3、より一層のご活躍をお祈り申し上げます。

未だかつてパーティーでは経験したことのない、完璧なエスコートのダンスだった。


お父様や弟との練習やダンスの先生との授業ではいくらでも素敵にエスコートしてもらえたけれど、パーティーに出れる年齢になった頃にはもうアレクスと婚約していたためにダンスのエスコートはいつも彼だった。


彼は、ダンス上手な国王夫妻の息子とは思えないほどダンスが下手だった。

決して運動神経が悪いわけでもリズム感が無いわけでもない。

ただ、どれだけ上達しても『あのご夫婦の子ですものね』と言われるのが気に食わなかったのだ。


これはダンスに限ったことではない。

絵画や声楽、楽器などの芸術関係は第2王子が早くから頭角を表し、弟が兄の自分より褒めそやされているのが気に入らなくて毛嫌いし

乗馬と狩りは上の妹が、読書と詩歌は下の妹が…。いずれ訪れる『比べられる日々』を嫌がり逃げ回るようになった。


社交に必須である、ダンスや芸術音楽、詩歌に狩猟。

国王として政治を行うための学びとなる、読書。

それらをいとうアレクスは王太子として以前に、貴族としてもどうか、と疑問視されるほどの評価の低さとなってしまった。


彼個人は体は動かすのが好きで剣術や弓術はやっていたが、それはとても独善的なものだった。先生の指示は受けず、打ち込むことを許さず。


国王夫妻が息子のこの学習態度を改めるよう何度も諌めたが改まることはなく、今日こんにちまで来てしまった。

独善的で短絡思考、権力の頂点にいるからこそ振りかざしてはいけないと言う自戒ができぬ人。


それでも王太子でいられたのは、

第1に、2人目の王子の婚約相手が既に決定しておりそれが他国の王位継承者たる王女だったからと

第2に、王子以外の王位継承者では王弟しかおらず、今代の王の血筋ではなくなってしまうからだ。

施政者として、また子を持つ父として…自分の血を分けた子供に次代を担ってほしいと思うのは当然だ。


マクゲイン侯爵家令嬢である私との婚姻が、王女の王位継承の可能性を潰す結果となってしまった。

侯爵家には2人の男児がいたが、長男はとっくに結婚しており次の侯爵の証である『レヴァン』の二つ名を与えられてしまっている。次男は、これまた貴族間の結束のために娘しかいない公爵との婿入り婚が決定している。成人間近(=結婚式間近)のため、今は公爵家にて仕事を覚えている最中だ。


残ったマクゲイン家の子供は令嬢1人。結果、男子の王位継承者しか選択肢に入れなくなってしまった…。




こんな、ダンスに関係ないことを考えていられるのもエルウィン殿下のリードが素晴らしいからに他ならない。

アレクスとのダンスは、マナーとして微笑みながら真っ直ぐ前を見て踊っていたが意識はいつも足元にあった。

下手な上にろくにステップも覚えていないくせに、迷いなく踏み込むのでいつ自分の足が踏み潰されるかヒヤヒヤしていたからだ。

逆に、変な場所に足を置かれ、いつヒールで踏み貫くかも不安だった。


そうして、1曲ダンスが終わると掴んでいた腕を放り出し見向きもせずに壁際に退く。自分に良いことしか言わない令嬢を侍らせ、寝そべりながら食事をし酒を呑みクダを巻くのだ。


曲が終わり次の曲に移る前に端によるが、そのまま止まることなく手を繋いだままエルウィン殿下は進み、バルコニーへと連れ出されてしまった。

国王夫妻のダンスが終われば、後の組のダンスは正直お義理でみんな見ているだけなので問題ではない。余程の話題の人でないなら、ダンスホール部分は見向きもされないだろう。


今までバルコニーは使ったことはない。ここは1人で来る場所ではないからだ。

主には、男女の逢引き場所で、婚約者であるアレクスを差し置いて私をこの場に誘う男の人はいなかったし、アレクスも私を誘ったりはしなかった。

しなかったが…毎回、違う女性を誘い出してはいたのを知っている。


エルウィンは、バルコニー出るとスルリと手を離し、手すりに寄りかかりながら、深呼吸を一つして振り返ると薄く微笑んだ。


「お互い、大変なことになりましたね。ですが、貴女が重ねてきた努力を『無駄にした』と言われぬよう…相応ふさわしい『王太子』となるよう…努力していきたいと思っています」


「これから、よろしくお願いします」


そう言って差し出された手を無意識に取っていた。

軽く握られた手の先、指の付け根あたりにさらりと乾いた唇が触れる。

ひざまずいてのそれは騎士の淑女への礼儀だが、立ったまま、お互いの目線を絡ませてのこの行為の意味はなんと言うのだろう?


少なくとも、同じアイスブルーの瞳に見つめられているとは思えないほどの胸の高鳴り…『ときめき』を感じるのは確かだった。

吸い込まれるような薄青い煌めきが徐々に近づき、自然と瞼が下がる。

そっと触れるだけの口付けですら、実は初めての経験だと言ったら彼は驚くだろうか?

