第4話「グライテン連続殺人事件 4」
「逮捕してきたんですか? ジョコモ・デマルキを」
「逮捕? なぜですかな?」
ユスティースの問いに、騎士ブロッホが不思議そうな顔をした。
違うらしい。
「いえ、ニコライさんとイゾッタさんの部屋には、長い赤毛が残されてたって報告がありましたので」
「なんと!」
ブロッホとヤンセン、二人の鋭い視線がジョコモを射抜く。
「ちちちちがうぞ! 僕じゃない!」
すると、見ていて可哀相になるくらいジョコモが狼狽した。
図星を指されたというよりは、思ってもみない冤罪をかけられたといった感じだ。
ブロッホたちも同じことを考えたのか、とりあえずはジョコモを拘束するより情報を整理する事を選んだようだ。
「……ふむ。とりあえず、我々も衛兵たちの報告を聞くとしましょう。それまでジョコモさんは、そちらの椅子に座って待っていてもらえますか」
ブロッホとヤンセンが衛兵たちの報告を聞いている間、ジョコモ・デマルキは持っていた鞄をきつく抱いて、椅子に座って震えていた。
何かを異常に恐れているようだ。
騎士たちに付いてここに来たということは、騎士や衛兵を恐れているわけではないだろう。彼の容疑が晴れたわけではないが、それによって逮捕されるよりも恐ろしい何かが彼を怯えさせているようだ。
この状況で、自身の逮捕以外にジョコモ・デマルキが恐れる存在と言えば、思い当たるものはそう多くない。
おそらくジョコモには犯人の見当が付いている。
そして次に狙われるのが自分だと考え、騎士団に保護を求めた。
そんなところではないだろうか。
騎士ブロッホが詰所に入りざまに言った、被害者は商会の関係者で間違いないだろうという言葉は、ジョコモからある程度話を聞いて判断したのだろう。
「──なるほど。捜査状況はわかった。皆、ご苦労だったな。
そして騎士ユスティース。貴女の推理通り、被害者は全員ゴーモン商会の関係者というのはおそらく間違いありません。
次は我々が話す番ですな」
騎士ブロッホの言葉を、騎士ヤンセンが頷いて引き継いだ。
「ええ。ではまず、商会長に聞き込みに行ったところから。
これは残念ながら、失敗でした。というのも商会長は我々には会ってくれなかったのです。ああ、別に前日の騎士アリーナの言葉に対する抗議とかそういうものではありません。そうではなく、何かに警戒しているかのような雰囲気でしてね。彼の屋敷には物々しい警備体制が敷かれておりまして、彼が認めた人物しか屋敷に入る事が出来ないと言われてしまったんですよ。
我々としても彼に話を聞きたいのは山々でしたが、今の段階では強硬に話を聞けるだけの証拠や根拠はありません。そういうわけで彼への聞き込みは一旦諦め、今度は被害者の勤め先の本店の方に行ってみる事にしたわけです」
厳戒な警備体制が敷かれていたということは、ゴーモン商会長も自分が狙われている自覚があるということだ。
ニコライが殺害された時点でははっきりしていなかった状況が、イゾッタの殺害によって確信に変わった。もしかしたら第一の被害者の事も知ったのかもしれないが、とにかくそうして、自分も狙われている可能性に思い至った。
「本店に行き、まずは直属の上司か同僚か、といった人物を探していたところ、こちらのジョコモ・デマルキ氏にお会いしましてね。氏はひどく怯えた様子で、我々に保護を求めて来たのです。
我々としても市民を護るのは責務ですから、それ自体は吝かではないのですが、まず一体何者から、そしていつまで護ればよいのか、それを知らねば護衛も出来ません。そういうわけで、まずは詳しいお話を、といったところで」
「とにかく一刻も早く、自分が普段立ち寄りそうもない場所に避難したい、と申されたので、こちらにお連れしたわけです。道すがら伺ってみたところでは、ジョコモ氏を狙っているのは一連の事件の犯人であり、これまで殺された被害者は全員、ゴーモン商会の関係者だからというのがその理由らしく。
