おまけ!

第30話 おまけ!

 進路調査とか、そういうのがいっぱいで桜の散り様を見る暇もなかった。


 三年生っていう実感は全然なくって、ただ、卒業のときがだんだん近づいてきてるなっていう寂しさと、頑張るぞっていう意気込みだけが道ばたに生えるつくしみたいににょきにょきと背を伸ばす。


 とりあえず志望先の大学だけ先生に告げて進路相談室を出る。


 クラス替えをしたばかりの新しい教室に入ると、うっかり二年生のときの自分の席に着いちゃいそうになる。


 時計を見るとお昼休みが終わるまであと三十分を切っていた。先生も呼び出すなら放課後にしてくれたらいいのに!


 とほほ、とカバンからお弁当箱を出して蓋を開ける。中には卵焼きが三つ。隣には雲の王国みたいな、まあ言っちゃえば白米がビッシリと詰まっていた。


「あれ、豊崎とよさきさん今からご飯?」


 あたしが手を合わせてたのと同時、クラスの子が話しかけてくる。


 その子はじーっとあたしのお弁当を見て、カラッとした表情で笑った。


「お腹いっぱいになりそうだね」

「あはは、そうなんだ」


 運動部でもないのに、これだけの量の白米を入れるお母さんには参っちゃうけど、それも優しさなんだと知るとちょっとだけ背筋が伸びる。


 最初は恥ずかしくてお弁当を隠しながら食べていたんだけど、いいお母さんだねって言ってくれた人がいたから、あたしもちょっと自信を持てるようになった。全然、恥ずかしいことなんかじゃないんだ。


 その子が隣の席から椅子を拝借してあたしの向かいに座ると、もう一人、この人ともまた新しいクラスになって仲良くなったんだけど、その子も椅子を持ってあたしの隣に座った。


 お弁当を食べているところをじっと観察される。待たせちゃってるのかなどうしようなんて思いながらいそいそと食べる。


 今までお昼は一人で過ごすことが多かったから、こうして人に囲まれて昼食をとるのは緊張するけど、どこか充実しているあたしがいた。


「あ、あれって」


 あたしの正面に座った子が、廊下を指さす。


近江このえさんとみなとさんじゃない?」

「本当だ、このあと体育なのに、制服のままどこ行くんだろう」


 二人が首を伸ばして、近江ちゃんと湊ちゃんを見る。


 あたしも例に漏れず、その二人の背中をジッと見つめた。


「あの二人いっつも一緒にいるよね、幼なじみなんだっけ?」

「そ、そうだよ」

「あ、そっか。豊崎さんは去年同じクラスだったんだっけ」

「う、うん」


 白米をもそもそと頬張りながら相槌を打つ。


「あの二人さ、いつだっけ? 去年の冬くらいから名前で呼び合うようになったよね」

「え? 元々名前で呼び合ってなかった?」

「うーん? 一年とか、二年のはじめくらいは名字で呼び合ってたと思うんだけど、そうだよね? 豊崎さん」


 ギクッ! と話を振られて体が飛び跳ねそうになる。


「そ、そうだね。名前呼びになったのは、去年の冬あたりから」

「だよね。なんで急に名前呼びになったんだろう。幼なじみならなおさら、名前呼びに変えるの恥ずかしくない?」


 その子の言い分も大いに、わかる。


 わかるよ。でも。


 去年の冬、近江ちゃんと湊ちゃんが一緒に学校を休んだ翌日の朝のことだ。


『ほら、那兎なとが先に先生に謝りにいってよ』

『やだ、乃絵のえが先』


 なんて言い合っているところをあたしは目撃してしまったのだ。


 あれはびっくりした。驚いた。本当に!


 ウワーーってなって、あたしはつい逃げ出しちゃったけど、あれは。やっぱり、あれって、そうだよね!? 


 と、誰に向けてかわからない同意を求める。


 お弁当を食べ終わったあたしは急いで体操着に着替える。待っていてくれた二人と一緒に体育館を目指す。二人は落ち着いたたたずまいで歩いていたけど、あたしは思い出せば思い出すほど浮き足だってしまって、いそいそと早足になってしまっていた。


 廊下の角を曲がったあたりで、階段の踊り場に人影が見えた。


 近江ちゃんと、湊ちゃんだ。


 さっきは廊下を渡っているところを見たけど、どうやらここを目指していたみたいだ。旧校舎側の階段は人通りが少なくて、あんまり用があるとは思えないけど。


 なんて思っていたら。


 こう、手をぎゅっと握り合って。いやもうそれは握るというか、繋ぐというか、指と指が絡まって、うわ、わ!


 湊ちゃんは照れたように俯いて、そんな湊ちゃんの頬に近江ちゃんが手のひらを添えて、目を瞑って、顔を寄せ合って――!


 あたしは全力で逆走して二人のところへと戻った。


「あ、あっちから行かない!? こっちはだ、だめ!」

「え、どうしたの豊崎さん。急に。というかちょっと怖いんだけど!?」

「いいから! ね!? あたしあっちの階段から行きたい! 風水的な!」

「学校に風水とかあるの?」


 なんてしのごの言いながら二人の背中を押す。


 二人も困ったように笑いながらだけど、あたしに押されてくれている。


 二人ともありがとう! でもほんとにこっちはダメなの!


 今ごろあちらでなにが起きているのか、想像すればするほど、機関車が煙りをあげるようにあたしの足もシュポシュポと早くなる。


 これも風紀委員の仕事だから!


 そう言い聞かせながら、あたしは一体、誰の風紀を守ってるんだろう! と自分の仕事に疑心暗鬼になる。


 そもそも風紀ってなに!?


 風紀ってもしかして、そういう――。


 わああ。


 考えてもしょうがない。とにかく二人の邪魔をするわけにはいかない。


「幼なじみかぁ、わたしも欲しかったなあ」


 一人が、そんなことをぼやく。


 さっき近江ちゃんと湊ちゃんの話をしたから、それに触発されたのかもしれない。


 幼なじみ、幼なじみ?


 幼なじみはたしかに素敵なものかもしれない。


 でも、近江ちゃんと湊ちゃんは、もう、幼なじみというよりは。


「ひい!」

「うわ! どうしたの豊崎さん、急に悲鳴あげて。顔真っ赤だけど」


 だってだって! あれはもう、ねえ!? もはや、ねえ!?


「とととっとととにかく体育、が、っととと行ここここここ!」

「めちゃくちゃ噛んでる!」

「語尾を噛むことってある?」


 二人の笑ってる声を頭上に受けながら、体育館を目指す。


 うわー、うわー。


 正解とか、間違いとか、そういう難しいことを考えるのは得意じゃないんだけど。


 去年、近江ちゃんに百合小説を貸したのは間違いだったのかな。


 うーん・・・・・・!


 正解、なのかなぁ!?


 とりあえずあたしに出来ることは、風紀を守ることだけ!


 うん! それだけ!

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雨宿りのフリをした 野水はた @hata_hata

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