第677話 龍のヘイト
「アーミラ、秋将軍のヘイトよろしく! ハンナはそのまま押せ! 夏将軍から始末する!」
努は進化ジョブを解放しタンクに近いステータスに変化したアーミラに指示を出し、蘇生の準備を始める。そんな努の指示にエイミーは意外そうに秋将軍:穫を見やった後、思いついたように振り返る。
「ツトム! アーミラ助けてからちょっと試したいことある! わたしも見てて!」
「レイズ、バリア」
そう進言してきたエイミーに努は片手でOKサインを送り、お団子レイズを作成するために空へ撃ち上げた流星をバリアで囲って地に落とす。一発勝負なので多少のプレッシャーはあったが努は成功させ、障壁の中で螺旋を描くそれを紐で縛って背中にかける。
(何故あれを初めからやらないのか。変に気負って死ぬよりはマシだけどさ)
最悪ハンナがまたやらかす可能性があったので努は少し様子を見ていたが、彼女は夏将軍:烈の爆発を魔流の拳の防塵膜で相殺し槍も見切って避けていた。避けタンクとして素晴らしい立ち回りであるが、舐めプダンスで差し引き赤点である。
そして先ほど進言していたエイミーはアーミラを狙う秋将軍:穫の横合いから飛びつき、ブーストを使い瞬時に切り結んだ。それで怯んだ秋将軍:穫が虫でも払うように薙刀を振るった間にアーミラはマジックバッグから大剣を取り出す。
「ヘビーレギオン」
アーミラは自身の身体を隠せるほど幅のある古びた大剣を地に差しスキルを唱えた。するとその大剣は黄土色の気に包まれて砦と化し、周辺のダメージ二割カットの役割を担う。
そして彼女は砦化した物とは別に細身の大剣をマジックバッグから引き出したが、その動作は普段よりも鈍重である。地面に差して砦化した武器の方に大剣士の武器補正が使われているため、彼女は80キロ近いそれをステータスにより強化された身体だけで扱っていた。
対する秋将軍:穫は鎧を着ていないからか他の将軍よりも機敏に薙刀を扱う。その攻撃をアーミラは大剣を盾にしつつ、クリティカル判定だけはもらわないよう腕や足などで受けていた、
進化ジョブによるステータス変化に加えて彼女にはLUKとDEX《器用さ》以外のステータスが全て上がる龍化があるため、その頑丈さは大剣士の中でも一つ抜けている。それにヘビーレギオンによるダメージ二割カットもあるため非常にしぶとい。
「コンバットクライ。カールブレイク」
三メートルを超えた巨体で乱舞するように薙刀を振っている秋将軍:穫であるが、アーミラはスキル動作による強制力も活かして大剣を上手く盾にしていく。鈍重に見せてスキル動作によるカウンターを狙う槌士クロアのような立ち回りを彼女も見せていた。
すると秋将軍:穫はその舞うような動きを止めて薙刀を神にでも納めるように両手の平に乗せ、静かにお辞儀した。瞬間、その身が音もなく掻き消える。
「……がっ!?」
「ヒール」
何の気配も無くなり警戒するように周囲を見回していたアーミラの背後から、首を狙った致命の一撃。警戒していたことで何とか身を引き首を斬り飛ばされずに済んだものの、クリティカル判定を貰った彼女はおびただしい血を流す。
彼女の視点からすればわけもわからず背後から首を斬られたようにしか思えなかったが、努から見ればその謎は一目瞭然だった。その薙刀は地面から飛び出し、すぐに引っ込んでいった。
「アーミラ! フライで距離を離せ! 地面に潜って奇襲してきてるぞ!」
「そういうことかよクソったれが!」
既に傷が塞がっていた首に手を当てながらアーミラが飛ぶと、そこを狙うように薙刀が投擲された。全長よりも長いそれを彼女は腕を交差して防ぎ無理やり受け流し、痛みを抑えるように歯を食いしばる。
すると水面から顔でも出すように地面から虚無僧のような頭を出した秋将軍:穫は、そのままぬるりと這い出て落ちてきた薙刀を片手で掴んで受け止めた。
そんな中エイミーは夏将軍:烈の爆発に自ら手を突っ込んで当たりに行き、その左腕を焦がしていた。そして努にアピールするように手を振ってヒールにより治される。それを彼女は数度行い、努はその結果に訳知り顔で頷いた。
「レイズ」