そうだとしても、数あるゴーモン商会関係者の中でなぜこのメンバーなのかという部分を、詰所でゆっくり伺おうかなと、そういうわけですな」
怯えるジョコモに視線をやると、ふい、と逸らされた。
わかりやすく何かやましいものを抱えている者の態度である。
それでもなお騎士に助けを求めてきたということは、自分の社会的地位よりも命のほうが大切だと分かったからなのだろう。
「──では、お話を聞かせてもらいましょうか。ジョコモ・デマルキさん。貴方たち4人、いえ、商会長を入れて5人の関係を。そして貴方たちを狙っている、犯人の目星とやらを」
「……ああ。話すさ。だが、話した以上は守ってくれよ!? ぼ、僕はあんなふうに殺されるのはゴメンだ……!」
あんなふうに、というのはすでに亡くなった3人の事だろうか。
確かにあんな死に方は死んでもしたくない。
「……ま、まずは僕らの関係からだ。も、もう知ってるみたいだが、ゴーモン商会は裏で無認可の娼館を経営してた。そこでポン引きとか雑用係とか、そういう仕事をしてたペペインて男がいるんだが、こいつがゴーモン商会と娼館とのパイプ役をやってたんだ。具体的には金のやり取りと、従業員の女の受け渡しだ。あの店で働く女たちはみんな、ペペインによってあの店に引き渡された女だ」
「そのペペインてやつが、第一の被害者ね」
「あ、ああ。ペペインの姿はあれから誰も見てないし、間違いないと思う。娼館に引き渡された女は、借金を返済し終わるまでは足抜けすることはできない。この借金てのはゴーモン商会が暴利で貸し付けた金なんだが、その管理をしていたのが僕だ」
そう言ってジョコモは抱いていた鞄から紙の束を取り出した。
証文、契約書のようだ。
「見ればわかるが、ひどい内容だ。僕が言うのもなんだけど……。
借りた金は最初のうちこそほとんど利息はつかないが、1ヶ月を過ぎたあたりから一気に跳ね上がる計算になってる。契約の時は、その最初の1ヶ月の間の計算だけを試算して見せて、客を騙すんだ。難しい計算なんてわからない農民は、ほいほいと借用書にサインし、いずれ払えなくなって、妻や娘を売ることになる」
「待て、農民だと? じゃあまさか、商会長やニコライが農村を回ってるってのは」
ヤンセンの口調が敬語ではなくなった。
「……ああ。会長たちは、綿農家に低利息で貸付をして、その金を元手に土地や設備を買わせ、事業を拡大させてきたんだ。借りた金の分くらいなら、1年もあれば返せるようになるだろう。だが利息は1ヶ月後から急激に跳ね上がる。1年後じゃあ、もうとても払える額じゃなくなってる。かと言って投資しちまった金を1か月で返す事なんて無理だし、どうしようもないってわけだ」
「しかし、そんなアコギな貸付をやってたんじゃ、すぐに誰も借りなくなるんじゃ」
「そこが会長たちの巧妙なところなんだ。
支払期限が来ても、会長たちは表立って取り立てには行かない。ただ、金を借りた農家の娘をそそのかすんだ。それだけの器量があれば、グライテンくらいの街に行けばすぐに嫁の貰い手も見つかって、玉の輿に乗る事も出来るだろうって。そうでなくても、何かの技術を習得して、街で店を持ったっていいだろうって。その習得のためのサポートももちろんする。当然、借金に加算されるだけだけどな」
「……何かの技術って、具体的に何なの?」
なぜだか妙に気にかかり、聞いてみた。
「一番多いのは『調理』だ。と言っても『下拵え』くらいまでしか取得させてもらえないけどな。これは『調理』に限らず、『鍛冶』や『調薬』なんかでもおんなじだ。基本的な事だけだ。
とにかく、そうやって言葉巧みにこの街へと連れて来られた村娘たちだが、そこで初めて自分の両親に借金がある事を知らされる。器量を買われて婿探しに来たやつなんかは、速攻で娼館にぶち込まれる。この証文をタテにしてな。
