ。


「わかったから、とりあえず距離詰めるのやめてよシエル〜…」

「だめです、どうせ逃げ出そうなんて考えているのでしょ?なら…逃げ出さないようにこうして密着していた方が……」


 逃げられないでしょう?

 瞳を細くして、ゆっくりと笑う…。


 一瞬、怖くなって悲鳴が漏れかけた。

 蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちだったんだなって思ったけど、そもそも逃げないよ!?約束したんだし、ていうか私に抱きつきたいだけだよね!?


「わ、私汗臭いから汚いんだけど!?」

「いいじゃないですか…いつも汗だくになって抱き合ってるんだから」

「そ、そうだけどさぁ!!!」


 じっとりと滲む体操服にシエルの白くて柔らか肌がくっついてくる…!

 仄かにいい匂いがただよってきて、私の臭いを相殺する勢いだ…!って別に臭くないんだけどね!!?


「ではユウ、早速教えてください…昨夜、何があったんですか?」

「そ、それは…っ!」


 腰に手を当てられて、ぴくりと身体が跳ねながら…私はシエルの耳に囁くようにして昨夜の出来事を話した。


◇◇◇◇


「はっ、はぁ…ふう、はぁ!はぁ…」


 試合が終わって、別のチーム達と入れ替わっている様子を…荒い息遣いで私は眺めていた。

 けど、別にドッジボールそのものに興味はなく…私の興味は試合が終わった後にひそひそと話し合う二人の姿だった。


 なに、話し合ってんのよ…。


 怒りと殺意を抱きながら、遠目で睨む。

 荒い息遣いはそのままで、私の右手は下の方へと伸びていた。


 もう、我慢ができなかった。


 自慢する知性も、人間の理性も今この瞬間消え失せそうなくらいか細くて、私は今すぐにでも快楽に溺れたかった。

 

 ずくずくとと思考が滲む。

 じくじくと体が疼く。

 しんしんと切なくなる。


「ぁ…」


 伸ばした手が、蕩けたつぼみに触れた。

 この状況を呪っているのにも関わらず、私の身体はどろどろに溶けていた。


 生温くて湿った、ねっとりとした感触に嫌悪感と得も言われぬ満足感を覚えながら…小さく息を吐いて。

 脳をチカチカと瞬かせて、自分を慰めることに耽った。


「はぁ、はぁ…んっ…はっ、はぁ!」


 ほおがあつい…。

 いぬみたいにいきをして、みっともない。

 けど、きもちいい…でも、たりない。


 自分でやるのに抵抗はあったけど、はじめたらもうとまらなかった。

 つたない指遣いで、きもちいいところをさぐる。


 遠目で笹木ユウ達をながめながら…私はきもちいいところを探して押したり、いじったり。

 きもちよくなると、脳のおくがキラキラチカチカと瞬いて…品のない声があふれでた。


「お、おぉ〜…♡」


 そのままいじりつづける。

 自分で自分をいじめて、きもちよくなって…自己嫌悪に苛まれながら、確かな怒りを含んで。


 笹木ユウ!

 笹木ユウ…!

 笹木ユウ……!


 わたしは…。


「イッ…!」


 波が大きくなった。

 私は身体をのけぞらせて反応すると、そのままぺたりと果てた。


 きもちよかった…。


 そう、きもちよかった。

 ふわふわとした気持ちに解放されて、理性を取り戻した私は余韻に浸りながら感想を呟く。


 けど、きもちよかっただけ…。


 笹木ユウに襲われた時の方が、もっと…。


「って、何考えてんのよ…!」


 笹木ユウにいじめられた記憶を思い出して、被りを振って頭の奥から追い出す。

 でも、一度考え始めると…止まらなかった。


 も、もしもまた襲われたら…もっと気持ち良くなれるんじゃないか?


 そんな私らしくもない考えが脳裏に浮かんでは、ぐるぐると巻き付いて離れない。

 それに、お腹の奥がきゅんきゅんと切なくなって堪らなかった。


 身体が、イヤなくらい求めてる…。


「は、はあ…はぁ!」


 こんなこと、考えちゃだめなのに。

 だめなのに!!


 一度知った気持ちよさに…私は屈服しそうになる。

 顔を羞恥に赤く染めて、疼く身体を抑えながら……私は、私は!


(おまけ)登場人物を雑に紹介するやつ


ユウ

女好き浮気性悪魔。

刃傷沙汰になってないだけまだマシ。

主人公らしくハプニングに巻き込まれがちだし、何故か現地妻を作ってくるクズ女。本人はおバカで自覚無しなのがひどい。

本人は至って普通の女子、怖いものは怖いし秀でた才能があるわけでもないけど、大切な人の為なら何だってしてしまう女の子。


がんばれユウ、どうかみんなが笑顔になるように導いてあげてくれ。


ハナ

最近影が薄いけど、メインヒロイン。

元々ヤンデレ属性が付いてたはずなのに、正妻の余裕なのか薄らいできてる…。

ユウにヒロインの中で誰が好き?って聞いたら確実にハナって答えるくらいには好かれてる。なんだかんだでバカップルな二人。


チカ

陽キャ。一時期キャラが分からなくなってた。吸血鬼になったせいで登場できる時間が限られてしまった可哀想なヒロイン。いつか出番増やします。


ルシエル

登場頻度が高いし、設定の説明に便利で大助かりなヒロイン。実はユウと同じくらい性欲がすごく強い。

一緒に戦った仲というのもあって、ハナの次に仲が良かったりする。

初期の一人称が『天使』だったのは、堅物で仕事人って感じの印象を表現したくて書いてたもの。自分を個体名で言ってるの機械っぽくていいかなって…やめた理由は単純に書くのだるかったから。

でも、ユウと関わった事で機械から恋する乙女に変わったと思えば…それはロマンチックな話ではないのでしょうか……。


メアリー

追放された魔女っ子、メスガキ気質で人を見下したりする性悪。

調子に乗ってたから、今は夢遊状態のユウに調教されて全身性感帯オホ声魔女になってる。自業自得だよ。


あと授業中にひとりえっちするのやめようね……。


お姉さん

最近出番が全くない人。

多分、今頃AVとか見てるんだと思う。無類の女好きでしょっちゅう手を出してる。

今のお話が終わったら次はサキュバスについて触れるお話を書こうと思ってるので、出番あるかも。

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私、サキュバスになんてなりませんから! @rin126

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