そしてアーミラが秋将軍:穫のヘイトを取れていることを確認した努は、あの爆破の中でも無事だった鎧を集めたところでガルムを蘇生させた。地面に寝かされた状態で蘇生された彼はすぐに起き上がり傍にあった鎧を装備し始める。
「すまない」
「あの不意打ちはしょうがない。それに複数形の階層主ならヘイト管理が楽でいい」
ガルムは夏将軍:烈のヘイトをそこまで稼いではいなかったので、蘇生した努の受け持つヘイトはさしたるものではない。それに受け持つモンスターの攻撃をある程度受けることでヘイト減衰もするのが受けタンクの強みでもある。
「夏将軍の爆発は恐らくVIT無視だから、まともに食らうのは避けたい。ただ、あれは基本的にハンナの領分かな。VIT無視の一定ダメージだからこそ避けタンクからすればむしろぬるい攻撃になる」
現にその爆発の特性について既に見切りをつけていたエイミーは、それを過剰に怖がることなく夏将軍:烈に近接戦を仕掛けていた。あくまでVIT無視の一定ダメージであろうそれは、顔面に直撃でもしない限り死ぬことはない。
「ただ夏将軍に三秒近く槍を当てられての爆発は誰でも即死かな。ガルムの体力的にはまだ余裕あったはずだし」
「三秒か。それがわかればどうにかなりそうだな」
「秒数ごとに威力が強化されるっぽいね。ガルムがあれだけ削られてたのも近接戦で一秒二秒槍で触れられてたからっぽい」
ガルムのHPは鑑定で見た限り六割近くあったはずだが、それでもあの爆発で彼は即死した。恐らく三秒が即死、二秒で大ダメージ、一秒で中ダメージといったところか。槍を振り回しての誘爆は見た目こそ同じだが大したダメージは負わない。
その情報を基にガルムは夏将軍:烈の動きを改めて観察し最適化の糧にしていく。その途中でふと彼は鎧の着付けを手伝いながらヒールをかけてくれていた努に振り返る。
「……ハンナには教えないのか? まだ魔流の拳で防いでいるようだが」
「押す、引くしか理解できる脳がないからね。まぁ理想を言うなら当たっていい爆発は無視して魔力節約しつつヘイト減衰もしてほしいけど、それで変に受けて死なれる確率の方が高そう」
「それもそうか」
辛辣な物言いをする努とそう言われるのも仕方のないハンナ両方に対して少々呆れたように呟いたガルムは、最後に手甲を付けて馴染ませるように指を伸ばしてから握る。
「私は秋将軍か?」
「よろしく。ただ検証も兼ねて何があっても夏将軍から仕留めるから、それは頭に入れておいて」
「了解」
返事をしたガルムは駆け出して赤い闘気を放ち、盾を前に出しての体当たりで秋将軍:穫を怯ませた。夏将軍:烈もエイミーが本格的に削り始めたことで動きに陰りが見え始めた。
すると秋将軍:穫が薙刀を大振りして後ろに飛び上がって距離を離し、何度か飛び跳ねて建造物の屋根まで下がった。そして華麗に薙刀を回して舞踊を披露した後、夏将軍:烈にその切っ先を向ける。
「ぎゃぁーー!! ぜったい回復してるっすーーー!!」
「それでも師匠はこっちからがご所望だよ! いいから集中!」
その舞踏で夏将軍:烈の身体から緑の気が溢れ出し、その動きは初めて相対した時のように戻り始めた。その現象を前にハンナは泣き言を漏らし、エイミーは彼女のヘイトが秋将軍:穫に向かないよう意識を戻させた。
「……あぁ?」
だが秋将軍:穫に最もヘイトを向けていたのはアーミラだった。今となっては完全に制御できているとはいえ、龍化は戦闘本能をより際立たせる。苛立ちを込めて大剣をぶん投げた彼女はスキルにより砦化した巨大剣を抜いた。
「アーミラ! 夏から夏から! 神龍化切ってもいいから夏から!」
「だそうだ。あれは私に任せろ」
舞踏を終えて再びお辞儀して姿を消した秋将軍:穫を見たガルムはアーミラの腕を掴みフライで飛ぶよう促した。それに彼女は舌打ちして腕を払い上空に退避する。
「普通に考えりゃヒーラーから殺るだろ」
「回復させる間もなく殺せば済む話だ。不可能か?」
「……不可能じゃねぇなぁ? おら!!」
発破をかけるような物言いをしてきたガルムの尻尾をぺちんと叩いたアーミラは、ヘビーレギオンによって威力が溜められた大剣を引っ提げて夏将軍:烈へと方向転換した。ガルムは見送るように尻尾をひらひらさせ、下から投擲された薙刀を盾で受け流した。
「リベンジィ!! スラッシュ!!」