もちろん娘は抵抗するが、この証文がある限り金は払わなきゃならんし、自分の親のサインもしっかりとしてある。すると娘は、そのサインを見て親に売られたのではと思うわけだ。絶望して、それからは皆おとなしくなる。あの娼館が無認可なのは、従業員が正規の手段で雇われたわけじゃないからだ。そこさえ誤魔化せれば、たとえ強制捜査が入ったとしても問題ない。他にはやましことはしていないし、表向きはただ認可を受けていないってだけの店だからな」
「そしてその証文は全て、ゴーモン商会本店であんたが管理してるって事か。店にガサが入っても、見られて困ることはないってわけだ。裏名義で融資してる形になってるのもそのためだな。ゴーモン商会にさえ手入れが来なければ、このシステムがお
ブロッホも敬語をやめた。気持ちはわかる。とんでもないクズだ。
「それで、手に職をつけたいって言ってきた子はどうするの?」
「さっきも言ったとおり、サポートはする。だが、初歩を覚えたあたりで卒業だ。当然、そんな腕じゃ店を持つどころかまともに稼ぐ事もできない。証文をタテに商会傘下の店で安く働かせて、使い潰す事になる。
だが、今言ったやつらはある意味じゃまだ幸せだ。少なくとも生きてはいられる。
もしその中に特別綺麗な女でもいたら、そいつはもっと悲惨な事になる」
「悲惨、て、どんな?」
「会長のおもちゃにされるんだよ。だいたいの場合、数日と生きちゃいられない。その後始末をするのもペペインの仕事だ。会長に壊された死体を処理して、無かったことにする。具体的にどういう処理をしてるのかは、僕は知らないけどな。
その被害者を見繕うのが、イゾッタの仕事だ。あの女は異常に嫉妬心が強かったから、自分より若くて綺麗な女には敵対心がすごかった。だから会長のおもちゃにされて死んじまうってわかってても、平気で何も知らない村娘を差し出せるんだよ。そのラインがある意味、美しさの判定基準として信頼がおけるってんで、会長に重宝されてた」
「無かったことにする、っつったって、人ひとり居なくなったらさすがに誰か気づくだろうがよ。それに、田舎で待ってる家族だっているんだろ」
「もちろんそうだ。でも、死体さえ見つからなければなんとでも言い逃れは出来る。田舎の家族には、さらなる成功を求めて王都に旅立ったとか、適当な事を言っておけばまずバレない。地方の農村が王都と連絡を取る手段なんてないからな」
「……クズだな」
「……ああ。この件が片付いたら、ゴーモンの屋敷に強制捜査だ。令状はなんでもいい」
なんだろう。
とても嫌な感じがする。
この話を、これ以上、聞いてはいけないような。
いや、もう遅いのかもしれない。
ひとり静かに、ジョコモが出した証文の束を眺めていたアリーナが、ある1枚を手にとったまま険しい顔をしているのが見えた。
「──ねえ。そのさ、今もこの街で働かされてる子と、もう居ない子って、ちゃんと管理はしてるの? 誰が居なくなってて、誰がまだ居るのか、それってきっちりわかってる?」
アリーナが尋ねた。
それにジョコモが答える。
「いやさすがに、そいつをはっきり考えちまうと、僕としても罪悪感がね。会長はそんなの気にするような人じゃないし。
でも、まだこの街で働いてるなら金が払われてるはずだから、証文にはその旨が追記してあるはずだ。それがないやつは──」
「……そう」
アリーナが、持っていた証文をユスティースに渡してきた。
見たくない。
見たくないが、見ないわけにもいかない。
その証文には特に追記のようなものはなかった。ということは、つまりそういうことだ。日付はずいぶん古い。商会はこんな胸糞が悪くなるような事を、もう何年も続けているらしい。
署名は証文の一番下にある。そこに書かれているのは実際にお金を借りた人物、つまり被害者の親だろう。
アリーナに渡された証文には、こう署名されていた。
オーラフ・マヨラーナと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます