4、厳正なる抽選の結果、今回はご縁がなかったと言うことで…。

バルコニーでの騒ぎは最終的に国王陛下が直々に介入し、騎士に命じられアレクスとアメリアが連れ出されることで一旦の幕を引いた。


連れ出され扉の閉まる瞬間まで声の限りにわめき続けるアレクスと、何も言わずとも目に涙を溜めて睨みつけてくるアメリアの姿に、ついに堪忍袋の緒が切れた王妃殿下はその手の扇をへし折り国王陛下は深く深くため息をき、

控えの部屋で休憩中だったドーン男爵は事の顛末てんまつを聞かされ、今度こそ泡を吹いて意識を飛ばしてしまったらしい。


これ以上、当事者として注目されるのも居辛いだろうと陛下に気を配っていただき、私とエルウィン殿下はそのまま退場を許され帰路についたのだった。




人生を一変させてしまった春の祝祭から一夜明けたが、王都にある侯爵邸は普段通りの静かな朝を迎えている。


もともとの一族の気質なのだろう。黙して語らず。決意した瞬間には不言実行で示す人間が多い。そのため、屋敷ないはとても静かだ。しかし、決して陰気で暗いわけではない。現に、私の母親は他家から嫁いできた方で、とても朗らかでいつもニコニコしている女性ひとだ。…正しくは、だった。

母は、私の出産時に亡くなってしまった。


丈夫な女性ひとだったが、お産は女性の死亡理由の中でも上位に上がる命懸けの大仕事だ。

予定よりだいぶ早い出産は…母子の命を奪う結果となる。


そう、赤子も一度は死亡を宣言されたのだ。


部屋の外で告げられた残酷な報告に嘆く自分の声よりも、一際大きな産声をあげ奇跡の誕生をしたのが…私、セシリア・マクゲインだと何度も父に教えられてた。

妻を亡くしたのは悲しいが、こうして忘れ形見の娘がいる。それだけでも神に感謝を伝えたいほどの奇跡だ、と言ってくれるのだ。

誰も『母を犠牲に産まれた罪深き娘』とは罵らない。

それだけ、この世界の医療ではお産が命懸けで『母子ともに無事』が当たり前ではないのだ。


医療だけではない。あらゆる面で、この世界は私が生きていた記憶のある世界とかけ離れたいた。


コンクリートで舗装された道を走る自動車。

天高くそびえ立つガラス窓のはまった建物たち。

平民も貴族もなく、誰もが物量的に豊かでものであふれていた世界。

私はそんな世界の人間だったはずなのだ。


夏はまだ先だと言うのに、やたらと寝苦しかったあの日の夜。

ついには息苦しさも感じ、もしや寝ている間に熱中症で死にかけているのか!?と慌てて必死に『起きろ起きろ』と念じて目を覚ませば…この世界で産声をあげていた。


赤子の体に引っ張られるのか、それとも、人知れず世界を渡った魂がこの世界に定着しきれていなかったのか。

私の意識は頻繁に沈み、気がつけば乳飲みちのみごに歯が生え歩き出し…その度に目覚めた私は驚くことになった。

神の悪戯か奇跡の産物かは不明だが、異世界産のこの魂がようやく定着しが保てるようになった頃、一度領内をみて回る機会があった。

その際に思いついたことをお父さま、守役の侍女やメイドに気ままに喋ったらそのうちのいくつかが採用され、私は一躍、天才少女と持てはやされることになる。



『王太子』との婚約が持ち出されたのはその少し前だった後だったか…

少なくとも、この天才少女の噂が決め手になった気はしている。

情勢的な理由もあったのだろうが、婿をとってさらにマクゲイン家の領地を肥え力をつけられるより、王家に迎え入れて利用したかったのだろう。


そんな空気を子供は敏感に感じとる。


幼いアレクスは、周囲の大人たちの言葉や態度を敏感に感じ取り、それを自分に都合の良いように解釈し、また誰にもそれを否定されなかった結果、増長に増長を重ねた。


元から経済的にも恵まれていたマクゲイン家だったが、私の助言によりさらに豊かになりそれをやっかんだ貴族の陰口を間に受け『急激に稼いだ金にあかせて王太子の婚約者の地位を買った』と思い込み

