第5話「グライテン連続殺人事件 5」





 一通りの証言を終えたジョコモ・デマルキは今、詰所の留置所に入れられている。

 これだけの悪事に加担していたからという事もあるが、それ以上に外敵から身を守るのなら独房の方が安全だからだ。魔法を使うかも知れない犯人の前では、気休め程度の安全性ではあるが。


 ジョコモの持っていた証拠や本人の証言だけでも、ゴーモン商会長の拘束は可能だ。

 しかし商会長の屋敷は現在、商会長が雇った傭兵などによって厳重に守られており、騎士と言えどもすんなり身柄を確保するのは難しい。

 ジョコモの護衛と戦力を分けなければならない以上、とても強行できるものではない。

 商会長の屋敷を強制捜査するとしても、この殺人事件が解決してからの事になるだろう。

 幸い、商会長の拘束には緊急性はないと言える。さすがに商会長もこの状況で自分の欲望のために村娘を殺したりはしないだろうからだ。これまで死んでいった少女たちには悪いが、今すぐ新たな犠牲者が増える可能性がないのなら、もう少しだけ待っていてもらいたい。


 ユスティースの中には、ほんの少しだが、商会長など殺人犯にやられてしまえばいいのだ、という気持ちがないでもなかった。

 ジョコモの話が事実なら、犯人がこの事件を起こした目的が殺された村娘たちの復讐であることは間違いない。

 もしもそうなら天罰である。

 ジョコモだって騎士団や衛兵隊に守られる資格などない。

 皆、天罰を受けて死んでしまえばいいのだ。


 そう考えてしまいそうになる自分の心を必死に殺し、ユスティースは詰所でジョコモの警護にあたっていた。

 騎士たる者は、間違えてはならない。

 それはかつて、騎士として先輩であるアリーナが言っていた言葉だ。

 一般の人に比べて強い力を持っている騎士は、決して間違えてはならないのだ。

 犯した罪に対する罰は、個人が与えるべきではない。

 法に則り、然るべき審議を経た後に、ふさわしい裁きを受けるべきなのだ。

 ユスティース個人の感情がどうあれ、騎士であるなら、それを真理とするべきである。


 すぐ側には、アリーナも神妙な顔で同じく警護にあたっている。

 こうして彼女が側にいてくれなかったら、ユスティースも1人で耐えられたかどうかはわからない。

 疲れた笑顔で給仕をしていたターニャの姿を思い出すとやりきれない。

 いったい彼女たち一家が何をしたというのか。

 実家の農地を拡大したいという願いは、家族の幸せを破壊するほど罪深い願いなのだろうか。


「──ふとっちょさん、遅いね」


「ブロッホ、でしょ。もうすぐじゃないかな。証拠品や遺体は全部、教会に安置してあるだろうから、あちこち回る必要はないだろうし」


 この場に居ないブロッホとヤンセンは、王都から派遣されてきた鑑定士を連れて証拠品の検分に行っていた。

 普通、こんな地方の街に王都からわざわざ鑑定士が派遣されて来るようなことはないのだが、どうやらアリーナがライリエネに連絡してくれたらしい。そこから王都へ話が行き、鑑定士を派遣してくれる事になった、というわけだ。


