第85話:やりましたね、先輩っ!

 晒は強く、強く巻かれていた。

 だからすぐには下ろせなくて、じりっ、じりって感じでずり降ろしていく。

 その度に渚の胸についた肉がむにゅっとはみ出してきて、周囲はなんとも異様な――端的に言えばエロい空気になった。

 

「やめて……」


 勿論、渚は必死に抵抗しようとする。

 が、先に引きちぎられて降ろされたシャツが邪魔で両手の自由が効かず、精々身体を悶えさせるばかり。

 

「やめ……」


 それでも結衣は決してその手を緩めず、むしろなかなか全貌が出てこないことに若干苛立ちながらさらに渾身の力で引っ張る。

 そしてついに!

 

 ばいんっ!

 

 そんな効果音が聞こえるような勢いで渚の巨乳が飛び出てきた。


「ひ――」

 

 渚が引き攣った声をあげた。

 しかし、その悲鳴が会場に鳴り響くことはなかった。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 代わりに轟いたのは宗光の悲痛な叫び声だ。

 

「う、嘘だッ! 私の渚がそんな下品な胸になるわけがないッ!」


 頭を抱えこもうとする宗光。


「誰がパパの渚だっ! それよりこれでもパパは先輩を愛することができますか!?」


 その宗光の前へ結衣が胸をさらけ出した渚を突き出した。


「あああ……あの薄い胸板が良かったのに……」


 宗光が声をわななかせ、信じられないと何度も首を振る。

 その瞳は失望に色塗られていた。

 

「私の時もあんなだったわね……」


 静がぽつりと呟く。

 渚ほどではないし、直に見せたりはしなかったが、服の上からでも分かる膨らんだ胸を見た宗光は狼狽え、そしてがっかりと首を垂れた。

 その様子に静は宗光の本当の性的嗜好を悟ったのだ。

 

「ところで宗光が巨乳嫌いなのを知っていたの、結衣ちゃん?」

「いえ。でも男の娘が好きってことはきっと貧乳好きなんだろうなって」


 それに写真で見る限り、結衣が幼い頃に死んでしまった母親もまっ平だった。

 ならばきっとそう言う人が好きなんだろうなって計算してでの行動だった。

 

「さすがね。で、宗光、どうするの? これでも渚を女の子にしたい?」

「ううっ……私は……私はっ!」


 苦悩する宗光。

 

「先に言っておくけど、渚が女の子になっても誰も得はしないけど、結衣ちゃんのお婿さんになったら話は違ってくるわよ?」。


 その宗光に静は悪魔の提案をする。


「例えばお義父さんになった宗光がお願いしたら、たまには渚も女装ぐらいしてくれるんじゃない?」

 

 かっと目を見開く宗光、ぎょっとして静へ振り向く渚、そして「あ、それはいいですね」とにんまりする結衣。

 

「それは本当か、渚!?」

「いや、本当かと言われても……」

「それぐらいしてあげてもいいじゃないのよ、渚」

「そうですよ! それで先輩は女の子にならなくて済むんですよ!」


 だからと言って男の娘になれ、とか。

 しかも彼女の父親を満足させるために?

 そんなの絶対おかしいよ! 


 とは思うものの、渚に選択の余地はない。

 しばし視線をあちらこちらに飛ばしながら、渚は諦めてこっくりと頷いた。

 

「分かった。ふたりのことを認めよう」

「え!? 本当に!?」

「二言はない」


 渚としては「自分の女装なんかで結婚を許してくれるなんてマジ?」って意味での驚きだったが、宗光は結婚を許可する発言そのものへの真偽を疑われたと思ったらしく真顔で答えてみせた。

 

 あまりにも呆気なく、馬鹿馬鹿しい結末だった。


「やった! やりましたね、先輩っ!」


 それでもついに勝ち取った勝利に、結衣が喜び勇んで抱きついてくる。

 

「う、うん!」

「パパが想像以上に頑固だったので一時はどうなるかと思いましたが、こんなことならとっとと先輩のおっぱいを見せればよかったです!」 

「いや、でもあれは酷いよ。こんな大勢の前で……あ」

「先輩、身体が!」


 その時になってふたりは渚の胸が元に戻っていることに気が付いた。

 髪は長いままだが、腰回りなんかからも女性らしさが消え失せている。


 よかった、なんとか女の子にならずに済んだ。

 心の底からほっとする渚。

 まだはだけたままの上半身に、宗光がなんか熱い眼差しを向けて来るが今は無視することにしよう。

 

「はぁ、ホント良かった。なんか安心してきたら一気に気が抜けてきました」


 抱きつきながら結衣が耳元でそんなことを言ってくる。

 

「お互い緊張してたもんね。無理もな……」


 今一度ぎゅっと抱きしめようとした渚。

 しかし、次の瞬間、ぎょっとした。

 見れ結衣の顔が真っ青だったのだ。

 身体もにわかに震え始めてきている。

 それまで抱えていた緊張が一気に体に来たのだろうか。

 いや、それにしては……。

 

「す、すみません、先輩。ちょっとお手洗いに行ってきます!」


 そんな心配していたら、結衣が突然身体を離して駆け出していく。

 なんだ、ただトイレを我慢していただけ――。

 

「ううん、あれは違うわね」


 と、傍で静がにやにやしながら渚を意味ありげに見つめてくる。

 その意図をしばし汲み取れなかったものの、やがてそのことに気が付いた渚は慌てて結衣の後を追いかけていくのだった。

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