『つまり、こういうことを望まれているのだろう』と解釈した子供時分のセシリアが、アレクスの尻拭いや面倒を見過ぎたことで叱られる経験のない子供にしてしまった。

私に王太子妃教育が始まり側にいない時間が増えると、彼に取り入りたい友人役の貴族子女たちまで加わり歯止めが聞かなくなってしまった。彼らにイジメ抜かれ退職していった人間は数知れない。


危機感を覚え、セシリアや国王夫妻がいさめ始めるももう遅かった。

それでも王太子のままだったのは、いずれ王位につき否が応でも律される我が子に対し同情が消しきれなかった国王夫妻の甘さと、セシリアがしっかりしていればある程度はなんとかなるだろう、と甘く見通していた愚かさからだった。


その結果が、昨日の醜態と茶番劇。


この世界の貴族としての常識だけでなく、現代日本の常識も持ち合わせている私としては…彼のあの醜態は、もありなんとも思っている。

ただの一般市民の子供でも『叱らない育児』の結果がどうなるか…色々と物議を醸した時もあったのだ。


この世界の権力構造のトップに位置する王族で、しかも『王太子』として輝かしい頂点が約束されている子供。

叱られることもなく、希望が通らなかったこともない子供。

追従する人物しか身の回りにおらず、危機にひんして誰も庇ってくれる者のいない子供。


彼をそうしてしまった一旦が自分にもある…そう思うと気が重く、持ち上げていたスプーンが吐いたため息に押されそのままスープ皿に落ちてしまった。


娘のそんな姿に、寡黙ながら心優しい父が気が付かないはずもなく。

黙々とパンと卵料理を交互に食べていた手を止め、優しく声をかけてくれる。


「お前が気を病むことはないよセシリア。遅かれ早かれ、アレクス殿下にはご病気になってもらう手筈てはずだったからね。そんな危険も冒さず、王太子交代が叶ってむしろ私も陛下も妃殿下も胸を撫で下ろしている事だろう」


思わず出てしまったため息にとんでもない事実を知らされてしまい、どんな返事をするべきか固まっていると、向かいの席に座っていた上の兄があっけらかんと『知らなかったの?』と聞いてきた。

この兄は、亡き母に似ていつも明るく笑っている人だが、気質はマクゲイン家のそれで不言実行。事が全て終わってからヘラりと笑って報告してくるので、落差で得体の知れなさがかもし出されている人だ。


すでに結婚していて、マクゲイン家の後継者である証の『レヴァン』の二つ名を与えられ侯爵家の別邸で生活をしていたが、現在、義姉とは離婚調停中で別居をしている。

離婚理由は、彼女がマクゲイン領の本邸に入りたがったから。

未だ爵位の継承も代替わりもしていない侯爵家の女主人は、母亡き後は唯一の女児であるセシリアなのが気に入らない、と。次期侯爵夫人の自分が未だに別邸住まいなのが気に入らない、とたびたび兄と衝突していたらしい。

そんな素振りを見せもしなかった彼が、ある日突然何台もの馬車と共に『離婚するから』とヘラりと笑って訪れ…その日は遅くまでお父さまと話し合いをしていた。

理由を聞いて離婚はあっさりと認められたが、離婚対策の数々や弁護士の手配などの作戦会議をしていたらしい。


計画通りに有利に離婚が進行中の彼は、可愛い妹の婚約者が『クソ野郎』から噂にしても良いものしか聞かない王弟殿下エルウィンに変わってご機嫌だ。

『もう終わった話だし構わないよね?』と勝手に納得して、密かに練られていた恐ろしい計画の全容を語る。


「セシリアの成人…つまり来年の今頃だね。早いな〜あんなに小っちゃ買ったのにもう18歳か〜。その成人と同時に結婚した後、アレクス殿下には謎の病によって寝たきりになってもらう予定だったんだよ。それで、ちょっとしんどいかも知れないけどなんとか子作りはしてもらって…男女どちらでも良いから、子供が産まれたのを確認したら彼には死んでもらう手筈てはずだったんだ」