 鑑定士が来たからと言って、事の真相がわかるわけではない。

 鑑定士はあくまで遺体や証拠品の『鑑定』を行なうだけで、真実の全てがわかるとは限らないからだ。

 しかしそれでも、現実の科学捜査に近い何かは出来るだろうし、もしかしたら犯人の特定につながる新たな手掛かりも得られるかも知れない。

 現場に残されていた赤い髪。あれの詳細がわかれば、決定的な証拠のひとつになるはずだ。





 それから程なくして、詰所に2人の騎士と鑑定士が戻ってきた。


「どうでしたか。『鑑定』の結果は」


「ああ。『鑑定』してきましたよ、騎士ユスティース。ご報告いたしましょう。まずあの髪の毛ですが、2本とも同じ鑑定結果でした。それから被害者の遺体なのですが──」









 ユスティースはアリーナを連れ、官舎に帰ってきていた。


 ジョコモの警護にはブロッホとヤンセンを責任者として、衛兵たちも付いている。交代だ。

 どうせあの者たちは今夜も詰所に泊まるのだろうし、一応女性であるユスティースたちも同じところに泊まるわけにはいかない。


 時刻は夕方から夜にさしかかるくらいか、というところだったが、この時間ならまだギリギリ開いているはずだ。


 ユスティースとアリーナは官舎の食堂に向かった。





「おかえりなさい。ユスティース様、アリーナ様。何か召し上がりますか?」


「ただいま、ターニャさん……。いや、お腹はあんまり減ってないから、大丈夫」


「私もいいかな。それよりも」


「それより今日は、あなたに話さないといけないことがあるの」


 アリーナを制して言葉をかぶせた。

 いいのか、という視線がアリーナから向けられたが、頷く事でそれに答える。

 これはユスティースから伝えたい。


「え、なんですか? お話って」


「……ターニャさん、さ。確か、北の方の農村から出てきたって言ってたよね」


「はい、そうですけど」


「お姉さんを追いかけて、街に出てきたんだったよね。この間、そう言ってた」


「はい……」


「その、お姉さんが勤めてた商会って、なんて商会なの?」


「……それを聞いてどうするんですか?」


 ターニャの顔が強張った。警戒しているようだ。

 しかし、ここで引くわけにはいかない。


「答えて」


「……ゴーモン商会、です」


「……そう」


「……知っていたんですか?」


「うん、まあ」


「……じゃあどうして聞いたんですか?」


「あなたの口から聞きたくて。

 最近、ゴーモン商会の関係者が立て続けに亡くなってるのは知ってる?」


 ユスティースがこの話を始めた時には、この質問は想定していたのだろう。

 わずかに目を伏せた状態のターニャの表情に変化はない。


「……はい。噂で。それが、私と何の関係が?」


「その、被害者の部屋から、長い赤い髪の毛が発見されたわ」


「……赤毛で髪の長い人なんて、いくらでもいますよね」


 髪の毛のくだりでは若干の動揺が見られた。

 確かに、現実でならともかく、この世界でそんな細かいことまで気にして犯行に及ぶ者はいないだろう。

 そもそも殺人事件に鑑定士が出張ってくることさえ異常な話だ。一般人はその存在さえ知らないはずだ。


「でも、この街にある食堂で働く人の中ではあなたしかいない」


 これはすでに衛兵たちに調べてもらっている。

 この街に食堂や定食屋は何件もあるが、その従業員の中で、長い赤毛を持つ女はターニャだけだった。


「どうして、そんな事が言えるんですか」


「王都から派遣してもらった鑑定士の人にね。『鑑定』してもらったの。そうしたらその髪は、「食堂のウェイトレスの髪」って出た」


「かんていし……」


 やはり知らないらしいターニャに、簡単に説明する。

 鑑定士については知らないまでも、『鑑定』については知っていたらしいターニャは、先ほどよりもさらに動揺した。


「……た、たまたまその人たちが私の髪をその、服とかにくっつけたまま、気付かずに家まで帰ってしまっただけなんじゃ」


「被害者の2人とあなたの接点はないわ。どこであなたの髪が服に付くっていうの?」


「それは……」


 ターニャは街の食事処で働いている。そこで付いたと考えられなくもないが、ニコライやイゾッタの寮とターニャの店ではかなり距離がある。

 もっと近い場所に他にも店がある以上、わざわざ2人そろってターニャの店に行くとは考えづらい。


「──被害者の部屋に、入ったわね。犯行当日、ニコライさんが部屋に女性を連れ込んだのを見ていた人がいるわ」


「……は、入りました! けど! 私は殺してません! ニコライさんの部屋に行ったのは、その、お金をもらって、そういう、事をするためで! 最近、生活が苦しくて、それでつい……。だから言いたくなかっただけなんです!」


「じゃあ、イゾッタさんの部屋に行ったのは?」


「そっ……そうだ! それはあれじゃないですか? その、私の髪が、ここで食事したユスティース様たちの鎧とかにくっついちゃってて、それが現場に落ちちゃったとか! に、ニコライさんの部屋に、入ったのは認めますけど、その、イゾッタさんとか言う人のことは本当に知りません!」


「──残念だけど、私たちはイゾッタさんが亡くなった現場には立ち入っていないの。あそこに立ち入ったのはこのところ官舎に帰らず、詰所で寝泊まりしていた騎士さんと、街の衛兵さんたちだけよ。

 だからあの部屋に、私たちにくっついた髪が落ちることはありえない」


 逆ならばよかった。

 ニコライの部屋に落ちていた髪がユスティースたちが持ち込んだもので、イゾッタの部屋にあったのが娼婦として訪れた時に落ちたものだと、そう説明していたのならまだ辻褄は合った。