アーミラが一撃をかますのを見越したエイミーが夏将軍:烈に爆発を食らうのも構わず突っ込んで槍を止めている間に、アーミラは一定時間受けたダメージを乗せる進化ジョブのスキルを唱えた。
そして全身全霊でヘビーレギオンにより重量と威力を増した大剣を持ち上げ、不格好に自身の身体をも浮かせて叩きつけた。
大剣士の武器補正があってもそのような有様になった重量のある大剣での一撃で、夏将軍:烈の右肩から腕が押し潰されるように斬り落とされた。血の代わりか光の粘液が滴り落ち、くぐもった獣のような声が鎧仮面から漏れる。
その間にアーミラはマジックバッグを風呂敷のように広げ、そこに手を突っ込んで告げる。
「神龍化」
その右手に龍手を顕在化させて巨大剣を引き出した彼女は進化ジョブを解除し、そのまま上段に掲げて夏将軍:烈を押し潰さんとする。
すると夏将軍:烈は残った左手で黒槍を掲げ、その周囲に思わず目を細めてしまうほどの煌めきを集積し始めた。危機を察知したエイミーはハンナの首根っこを掴んで離脱し、努は二人を迎えてからバリアを展開する。
「パワースラッシュ!!」
『――――』
神龍の手により押し潰すように振られた巨大剣を、夏将軍:烈は凝縮させた爆発で受け止めた。その二つがかち合うと周囲の空気が吸い込まれたと同時、上空に届かんばかりの爆発を引き起こした。
その爆発は巨大剣に割かれ二方向に分かれているが、依然としてその勢いは止まらない。龍の右手にぶら下がるようにアーミラの身体がたなびき、夏将軍:烈の持つ黒槍にヒビが入る。
みーんみんみんみん。
夏将軍:烈が力尽きたのを告げたのは
龍化によって多少の炎熱耐性のあるアーミラは重症の火傷こそ負ったが死には至らず、爆発の余波をバリアで防いでいた努からすぐに応急措置のヒールを受けた。
「むっ」
そしてガルムが対峙していた秋将軍:穫の左脇腹から枯れ木のような手が飛び出し、誘うように揺らめく。ただ夏将軍:烈の持つ黒槍はアーミラの巨大剣により破壊されているせいか、その手に武器が握られることはなかった。
「エイミー、秋将軍の援護。ハンナは魔力練り直し」
そう指示を出した努は全身火傷状態のアーミラにフライで飛んで近寄り、だらんとしている右腕の骨折箇所を確認しながらヒールで癒した。乾き切った息を吐き顔の左側が焼き爛れていた状態だった彼女の息が落ち着いていき、母親譲りの端正な顔に戻っていく。
そして元気な息を吹き返して身を起こした彼女は、自身の右手を不思議そうに見定めた後に努と目を合わせた。
「……クソすっきりはしたけどよ、神龍化切って良かったのか?」
「残念ながら長丁場になりそうだからね。龍化解除して備えときな」
「マジかよ」
そんな努の不穏な言葉にアーミラはうんざりしたような顔をしたが、その声は何処か弾んでいた。それでこそ180階層主だと言わんばかりである。
先ほど聞こえた蝉の鳴き声である程度検討はついていた努は、そんな彼女に苦笑いしながら秋将軍:穫を見据える。
夏将軍:烈を吸収した様子ではあるが、春将軍と同様に三本目の手を何処か持て余している節が見られる。それに今回は武器を受け継がなかったので夏将軍の爆発を起こすことも出来ない様子で、尚且つ三本目の腕が邪魔なのか地面に溶け込むこともしなくなった。
そんな秋将軍:穫はエイミーに首元へ飛びつかれてそのままねじ切るように双剣を差し込まれ、首を抑えるも光の体液が止まらず溺れるように死んでいった。
すると特段低い鐘のような音が周囲に鳴り響き、壊れていた建造物による木片や瓦が浮かび上がった。それらは逆再生でもされるように建造物へと戻っていき、180階層に足を踏み入れた時と同じように巻き戻った。
三時を過ぎ夕方に差し掛かろうとしていた日も戻っていき、当初に見た鳥居の真ん中にすっぽりと収まった。そしてふと通りを見れば見覚えのある将軍が座して待っていた。
「第二ラウンドで終わりにしたいところだね」
そんな努の呟きと共に再び相まみえた冬将軍:式はゆっくりと立ち上がり、その刀を親指でゆっくりと押して刀身を閃かせた。
次の更新予定
ライブダンジョン! dy冷凍 @dyreitou
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