エピローグ

 初冬にしては暖かいある日の事。

 龍造はいつものように亡き妻の仏前に線香をあげていた。

 

 若くして亡くなった妻・穂崎凪ほさき・なぎは、当然ながら今日も額縁の中で当時のままうっすらと微笑んでいる。

 

「ったく、こっちは歳取ってよぼよぼの爺さんになっちまったのに、お前はいつまでも若い頃のまんまでいいのぉ」


 いつものように愚痴から始める龍造。

 それは子供の頃から変わらなかった。

 

 

 

『おう、凪、今日も遊びに来てやったぜ』

『わぁ、龍っちゃん、ありがとう』

『それにしても凪はいいよなぁ、学校にも行かなくていいから宿題もないし、朝も遅くまで寝ていても怒られないし、父ちゃんや母ちゃんからちやほやされてさぁ。俺なんて見ろ、今日も父ちゃんにゲンコツもらってたんこぶが出来たんだぜ?』

 

 生まれつき身体が弱く、学校はおろか外に遊びにも行けなかった凪にとって、龍造の言葉はあまりに配慮が欠けているように聞こえるかもしれない。

 

『えへへ、いいでしょー』


 でも凪は逆に嬉しかった。

 幼い頃から周りにかわいそうと言われてきた凪を、龍造は羨ましいと言ってくれる。

 それは自分の不幸を恨めしく思う心を少しだけ軽やかにしてくれた。




「なぁ、凪。今日、渚の奴がな、子供を連れてくるんじゃわ」

 

 仏前の前で日本酒をやりながら、龍造は遺影に話しかける。


「これでまた穂崎家の未来はしばらく安泰ってことじゃのぉ」


 まだ昼前だ、とっておきのは夜に残してある。

 だから今吞んでいるのは安い酒。

 だが、何故か妙に沁みる。

 

「本当に……本当にありがとうなぁ、凪」


 

 

 龍造と凪が祝言をあげたのは、お互いが18歳になったばかりの頃。

 周囲には猛反対された。

 病弱な凪では子宝に恵まれないから、と。

 それでも龍造は無理を押し通して凪と一緒になった。

 

 正直、穂先の家がどうなるかなんて龍造にはどうでもよかった。

 ただ凪の幸せだけを龍造は考えていた。

 

 だけど祝言の日の夜、凪はそんな龍造に嘆願したのだ。

 

『どうしても龍っちゃんと一緒に生きた証が欲しいの。取り返しがつかないことになる前に』


 そうして静が生まれた。

 そして静が生まれて一時間後、凪は生まれたばかりの我が子を抱きしめながら天に召されたのだった。


 


「あの時、凪がそう言ってくれなかったら今の未来はなかったんじゃろうなぁ」


 勿論、何度も後悔はした。

 もしあんな無茶をしなければ、凪はもう少しは長生きできていたはずだ。

 若い頃はそう考えると胸が張り裂けそうになることもあった。


 それに子育てはなかなか思うようにいかなくて大変だった。

 特に静はその優れた容姿から「将来、女の子になってしまわないように」と武芸を身に付けさせたのに、あっというまに女の子になってしまった。

 だから渚にはより一層厳しく育てたのに、こちらも女体化直前まで行ってしまう始末。


 ふたりには凪一筋だったワシを見習えといいたいところだ。

  

「なぁ、凪。お前もそう思うじゃろう?」


 そんな問いかけに遺影の中で微笑む凪が楽しそうに目を細めたような気がしたのは、果たして安酒が回ってきたからか、それとも玄関先から聞き慣れた孫の声――そしてまだ見ぬひ孫の元気な鳴き声が聞こえてきたからだろうか。

  

「ほぉ、静や渚の時と違って元気な男の子らしい鳴き声じゃ。こりゃあ今度こそ余計な心配はしなくてもいいのかもしれんなぁ」


 どっこいしょと龍造は立ち上がり、立ち去り際に凪の遺影に振り返る。

 

「凪、あっちに行ったら孫たちのことをいっぱい話してやるぞ。だからもう少しだけ待っといておくれ」


 もっとも最初はいつもの愚痴からだけどなと含み笑いを浮かべながら、龍造は年齢に見合わぬ力強さで廊下を走りだす。


「でかしたぞぉぉぉぉぉ、渚ぁぁぁ!!」


 そんな大声が屋敷中に響いたのは、すぐ後のことだった。

 

 

 完

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僕たちは恋人を寝取られたくない!~次に寝取られたら女の子になっちゃう呪いにかかった彼氏と、そんな彼氏が実は美女を引き付ける異能持ちだと知って頭を抱える彼女の物語~ タカテン @takaten

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