 しかしターニャとしても、ニコライの部屋に行った時に誰かに見られていたかも知れないという意識があったのだろう。事実、誰かはわからないまでも、その光景だけはジョコモが目撃している。

 だからそちらは大人しく認めてしまった。


「く……」


 ターニャが苦しげに唇を噛んだ。


「……ほ、本当に私がやったと思っているんですか」


「ええ。残念だけど」


「ど、どうやって……? どうやって私が、その人たちを殺したって言うんですか? その人たちだって、死にたくなければ抵抗するでしょう? 私がどうやって──」


「殺害の手段は重要ではないわ。不意をついてただ殺す程度の力なら、ちょっと訓練してSTRを伸ばせば手に入れる事はできる。その程度では駆け出しの傭兵さえ倒せないでしょうけど、正面から戦うわけでもないし、無防備な一般人の息の根を止めるくらいならそう難しいことじゃない」


 そう、この世界には経験値がある。

 そしてその経験値によって、自分の好きな能力を伸ばすことが出来る。

 誰もが同じ条件であるため、自分が専門とすること以外に使ってしまえば、それだけで周りから差をつけられてしまう事になる。だから普通は専門外のことには使わない。

 しかしだからこそ、一般人でありながら殺すための能力に振った者は、人混みに紛れるサイレントキラーになりうるのだ。


「う、噂で聞いたんですけど、最初の被害者の方は、全身をバラバラに刻まれていたって! 仮に私が彼らを楽に殺す事が出来たとしても、そんな、短時間で全身をバラバラにするなんてこと──」


「──おかしいわね」


「そうでしょう!? おかしいですよ、私が犯人だなん──」


「違うわ。あなたが最初の犯人を、全身をバラバラに切り刻まれた被害者だって言ったことが、よ。

 私は最初に、ゴーモン商会の人たちが立て続けに亡くなってるって言ったわね。そしてニコライさんとイゾッタさんの部屋にあなたの髪が落ちていたとも言った。

 それだけでなぜ、あなたはバラバラ殺人の被害者も関連した事件だと思ったの? 確かに遺体以外の死亡時の状況は他の2件と酷似していたけど、その事は捜査関係者しか知らないわ」


「き、聞いたんです! この食堂で!」


「誰に?

 言ったでしょう。捜査を担当していた騎士は2人とも、詰所で寝泊まりしていたって。事件が起こってからは、この官舎には帰っていない」


「そ……、そうだ! ゴーモン商会の人たちが立て続けにって言ったじゃないですか! バラバラの方はゴーモン商会の関係者でしたよね? それで勘違いを」


「……バラバラにされたペペインさんは、確かにゴーモン商会に関連するお仕事をしていたけど、それはあくまで秘密のお仕事だった。表向き、ゴーモン商会とペペインさんには接点はないわ」


「あ、う……。で、でも! どっちにしたって、私には殺した後に、死体をあんなふうにする手段なんて……」


「──王都から鑑定士を呼んだ。さっきそう言ったよね」


「それが、なんなんですか……?」


「『鑑定』してもらったわ。被害者の遺体を」


「か、鑑定……? 遺体を? そんな事をして、いったい何の意味が……」


「私もそう思ってた。だから結果を聞いて驚いたわ。

 あの遺体。あれはね、犯人の「作品」なの。犯人が生産系のスキルを使って作り出した、加工品だったんだわ。鑑定ではそう出ていた。

 私があなたを犯人だと思ったのは、お姉さんのこと、ゴーモン商会のこと、髪の毛のこと──そしてその鑑定結果を聞いたからよ。

 まず1人目の被害者、ペペインさんの遺体の鑑定結果はこうだった。

 ──ヒューマンの切り身」


「っ!」


「そして2人目、ニコライさんは、ヒューマンのロースト。3人目のイゾッタさんはヒューマンの発酵熟成肉。

 ──ターニャさん、あなたは殺した被害者を、食材として調理したのね。その『下拵え』で」


 『調理』ツリーの最初に存在する『下拵え』だが、実際のところ、美味しい料理を作るだけならこの『下拵え』でも十分である。

 食材の切り分けや味付け、だし取りや下茹で、さらには発酵にいたるまで、およそ料理の準備に必要な殆どの事はこのスキルひとつあれば終わらせる事が出来る。

 スキル『調理』との違いと言えば、完成品まで持っていくことが出来るかどうかと、完成品に付与されるバフ効果くらいだ。


 そんな『下拵え』だが、ひとつ欠点が存在する。

 それは、発動者が対象を「食材」だと認識していなければ、発動できないということだ。

 例えば昆虫食を日常的に行なう文化の人が食材の昆虫を使えば『下拵え』で佃煮なんかを作ることも可能だが、そういう文化がまったくない人が昆虫を前にして『下拵え』を使おうとしても発動しない。おそらく暴発や誤作動を防ぐ目的だと思われるが、かなり強固なセキュリティのようで、頭で思っているだけではそのロックを外すことは出来ない。

