第5話
別の満月の夜。
私はセイジに森へと連れていかれ、そこで手斧で首を切られて殺された。
そうです、私は死にました。
それなのに、セイジは私の遺体から血を抜き、別の血を注ぎ、切った首を再び接合し、なんらかの秘術を施して私を生き返らせた。いや、違う。生き返ってはいない。死者のまま動いたり考えたりできるようになったのだ。魔活の成果が出たわけだ。血を抜かれるとき、延髄がぞくぞくと冷えた。氷の火花が目のおくでスパークするのを死んだ脳が認識していた。そして、体に新しい血が流れ込み、全身がかっと燃えるような熱さでむずがゆくて目が覚めた。
「血は全部抜いたから、もう血の臭いはしない」とセイジが言う。だけど人間の血のかわりに魔物の血が体内を流れているので、こんどは魔物臭くなってしまった。
「この臭い、どういうアレなの」
「ワーウルフっていうオオカミ人間の血を輸血したから、オオカミの臭いかも」
「ふうん」
私は全裸で大地に横たわったまま、両手で自分の体を撫でた。手のひらに、つるりとした人間の肌を感じる。
「毛が生えてない。オオカミなのに」
「オオカミなのは血だけだ」
「あと、何で全裸?」
「そういう儀式だから。肌で大地と月を受けとめなければならない」
そういえばセイジも全裸である。勃起しているが、大地と性交中なのだろうか。
「じゃあ、やるか。それが望みなんだろ」
セイジがのしかかってきた。
「急に? オオカミ女として復活したばかりで? どういうアレ?」
「自傷に付き合う気はないが、今回に限っていえば祝福になるだろう。それに大地も」
「大地も?」
「3人で愛し合おうと歌っている」
「いきなりの3Pとか笑う」
セイジも笑った。
「月もいるから4Pだ」
セイジとのセックスは、セックスというより儀式だった。いや、祝福なんだっけ?
「大地と月を肌で感じて、その中に浮かぶ自分を見つめろ。肉体の結合はその入り口にすぎない」
「呪文とか唱えなくていいの」
「言葉は要らない。言語で魂を縛るな。自由でいろ。世界に向かって魂をいったん拡張してから必要なものだけを集約して自分を再結晶化するんだ。やるたびに純度が増すだろう。それが希望だ。救いは自分の中に集約するものだと気づけ。俺は気づいた。俺はおまえを愛してはいないが、救われてほしいとは思っている」
セイジはすっかり魔女になってしまったようなことを言う。
そうして、首を切られて血を抜かれ、人狼から輸血された私は、無味無臭な大学生活に戻った。写真に写っても首から血が出たりはしない。血の首輪の運命を回避したからだ。回避。乗り越えたのではなくて、逃げた。
魂の拡張と集約、そして再結晶化というのは何なのか全然わからないが、たまに世界に向けて意識を広げてみる。そして自分を感じようとする。やっぱりよくわからない。だんだん騙されたような気がしてきた。でもきっとこれはセイジが見つけた正解なのであって、私の正解じゃないってことなんだろう。
それから10年がたち、50年がたち、100年がたっても、私は老けることもなく死ぬこともなかった。セイジはあっという間に老けて死んでいった。魔女のくせに。いや、魔女だからなのか。彼らにとって死とは大地と一体となる行為で、この上ない喜びである。私はセイジがうらやましい。私が待つバス停には、どこ行きのバスも来ない。自力で歩いていきたい所もない。ただ時間が過ぎていくだけ。
街をさまよっていると、ごくまれに首から血のにおいをさせている少女を見つけることがある。私が受けたのと同じ秘術を施してやってもいいけれど、でもそんなことは彼女らの希望にはならないだろうから、ただ見守る。大抵は白か黒の首輪を身に付けることで血の首輪を誤魔化して、表向きだけ社会に適応していく。苦しみながら生きていく。少数は首を切って死ぬ。それを見るのは辛い。
私たちが救われるためにはどうしたらいいんだろう。私は何もできず、呪いだけを受けて生きる女の子たちを見守っている。もし声を掛けてみたら、何か変わるだろうか。うまくいくとは限らないけれど。
今夜こそ、勇気を出してみようと思う。世界に向かって拡張するって、こういうことなのかもしれない。
血の首輪 ゴオルド @hasupalen
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