そして、王弟であるエルウィン殿下と再婚するか、彼を後見人に指名し産まれた子供の成人まで、セシリアとマクゲイン侯爵お父さまとエルウィン殿下との3人協議の元の政治を行う計画だったらしい。


恐ろしいのが、この計画が国王夫妻も黙認の計画であったと言うことと、

まつりごとを陰で支える裏の中枢にている貴族諸侯の全てが賛同している計画であったと言うことだろう。

表で政治を支える者も、当事者のはずのセシリアも、勝手に再婚相手にされているエルウィン殿下も知り得なかった影の計画。


「アレクス殿下にとっては、良い未来を選択をしたのかも知れませんね…」


茶番だ喜劇だ、と頭の中で馬鹿にしていたが…今は、昨夜の婚約破棄も奇跡の出来事のように尊く感じる。


知らされた事実に完璧に食欲の失せた私は、冷めたそれらを下げてもらい代わりにフルーツと暖かいお茶を頼む。

頭の中をめるのは、寝たきりとなったアレクスと子作りしなければいけなかった未来のセシリアの姿だ。

背筋に怖気おぞけが走り、寒くもないの肌が泡立つ。


「…だが、少々お灸が少なすぎたようだ。いや、効かなかったのかもしれんな」


新しく淹れてもらったお茶とフルーツと同時に運ばれてきた侯爵家宛の手紙。

封蝋ふうろうには王家の紋章が押されている。

静かに目を通していたお父さまが執事と日程を相談し、その場で3日後と決められたのは『調印』の日付だった。


「わざわざ同日に、自分たちの婚約の調印を指定したらしい。この後におよんでまだ事実が飲み込めていないらしい。未だ王太子気分で、未だお前の婚約者気分で呼び出そうと言うのだからな…。あれだけの醜態を晒すだけでは理解できなかったか…」


見ても構わないのか手渡された手紙は2枚あり、1枚はアレクスの筆跡の手紙で『今日、本日中に婚約破棄にサインしに来い』と書かれ、

同封されているもう1枚の手紙には、国王陛下の直筆による丁寧な謝罪と『日付はいつでも構わない。都合の良い日を指定してほしい』と言う内容だった。


選んだ便箋のおもむきからインクの滲み、筆の優美な運び…どれをとっても完璧な陛下の手紙に比べ、アレクス殿下の手紙は最低の一言だ。

季節に合っていない花の挿絵、筆圧が高くインクを含ませすぎるペン先による飛び散り。折り目もズレて斜めになっている。

アレクス殿下からいただいた手紙の中で、過去一に酷いものだ。

感情がそのまま言葉や行動に出てしまい取り繕うことを学ぶことなく、大人になってしまったアレクス殿下。この手紙の酷さはそのまま彼の感情だ。

愛しい少女アメリアと婚約できる事実より、廃嫡された事実の方が彼を掻き乱しているのだろう。


通常の知能、理解力があるなら昨夜の一件で引くはずだ。

納得が出来ないにしても、もう少し考えて行動しようと考えるはずだ。

アレクス殿下がしなくとも、誰かしらが止めるはずだ。

広間では止めに入らずとも、彼にも一応は側近や友人たちがいたはずなのだから。


そこに至らず、こうしてお膳立てがされていくと言うことは…やはり世界は『断罪』や『ざまぁ』の瞬間を望んでいるのだろうか?やはり、そういった物語の世界だったのだろうか?

あいにくその手の知識は少なく、ここがただの異世界なのか何かの創作物だったのか…私には判断ができなかった。

だから、思いつくままに行動をして特に対策や用意もしてこなかった。


それでも、こうして『断罪』のようなシーンになろうとしている。

一体、誰の物語の終着点になるのだろうか?


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それが貴方の望んだ結果でしょう?〜婚約破棄された侯爵令嬢ですが私が王位継承権の条件でした。今更話が違うとか考えが足りなかったんじゃないですか?〜 椎楽晶 @aki-shi-ra

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