 たとえ自分で食べる気が無いとしても、少なくとも誰かに食べさせようという明確な意識を持っていなければ、『下拵え』で調理をすることはできないのだ。


 鑑定士の彼はこう言っていた。

 この犯行を行なった人物は、精神的にはとうに人間を辞めている、と。


「生産系のスキルを使って作り出されたものは、中間素材として『鑑定』にその結果が反映される。その『鑑定』でそう判断されたということは、あの遺体は全て『下拵え』を使ってあの状態にされたということよ。

 ここまで話した全ての状況、全ての証拠、そして何より遺体自身が、犯人はあなたしかいないと示している」









「……反論しない、ということは、認めるのね。あの3名の殺害を」


「……反論したら聞いてくれるんですか?」


「反論の余地があるのなら、もちろん」


 しかしユスティースのその言葉に、ターニャは疲れたように笑っただけだった。


「……私には、姉がいました。大好きな姉で、姉も私たち家族が大好きでした」


 ぽつりぽつりと、ターニャが告白を始めた。


「私はまだ小さかったのでよくわかりませんでしたが、ある時姉が家を出ました。姉は都会で料理人になって、店を持つんだと言っていました。それから何年経っても姉からの連絡はありませんでした。手紙を出すにもお金がかかるので、両親はきっと姉はそのお金も惜しんで頑張っているはずだと言っていました」


 この話の結末を、ユスティースはすでに知っている。

 聞いているのも辛い話だが、耳をふさぐわけにはいかない。


「──大きくなった私は、姉に会いにこの街へやってきました。もし姉がこの街で成功していたのなら、私も同じ道を歩みたいと思ったからです。

 しかし、姉に会う事はできませんでした。ゴーモン商会の受付の女からは、さらなるステップアップを求めて別の街に移住したと聞かされました。姉に限って、家族に何も言わずにそんな事をするはずがない。そう思いましたが、その言葉が本当なのか嘘なのか、私には知る手だてがありません。

 私はしばらくこの街で暮らし、姉の事を知っている人を探す事にしました。

 運よく、個人経営の定食屋で住み込みで働かせてもらう事が出来ました。『下拵え』はこの定食屋で働き始めたころ、取得しました。騎士様たちのところで朝夕だけ働くことにしたのも、姉がもし何らかの事故や事件に巻き込まれていた場合、騎士様なら何か知っているかもしれないと思ったからです。

 でも、姉を知る人は1人も居ませんでした。ただの1人も。あれから何年も経っています。いくらなんでも、姉がこの街で暮らしていたとしたら、知っている人が全くいないのはおかしい。

 そう思いながらも、どうする事も出来ない日々が続いていました。

 そんな時、大陸中を揺るがす大きな戦争が起こりました」


 あの大陸大戦だ。

 あれはユスティースにとっても忘れられないイベントだった。知らぬ間に、胸の内に苦い思いが満ちてくる。


「この街には戦火による被害はありませんでしたが、領主さまは念のため、市内に厳戒態勢をきました。これによって多くのお店の夜間営業が停止することになり、ゴーモン商会が裏名義で経営している娼館も、夜間は閉店になりました。無認可なので、目立たないようそういう事には特に気を使っていたみたいです。

 ある時、娼館で働いていたペペインという男が定食屋にやってきました。

 定食屋はもともと夜間の営業はしておらず、代わりに昼間であってもお酒を出すことがありました。ペペインはそれが目当てだったようでした。

 ペペインはお酒で濁った目で私を見ると、姉の名を呟きました」


 成長したターニャの容姿はきっと、お姉さんによく似ていたのだろう。


「私は店を早退し、ペペインの跡をつけ、彼が住んでいる場所、そして働いている店を特定しました。それから毎日その店を見張り、ペペインの動向を探り、ゴーモン商会と繋がりがある事を突きとめました。

 大戦が終結し、厳戒態勢が解除された後、仕事終わりに酒場に寄ったペペインの跡をつけ、路地裏で接触しました。案の定、酔って私と姉を間違えたペペインは、私を姉の亡霊だと思いこみ、懺悔するように事の次第を話しました。

