湯治場の功名話

隠れ里

湯治場の功名話

 アンフェール大陸イストワール王国領にあるブリュヤンの森。


 人間の侵入を拒むように背の高い木々が鬱蒼と茂り、ところ狭しと並び立つ深い森。


 この森には、元々ダークエルフ族が住んでいた。彼らにとっては、鎮守の森である。


 現在は、有翼人種によって侵略され、支配下におかれて久しい。


 彼らは、森を大切にしていたダークエルフ族とは、正反対である。


 自分たちが住みやすいように、木々を切り倒して、ブリュヤンの森の中央付近に里をひらいた。


 人間たちは、ダークエルフ族が森の支配だったときには禁忌の森として近づくことはなかったが。


 有翼人種が占領するようになると、森に侵入してくるようになったのだ。


 さっそく、ブリュヤンの森の開発に乗り出してみると、ある秘境を発見する。


 そこには、不思議な泉があったのだ。


 泉の水は、温かい。湯治場に最適だった。貴族たちは、保養所として利用し、この土地の利権を得たものは、巨万の長者となったという。


 有翼人種は、湯治場に興味はなく広大なブリュヤンの森の一部を人間の好きにさせていた。



 イストワール王国と、ターブルロンド帝国の戦争が終戦をむかえた頃の話だ。


 この湯治場で、戦争の功名話を語り合う者たちがいた。


「ほー。すると我々は、皆。イストワール王国とターブルロンド帝国の戦争に参加していたんですな?」


 毛の長い男が、何かを思いついたような表情で、残りの二人に話しかけた。


「ええ、そうです。それぞれ戦地は違うようですがね。大戦果をあげましたよ」


 額に傷のある男は、腕組みをする。それほど昔のことでもないだろうに、懐かしむような表情だ。


「へえ、儂も九死に一生を得ましたよ。むろん、功名でも負けてませんがね」


 短いヒゲを触りながら男が言う。


「ならば、それぞれに話をしましょう。誰が一番の手柄をあげたかを!?」


 毛の長い男の提案に、面白そうだと、額に傷のある男も、短いヒゲの男も乗ってきた。



「まずは、僕からですな。あれは、見事な夜襲でしたなぁー」


 毛の長い男は、目をとじた。



 夜も深い時間、毛の長い男は、手下を数名率いて野営地を襲った。


 見張りの兵士は、大いびきで眠っていた。


 ターブルロンド帝国兵が、テントの外でうずくまり、小脇に抱えた箱を両手に持って揺らしていた。


 箱の中から、月明かりでもはっきりと分かる鮮やかな色をした蛇が、落ちてきたのだ。


 毛の長い男は、手下に命じて、ターブルロンド帝国兵に飛びかかる。大声をあげて、一斉に。


 月夜の晩に、大声とその素早い動きに驚いたターブルロンド帝国兵は、箱を捨てて逃げ出した。


 他のテントの前にも、ターブルロンド帝国兵たちの姿が見える。


 一人が逃げるのをキッカケに、皆一様に逃げ出したのであった。


 毛の長い男は、多数の箱に入った鮮やかな色の蛇を大量に持ち帰ることに、成功したのである。



「その見事な皮を首輪にしましてね。これが、その首輪ですよッ!!」


 毛の長い男は、顎を上げて、鮮やかな色の首輪を見せつけた。


 日差しに照らされた首輪は、極彩色に煌めいた。


 額に傷のある男も、短いヒゲの男も、見事なものだと言わんばかりに唸っている。



「次は、私ですね。あれは、奇襲を仕掛けたときの話です」


 額に傷のある男は、立ち上がり背筋を伸ばした。



 空腹が、限界に達したある日。食べ物の匂いにつられて、岩山の風通しの良い場所に辿り着いた。


 そこには、大量の干し肉や米などがある。額に傷のある男は、岩陰に隠れた。


 盗み食いをしようと決めたのだ。見張りの兵士は、多勢。こちらは、額に傷のある男だけだ。


 その時、同じように岩陰に潜むターブルロンド帝国兵を見つけた。その手には、火を吹く石。


 額に傷のある男は、とても、綺麗な石に魅せられた。それが欲しくてたまらなくなった。


 思わず、大声でとびかかる。見張りの兵士は、騒ぎに気付き、なだれ込んできたのだ。


 ターブルロンド帝国兵は、捕らえられたが、額に傷のある男は、辛くも逃げることに成功した。



「ドサクサに紛れて奪ったのが、この宝石のような石ですよ!!」


 額に傷のある男は、真紅に燃えるように色づく石を天高く掲げる。


 それを、手を伸ばして羨ましがる毛の長い男と短いヒゲの男。



「最後は、儂ですな。あれは、強襲でしたがね」


 短いヒゲの男は、湯につけた足をバタバタとさせる。その時のことを思い出して、興奮したようだ。



 ターブルロンド帝国輜重隊が運んでいた、ご馳走の山を奪った短いヒゲの男と、その仲間たち。


 意気揚々と住処に運んでいた最中に、ターブルロンド帝国兵たちに襲われてしまう。


 ご馳走を取り返しに来たのかと思ったが、違った。どうやら、別の部隊だったようだ。


 短いヒゲの男と仲間たちに、抵抗なんてできるわけもない。簡単に捕まってしまう。


 ご馳走も奪われてしまった。


 帝国兵は、恐ろしく大きな顔で言う。


「お前たちも、この御馳走の一つになれるんだから喜べよ。デザートにしてやる」


 短いヒゲの男と仲間たちは、震え上がった。


 ターブルロンド帝国兵たちは、御馳走を囲んで、宴をはじめた。


 固唾をのんで見守る短いヒゲの男と仲間たちだったが、異変が起きた。


 御馳走を食べて、飲みまくったターブルロンド帝国兵たちが、次々と倒れていったのだ。


 どのターブルロンド帝国兵も、口からは薄紫の煙を吐き出していた。


 かくして、短いヒゲの男と仲間たちは、窮地を脱したのである。



「凄いですな。人間に捕まったら、二度とおひさまを見ることができないと言われているのに……」


 毛の長い男は、口を開けて目を丸くする。額に傷のある男も、ぶるぶると震えながら頷いた。


「いやー、猫さんたちは羨ましい。捕まることもあろうが、逃げ足も早い。それに比べて、儂らは……」


 泉の中から亀が現れて、悲しそうに言った。三匹の猫は、顔を見合わせる。


「儂なんぞは、逃げ足も遅くて。人の子に虐められたり、助けてもらったとはいえ、漁師に無理矢理にお礼を要求されましてな……」


「その上に、知られたくなかった秘境まで、案内させられました。ここも、人が入植してきたので、安全な場所に移動しようかと……何年かかることやら」


 亀は、言い終えると震える前足を伸ばして泉から出た。甲羅の上には、荷物を背負っている。


「どこまで、行くのですか? 僕らが送っていきましょう。どうですか? お二方?」


 毛の長い猫が、泉から出ると岩の上に登って、大げさな身振り手振りで提案をした。


 額に傷のある猫も、短いヒゲの猫も、大賛成であると返事をした。


 こうして、三匹の猫と一匹の亀は、遠いオロル山を目指して功名の旅へと出発をしたのである。



 イストワール王国のターブルロンド帝国との戦史には、神が起こした三つの奇跡という話がある。


 毒蛇作戦の阻止、補給物資への火計の阻止、偽補給物資輸送の阻止。


 これらは、すべて三匹の猫が起こしたことであったが、それを知る人は誰もいない。


 【湯治場の功名話】

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