第一膳 答え『出会いとお茶漬け』

 まずはお湯を沸かし、玄米茶を用意する。

 現在は一人暮らしのわたしには、ティーバッグタイプしかないがこれも悪くはない。


 冷蔵庫に残っていた鮭の切身を魚焼きグリルで両面をしっかりと焼く。

 その間に、ハーブとともにプランターで育てている三つ葉、彩りを添える程度だけ、さっと切り取り、一口分の大きさに刻む。

 焼海苔の表面をガスコンロの火の上を軽く素通りする程度だけ炙ると香りが良い。

 茶碗を2つ出し、白米を先によそい、少し熱を冷ましてやるとより美味しくなる。


 鮭が焼けたら、白米の上に具材とともに盛り付け、以前の仕事の依頼人から頂いた干しアミ(すっかり忘れていて今日まで調味量棚の肥やしになっていた)を出汁代わりに、ひとつまみだけ散らそう。

 味付けは素材の味を活かすために、シンプルに塩だけだ。

 最後にお茶を注いで完成だ! 


「やあ、お待たせ」


 わたしが在り合わせの具材で作ったお茶漬けをテーブルに持っていくと、彼女はまるで初めて見る不思議なものに好奇心が押さえられないかのように鼻先を近づけている。

 恐る恐るわたしを上目遣いでチラリと見上げると同時に、再びグゥっとお腹が鳴った。

 モフッとしたネコ耳をペタンと倒してわたしから目をそらしてしまった。

 遠慮しているのか、怖がっているのか。


 さて、どうしたものか?


 わたしの質問に反応していたということは、言葉が通じていないわけではないだろう。

 お茶漬けに興味を持っていたし、味覚はそれほど違わないはずだ。

 間違いなく文化圏が違うと思われる。 

 もしかしたら食べ方がわからないのかもしれない。


 それならばと、用意していた箸の代わりにスプーンをキッチン台の引き出しから取り出した。


「では、いただきます」


 ネコ耳の少女はわたしの様子を首を傾げて見ている。

 わたしは食べ方の見本を見せるようにスプーンでお茶漬けをかき込む。


 ふむ。


 我ながら見事な出来だ。


 ある出来事から、わたしは呑んだくれて荒れた生活をしていたわけだが、程よい優しい塩味が五臓六腑に染み渡る。

 玄米茶の香ばしさに、鮭とアミの海の滋味が上手く溶け込んでいる。

 海苔の磯の香りが母なる海を彷彿させる。

 次の瞬間には、三つ葉の爽やかさが自分が陸上生物だと思い出させてくれる。

 白米という土台は、まさに海と陸を育む母なる地球だろう。

 そして、その全てを溶け込ませ調和させている玄米茶というスープがある。


 この渾然一体とした完璧な世界、それがお茶漬けなのだ!


 少女は、わたしが美味しそうに食べている姿を見て、遠慮も恐怖も上回った食欲でお茶漬けを勢いよくかき込み出した。

 その食べっぷりは見事なものだった。

 それほどまでに飢えていたのだろうか、小さな身体にあっという間に吸い込まれてしまった。


☆☆☆


「……はぁ、どうしたものだろうか?」


 わたしは、ベランダの手摺りに身体を預けながら、シャンパングラスを手にため息をつく。

 中身は、本来は今晩一人で食前酒にしようと思い、近所のスーパーで買った国産スパークリングワインだ。

 品種はデラフェア、ぶどうジュースのように軽やかなやや辛口だ。


 食事も終わり、少女は空腹が満たされた幸福感からかすぐに睡魔に襲われた。

 わたしが普段使っているシングルベッドに寝かせている。

 飢えと疲れがどこまで極限状態だったのかは想像するしか無い。


 本来、子供がこのような目に遭うなど異常なことだ。

 こんな世界は間違っている。

 そもそも、この少女のような人外の者がこの世に存在することすら、これまでありえないことだった。

 

 あの日、失われた古代文明が復活した日に、わたしも含む世界の全てが例外なく一変したのだ。

 原理も理屈も何もかも不明なまま現在まで時は流れた。


 世界は大きく様変わりし、すべての価値観は覆った。

 すべての元凶は、今も夜空に浮かぶあの巨大な『ムー大陸』だということだけは分かっている。


 わたしは、かつて憧れた伝説の大陸を憎しみに満ちた目で睨みつけた。

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