エピローグ
〖色音side〗
私は白い雲の中に居た。
そっか。天の国に戻ってきたってことなのかな。
無事役目を果たせたと言う思いと、寂しい気持ち。
でも、二尋さんが前を向けたから。良かった……
「無事卒業おめでとうございます!」
天の声がした。
「あなたは天使の修行を見事クリアしました。そんなあなたには新たなルートが開かれました」
「新たなルート?」
「このまま天使になるか。それとも元の魂生ルートに戻って転生するかを選べます。どうしますか?」
「転生!」
私は驚いて思わず叫んでしまった。だって、もう私には天使になる道しかないと思っていたから。
「え、それは本当なんですか?」
「はい。これはクリアできた方だけに開かれるボーナスルートです」
まるでゲームの世界みたい。
私は思わず声をあげて笑ってしまった。
目の前の敵が大きすぎて、どうしていいかわからなくて、がむしゃらに戦っていたらひょっこり弱点が見えてきた。そんな感覚。
「それって人間にもなれるんですか?」
「もちろんです」
「そうなんですか……ああ、でも、今から生まれても年が離れていますね。恋に発展するかは微妙だな~。二尋さん、ロリ好きとか変な目で見られても可哀そうだし」
私は一人で妄想して吹き出す。
「転移ってルートは無いんですよね」
「残念ながらそれは無いですね」
「そっか」
「動物や昆虫、アメーバとか植物と言うコースもあります。この場合は転生サイクルが人間よりも早くなることも遅くなることもありますね」
うーん。二尋さんはこれからお店を持つはず。そうなると、動物を飼うのは難しいだろうな。でも、それよりも私が気になるのは―――
「天使になったら、もう二度と人間界には行かれないんですか?」
「人間界へ行って、なるべくたくさんの人に素敵な出会いを提供すること。それが天使の役目です。人間界へ出かけてお仕事しなければ」
「人間界に行けるんですね!」
「生きている人間に我々の姿が見えることはほぼありませんけれどね」
そうなんだ。見えないんだ。二尋さんには。
「まだまだ天使の数は少ないんです。ですから万年人手不足で。人間界は常に混沌としています。なんとかしたいと思っているのですが、でも、これは強要してなっていただくものでもありませんからね。転生ルートもちゃんとご用意してあると言う次第です」
良い出会い、それが如何に大切かは、私が身をもって知っている。
いくら真っ直ぐに一生懸命生きようと思っていても、温かい出会いが無ければ難しい。だから天使の役目があるんだろう。
一人でも多くの人に、素敵な出会いを!
もちろん、出会いがあったから全てが解決するわけでも無い。
出会いを上手く
でも、だからこそ、みんなにたくさんの『心が温かくなる出会い』をあげたい。
二尋さんにも、ちゃんと
「私、天使になります!」
〖二尋side〗
ふとベッドの上で目覚めた。
頬が冷たい。俺は泣いていたのか。
直ぐ横に手を伸ばすが、当然のように色音、いや桜子はもういなかった。
微かに残る温もりを逃したくなくて、俺はそのまま布団にもぐったままでいた。
あれは夢だったのだろうか?
いや、違う。
部屋の中に目をやると、色音に買ってあげた洋服が丁寧に畳まれていた。一番上には、ブルーのストライプのエプロン。
確かに色音がいた痕跡が残っている。あの時とは違う。
桜子が居なくなった時、彼女は自分の物を全て処分していた。
まるで、自分の痕跡が残るのを恐れるかのように。
だから、俺は余計に傷ついたんだ。
騙されたと思って落ち込んだ。
信じた自分も信じられなくなった。
でも本当は、桜子を信じたくて苦しかったんだ。
桜子も俺に会いたいと思ってくれていたんだな。
だから、色音になって会いに来てくれた。
愛している。
愛している。
それだけを伝えるために。
愛している。だから、本当のことが言えなかった。
俺といる自分が好きだった。だから、何も語れなかった。
偽りだらけのようでいて、本当の桜子だけが居たんだ。
俺の横にいた桜子は、本当の桜子で。
俺だけが知っている桜子だった。
彼女の愛、俺の愛。
どちらも本当の愛だったんだな。
愛されていたという記憶が、俺の中で溢れた。
包まれるような幸福感。失われても消えない温かな想い。
桜子の愛が俺を支えてくれる。
そして、桜子を愛した自分を、また信じることができると思った。
ようやく――― この恋が終わった。
最近ベランダに、玉虫色の羽を持つ鳥が遊びに来るようになった。
名前はわからないけれど、とても良い声でさえずっている。
色音の綺麗な歌声を思い出した。
俺はあの後、もう一度店を開いた。今度は大通りでは無い小さな店。でも、心のこもった料理を、精一杯振舞う店にしたい。
そんな俺の今の楽しみは、奏斗に料理を教えること。奏斗は通信で高校の卒業資格を取ろうと奮闘中だったが、俺のところも手伝ってくれている。相手の気持ちに添った料理の大切さを知っている彼は、心強い相棒でもある。
ただ、彼の中に色音の記憶は残っていなかった。俺が直接声をかけたことになっているようだ。
お昼時の混雑が治まって客足が落ち着いた頃。
カラカラと音を立てて暖簾をくぐってきた女性がいた。
初めて見る顔だ。きょろきょろと店内を見回してから、カウンター席に向かってきた。
「うふふ。念願叶ったわ」
「いらっしゃいませ。何かいいことがあったんですか?」
「ええ、ようやくここに来れた」
「おお、気にしていただけたなんて嬉しいですね」
「ここ、お昼時はいつも混んでいるでしょう。お昼休みの時間内に食べ終わるか心配でなかなか来れなかったの。でも、今日は仕事がズレてお昼時間もズレたから、ラッキーだったわ」
そう言って嬉しそうに笑った。
笑顔が可愛い人だと思った。
メニューを渡すと、瞳をキラキラさせながら選んでいる。見かけは落ち着いたキャリアウーマンと言う感じなのに、なぜか天真爛漫な色音を思い出した。
きっと、食べることが好きなんだろうな。
そうと分かれば、まずはリサーチからだな。
さり気なく声を掛けながら、好みを探っていく。これは色音に教わった大切な教えだからね。
この出会いはきっと、良い出会いになる。
そんな予感がした。
三年後―——俺は彼女と一緒に店を営んでいる。
春にはベビーも生まれる予定だ。
奏斗は元々の夢だった設計士への道を進み始めている。
学校の合間にはもちろん、ここでアルバイトしてくれているけれどな。
きっとこの幸せは、天使になった色音がくれたんだろうな。
大切にするからさ。
もう、心配しなくていいからな。
今日も軒先に玉虫色の鳥が来た。綺麗な歌声に心が温かくなる。
「ありがとう」
思わず呟いた。
完
【作者より】
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
見習い天使を拾ったら (ハーフ&ハーフ参加作品 飯テロ編) 涼月 @piyotama
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