婚約してから10年以上。ダンスやエスコートなどで手を繋ぐ以上の触れ合いすらなかった婚約者だった…。


「よき夫に、良き王に…貴女の努力を裏切らぬよう…誓います」


ゆっくりと落ち着いた声が甘く耳に響く。黒に近いダークブラウンの髪が、月明かりの当たるところだけ赤みが増している。

王族ではあるが、同時に騎士であり戦う人間だったので今は耳にかかる程度の長さだが、これからは伸ばすことになるのだろう。

この髪の色は皇太后の血族に多い髪色だ。遺伝の都合上、金髪だった先王陛下の髪色は現国王にもその弟であるエルウィン殿下にも遺伝はしなかった。国王陛下は、もう少し色が薄いブラウン系統の髪色だ。


こんな誠実に私に向き合ってくれる人が、家族以外にいることに密かに感動していると、無遠慮にバルコニーのカーテンを避け踏み込んでくる者がいた。


アレクス元王太子殿下だ。


鼻息も足音も荒く、カーテンを捲り上げて窓を潜ったので広間からは一瞬だがバルコニーが丸見えになってしまう。

見てみぬふり前提の『公然の秘密』の逢い引き場を、衆目の目に触れさせるなど言語道断である。

それに防いでいるのはあくまで視線だけで、カーテンは厚手だが完全防音ではない。広間は音楽や人のさざめきで常に騒がしいが、それでもバルコニーを使う人間はお互い身を寄せ近づき囁くように会話をするもの。

それら全てのルールやマナーを無視したアレクスは、侯爵令嬢たる私の名を大声で呼び捨てにして現れたのだ。


「セシリア、貴様!!一体何をした!?なぜ、俺が廃嫡されねばならない!!俺は第1王子だぞ?それが廃嫡されなぜ伯父上が王太子となる!?」


驚いたことに、ここに来るまでに自身で考えつくことも、誰かに聞くことも教えられることもなかったらしい。

止めに入る者もいさめに来る気配もない。ただ、ほぼ置いてきぼりにされていたのを必死に追ってきたアメリアだけが、バルコニー入り口で息を整えている。あんなに睦まじそうに肩を抱きひっ付き合っていたと言うのに…。


「たかだか、金のある程度の侯爵家風情が王太子といっときでも婚約できていた栄誉を受けられたと言うのに…」

「お前は本気で言っているのか?」


詰め寄られるようにズカズカと向かってくるアレクスの前にエルウィン殿下が立ち塞がる。


「伯父上、出しゃばらないでください!!これは男女の問題で…」

「それは恋人や夫婦間のことであって、元婚約者には当てはまらない。そんなこともわからないのか?セシリア嬢は、今は私の婚約者だ」


その辺りの分別はあるが感情が納得できないと顔てある真っ赤な顔が、魚のように口の開け閉めを繰り返す。反論したいが、言葉にする処理が追いつかないのだろう。

年下や、目下の位が相手ならば思う様にバカにし罵れるが、相手は伯父だ。地位はともかく、血縁上では無闇矢鱈やたらと反抗して良い相手ではない。

非難するには当然に正当性も必要だし、その時もきちんとした言葉遣いでなくばならない。それくらいの最低限は理解しているようだが、いつまで持つか怪しい。


「アレクス殿下」


今までは『アレクス様』と読んでいた私の変化に、おそらく彼は気づきはしていないだろう。

エルウィンに庇われ背後に隠されていた私は、そのこら一歩横にずれ顔が見える位置に移動した。


「まずは、アメリア男爵令嬢とのご婚約おめでとうございます」

と、深く礼をとる。続けて、

「私が何事かして廃嫡させられたのではありません。私との婚約をしない、と一方的に殿下が宣言なさったがゆえでございます。そして、私と結婚し子を成せそうな王族の中で歳の近い殿方がエルウィン殿下であったので、殿下が王太子となることになったのです」


意見のある時は、真っ直ぐ前をむく。これはマクゲイン家の家訓だ。

それにのっとり私はいつも、彼に…アレクスに意見をするときはその目を見つめてきた。伝わってほしいと思いを込めてきたけれど、ついぞ伝わりはしなかったけれど。


今回もそうだ。結局、伝わらない。伝えきれない。

貴族である以上、婉曲な言い回しやぼかして伝えるしかない。それを汲み取れるか、単語に表現方法にどんな意味がどれだけ込められているか…彼はそれらを逃げてばかりで学ばずにきてしまった。

音楽、芸術、読書、詩歌…これらはその技術を得るだけではない。それらの表現方法を使っての貴族的会話の表現方法、解釈を学ぶのだ。

歴史や社会を学ぶことで国内貴族の勢力を学び、今、落ちぶれていても重用されている理由や、今羽振りがよくともさして見向きもされていない理由を学ぶのだ。


王太子の婚約者が侯爵令嬢なのか。第2王子は外国に婿入りするのか。

上の妹が一つ国向こうの大国の何番目かの王子殿下を婿にとるのか。

下の妹の嫁ぎ先の目処がいまだにつかないのはなぜか。


「はっ!つまりお前は王太子妃…ひいては王妃の地位欲しさに俺と婚約していたと言うことか?さすが、金の亡者であるマクゲイン家の娘だけあって、卑しさが滲み出ているな!!」


だから、こうなる。

騎士団に入る後も入った後も、エルウィンには『王弟』としての教育がされていた。だから、貴族的な物言いもきちんと理解している。

『王弟』の自分ですらそれだけ学びの日々だったのに、幼くして『王太子』とされていた甥がこの程度の会話も理解できない現実を目の当たりにし、少なからずショックを受けてはずだ。


国王に『余興』と言われた婚約破棄の茶番劇が、若さからくる激情と考えた末の苦肉の策ではなく、ただの短絡思考から来ていると…彼はここにきてようやく理解できたことだろう。

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