 やはり、姉はもう亡くなっているようでした」


 ターニャは目を伏せた。


「その場ではペペインには何もせず、彼が恐怖で顔を覆っているあいだに路地裏を後にしました。

 翌日私は仕事を休み、ペペインが言っていた「処分場」に足を運んでみました。仕事を休んで昼間訪れたのは、夜になるとそこには魔物が現れると聞いたからです。

 その処分場は街からも街道からも離れた場所にありましたが、徒歩で十分行ける距離でした。そこは死臭と腐臭が漂う地獄のような場所でした。

 人の物と思われる骨や、腐りかけた肉がいくつも散乱しているその場所で、私はある物を見つけました。焦げた石ころです。その石には穴が開いていました。

 私がまだ小さかった頃、姉に渡した、石ころで作ったペンダントでした」


 ターニャが伏せていた顔を上げた。これまで見た事がないほどの苛烈な目をしている。


「私は復讐を誓いました。

 ペペインの行動パターンはすでに分かっています。私は前回同様、深夜の路地裏で彼を待ち受け、不意をついて殺しました。そして死体の服を脱がし、『下拵え』を使って血抜きをし、同じく『下拵え』で切り身にしました」


「なぜ、そんな事を? 殺すだけなら、わざわざ死体を損壊する必要は……」


「あいつらが姉に、姉さんたちにしたことを思い知らせてやるためです! あいつらは殺した女たちを、バラバラにして、あの腐敗臭の漂う処分場にゴミのように捨て、魔物の餌にしたんです! だから私もあいつらを魔物の餌に加工してやる必要があったんです! バラバラにして、焼いて、腐らせて、魔物の餌に!」


 ターニャが死体を『下拵え』の対象に出来たのはこれが理由だろう。彼女にとって、姉の仇である彼らはすでに魔物の餌にしか見えていなかったに違いない。


「服を脱がせたのはどうして?」


「服を着ているとスキルの対象に出来なかったから。それだけです。

 ペペインを殺して得た力は全て人を殺すための能力を上げる事に使いました。翌日、仕事が終わってから私はペペインから聞いたニコライを探す事にしました。幸運な事に、普段は外回りをしているニコライもこの街に戻っているようでした。たぶん、街が魔物に襲われたからでしょう。商会長も店を心配して一緒に戻ってきていたようです。

 ニコライは若い女が好きだとの事だったので、私から誘って彼の家に行きました。そこで服を脱ぎ油断した彼を殺し、同様に血抜きをして、今度はローストしました。……姉にあげたペンダントは焦げていたので」


 アリーナが悲痛な表情で自分のメモ帳に目を落とした。そういえばアリーナは、被害者はユスティースと同じ年頃の女が好きだとか書きとめていた。こんな形でその情報が証明される事になるとは。


「そしてその翌日の夜、私はあの受付嬢のアパートを訪ねました。以前姉の事を聞きに行った私の事は覚えていたようでした。私はどうしても姉の事を知りたいからと言い、手土産を渡して部屋に入れてもらいました。

 誤算だったのは、『下拵え』を使ったとしても、あのサイズの肉塊を発酵させるにはそれなりの時間がかかる事でした。作業中、部屋はもの凄い匂いでしたが、あの処分場に比べれば大したことはありませんでした。作業が終わった後、扉を開けて帰りました。身体についた匂いを消すために、この日は仕事を休まざるを得ませんでした」


 ひと通り話し終えたターニャは、魂が抜けたような表情になり、食堂の椅子に座りこんだ。


「……ユスティース様、私を拘束するんですか?」


「……そうね。抵抗するようなら」


「……しません。あんなドラゴンを追い払うような人に、抵抗したところで何かできるとは思えません」


 あれは追い払ったというよりは見逃してもらったという感じだが、ターニャが抵抗したところでユスティースなら即座に制圧出来る事に変わりはない。


「……私は死刑でしょうか」


「……多分、そうなると思う。裁判の結果次第だけど」


 下手に希望を持たせても、後で絶望が大きくなるだけだ。

 それにターニャは覚悟をしているようだった。死刑と口にした時も、声も身体も震えている様子は無かった。

 こればかりはユスティースではどうにもできない。

 さすがに殺意を持って3人もの市民を殺害してしまったとなれば、死刑は免れない。たとえその3人に罪があったとしてもだ。


「……心残りがあります」


「なに?」


「ゴーモン商会長です。あの男が全ての元凶です。あいつはどうなりますか」


 ガスパロ・ゴーモンのしていた事が本当ならば、これも死刑になって然るべき罪だ。ユスティースも、また他の騎士たちも彼を許す事はないだろう。徹底的に捜査のメスが入る事になる。


「……彼の犯罪は、私たち騎士団が必ず暴くわ。そして死刑台に送ってみせる。すぐにとはいかないし、たぶんあなたの裁判には間に合わないと思うけど……」


「……ユスティース様にそう言っていただけるなら、信じられます。あいつが裁かれるなら、私はそれで……。でも、出来ることならこの手で……」





 ターニャは抵抗するそぶりもなく、ユスティースとアリーナに付き添われて衛兵隊詰所に行った。

 そこの留置場で拘留され、取り調べを受けた後、裁判のために官舎の地下牢に護送される事になる。

 そうして裁判が終われば、広場にて刑が執行され、その罪を贖い、天へと召されるのだ。


 朝の官舎の食堂でよく見た、ターニャのあの笑顔を思い出すと、やり切れない気持ちが湧きおこってくる。

 なぜ、復讐を決意した時に相談してくれなかったのだろうか。

 ユスティースがもし、もうあと一日だけ早くこの街に来ていたとしたら。

 もう少しだけ早くターニャと仲良くなっていたとしたら。

 彼女は相談してくれただろうか。









 後日、騎士団が罪人の護送途中に盗賊らしき集団の襲撃に遭ったという情報がユスティースの元に入ってきた。

 護送に当たっていた騎士団に怪我人はいないようだが、護送していたターニャの姿は盗賊と共に消えたらしい。

 旧ポートリー王国領には以前から盗賊による被害が出ていると聞いたことがある。ポートリー王国が無くなり、いくつかの都市も壊滅してしまった事で、オーラル王国も獲物にするようになったのだろうか。

 ターニャの身を心配したユスティースはアリーナと共に広範囲に渡って捜索をしたが、ターニャどころか盗賊たちの足取りさえ掴む事は出来なかった。


 そしてそのさらに数日後、強制捜査を目前にして、ゴーモン商会長とジョコモ・デマルキも姿を消した。

 こちらは衛兵隊による捜索の結果、ターニャが言っていた処分場と思われる場所で、手足を縛られ、体の大部分を何かに食い散らかされたような状態で発見された。

 現場に残された痕跡から、おそらく生きたままの状態で食べられたのだろう。





 数々の不正が明るみに出、営業を続けられなくなったゴーモン商会は倒産した。


 街の流通を牛耳る商会が突然倒れた事で、グライテンの経済は不安定化するかと思われたが、どこから嗅ぎつけたのか、中央から別の商会が進出して来た事でその心配は無くなった。

 もともとゴーモン商会に勤めていた、不正とは関わっていない従業員は全てその商会が雇い入れ、周辺の農村とのやり取りもオープンにすることで、これまで以上に多くの農家との契約を結んだらしい。


 この時点で負債を抱えていた農家については、貸主のゴーモン商会が倒産した事により、その債権も新たな商会が引き継ぐ事になった。

 しかし暴利であったことから、大半の農家はすでに規定の返済を終えており、多くの農家には新商会から過払い金が支払われる事になった。

 ガスパロ・ゴーモンの犯罪被害者となってしまった遺族たちにはさらに別途賠償金や慰謝料も用意された。

 その説明と支払いには新商会が当たったが、騎士団も同行することになった。


 ターニャの実家、マヨラーナ家にはもちろん、ユスティースが行き、事情を説明した。

 ターニャの両親は何かを覚悟していたようで、さみしげな表情で、いつかこんな日が来る気がしていたと言っていた。





 ターニャはおそらく生きている。

 ガスパロ・ゴーモンを処刑したのは間違いなく彼女だ。

 復讐を終えた彼女はこれからどうするのだろうか。彼女を攫った盗賊たちと共に生きていくのだろうか。


 この結末は騎士としては歓迎すべき物ではない。

 しかしターニャにとってはどうだったのだろう。

 少しでもターニャと、その姉の心が慰められていればいいと思った。


 ターニャが盗賊の一味として、ユスティースの前に現れる事がないよう願うばかりだ。








★ ★ ★


グライテン連続殺人事件はこれにて完結となります。


ターニャさんのその後や盗賊たちについては、後ほど本編の方でちらっと触れます。

ちらっとですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある女騎士の事件簿 黄金の経験値番外編 原純 @hara-jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