2、お席のご用意ありません

ひとしきり広間の沈黙を見回した国王が、続けて『現王太子のアレクスを廃嫡はいちゃくし王弟であるエルウィンを立太子させ、その…』と、いまだ宣言の途中だったと言うのに、愛しの令嬢との婚約が認められたことに満足していたところを、廃嫡はいちゃくと言われたアレクスが慌てて声を上げた。


国王の宣言は続いていたと言うのに、それを遮る不敬無礼。

そして、廃嫡はいちゃくされる理由も何も分からない!と、叫ぶその頭の足りなさ。

この場にいる誰もが、この王子を次の国王といただかなくて良かったと胸を撫で下ろしたことだろう。


突然の出来事だと青天せいてん霹靂へきれきだと言うように、今まで愛おしげに肩を抱いていたアメリアを放り出してまで喚くアレクスを無視して、国王は先程の続きである『その婚約者をマクゲイン侯爵家の娘、セシリアとする』と締めくくり、自身の弟であるエルウィン殿下を呼ぶ。


群衆の中からスルリと抜けて出てきた、国王にどこか雰囲気の似た…しかし、決定できにどこか違うその人は玉座の前まで来ると無言で膝を着いた。

これは忠誠を誓う主人の眼前に呼ばれた騎士がとる礼だ。


王弟殿下は、この国1番の規模と強さを誇る近衛騎士団の団長だ。

上背うわぜいが高いが、ひょろりとした印象はなく、厚い体と太い腕、精悍な顔立ちに少しの野生味を感じる。だが決して粗野で乱暴ではない、王族としての優雅さと余裕のある佇まいの…未婚既婚問わず、貴族女性憧れの男だった。


王族の特徴であるアイスブルーの瞳を伏せながら『つつしんで拝命いたします』と答えたのを、アレクスが遮りなおも異議を喚く。


しかし、どれだけ言い募ろうとも事実は覆らない。


私との婚姻が、王位継承の条件だったのだ。

翻れば、どれだけパッとしなくとも、今まで影も形も認知されないほど落ちぶれかけていようとも、その身に王家の血を流す『名ばかり王族』であっても、私と婚姻し子を成すのなら、その者が『王』になれるのだ。


国中の貴族に限らず平民であっても…少しでも国内の情勢や諸外国との各種貿易、流通に気をつけていれば誰にでもわかることだ。

…その筈なのに、国を背負って立つはずの次期国王であった王太子がここまでだったとは…と、心の中で胸を撫で下ろし安堵の息を吐いた者が多い筈である。


「立太子式典及び、それに伴う近衛騎士団長の異動引き継ぎは追って沙汰する。さぁ、余興は終わりだ。皆、遅くなって申し訳ない。春の祝祭を楽しんでくれ」


アレクスを完全に無視する形で、国王は祝祭の開始を宣言し、控えていた楽団が音楽を奏で始めると王妃の手を取り広間まで降りてきて、1番最初のダンスを始める。

この国王夫妻のダンスを皮切りに、王太子とそのお相手が踊り、王子王女のダンスへと続く。以降は自由にダンスとお喋り、お酒を楽しむ場となる。


先ほどまでの怒りや不快感など微塵も感じさせない、優雅な微笑みを浮かべる国王夫妻のダンスは軽やかだ。このお二人は国内でも1、2を争うほどのダンス上手な夫婦としても有名だ。


私は、と言えば今まではおざなりにでも王太子であったアレクスに手を取られ振り回されるように乱暴にクルクル回され終わったらさっさと手を放り投げられていた。

今、隣に居て出番まで並んで待機しているのは、つい先ごろに王太子の指名を受けた王弟・エルウィン。

アレクスよりも上背も厚みもある体躯に、しかし、不思議と威圧感はなく…むしろ頼り甲斐を感じていた。アレクス相手では感じたことのない感情だ。


対して、一瞬で王太子の座を失い開始のダンスの順番を下げられたアレクスは、そのまま歯を折りかねない程に食いしばり床を睨み続けている。

あれほど切望したアメリアを気遣うでも、声をかけるでもなく自身の感情にしか意識の向かない…他者を思いやることの出来ないのは相変わらず。

婚約破棄を言い出すほどに愛する女性ができたと言った時は、やっと人並みに他者への『情』を向けられるようになったのか、と思ったのに。




この国は大陸の端にあり、流れが早く荒れ気味な海と険しい山々に囲まれた立地により他国の侵略を防いできた国だ。

古くは戦乱の世、強さを増す列強諸外国の中で地方を収めていた小国や豪族は同盟や婚姻により寄せ集まることで侵略を防ぎ、淘汰されたり細々と生き残ったりを繰り返し今日まで生き延びてきた。


この国もかつては地方豪族の集まりにすぎなかったし、今もそれは色濃く習慣や風習として各地に残っている。

今の王族がその特異な能力によって山々からの進軍を食い止め、海側からの進軍をマクゲイン侯爵家が防いできた。


幸いなことに、もう数百年は前の戦争の話で今は特に目立つ国家間の争いはない。


ただし、それは平民レベルの知識だ。

小さな…本当に小さないさかいは今でもあり、それがいつ戦の火種になるかは…誰にも分からない。

どの国も利益を追い求めたい欲望や何かしらの不満は持っている。


それを未然に防ぎ、なおかつ自国に不利にならぬように交渉するのが支配階級の人間の役目だ。

その為に、自国内を乱さぬようするための暗黙のルールと婚姻関係による結束。


私の生まれであるマクゲイン侯爵家は、海に面した利点と荒波すら走破する操船と造船の技術からなる海運業と貿易を主な収益にしているが、海から来る外敵に備えるために陸海両方の兵力も相当数有している。

国の財政源でもあり、国防にも外せない家だ。その為に古くから王家とは一つの約束を交わしている。


数代に一度の王族との婚姻。


先だっては、曽祖母が降嫁した王女だった。

その血筋により頑健だったが、90歳を越えて寝付くことが増え100歳をいくつか越えた頃に亡くなってしまわれた。

亡くなる前に王家と侯爵家で行われた相談によって、今代では娘を嫁がせる、と決められたのだ。


王族であれば、特に王位継承者である必要はなかったのだが、気候や内乱により情勢不安定な国が2〜3あり、万が一の対策として国内での結束の為、今回は王位継承者…つまりは王太子が望ましいと決定したのだ。


『第1王子はマクゲイン侯爵令嬢と。第2王子は隣国に婿入り』


ちなみに、第2王子の婿入り先の国は自国よりは小さいが宝石鉱山と観光業で潤う国だ。これはこれでメリットの見込める婚姻だった。

彼は現在、中央大国に留学中で国内には不在だが、卒業後は成人まではこの国で結婚の準備をすることになっている。


その為に、1番目の王子がダメだったから2番目の王子にスライドしよう!!ができなかった。国王夫妻には王子は2人しかおらず、基本的に一夫一妻制の法律と宗教上の理由により側室はいない。

公妾こうしょうを持つことは許されていてるが、どちらも同じく妻として扱うことが前提のため各人の甲斐性と妻側の寛大さにより、持てるかどうかが決まる。


だから、アレクスもそうすれば良かったのだ。


こんな大騒動を起こす前に、一言相談すれば良かったのだ。

両親でも良い、近習でも良い、仲の良い友人(でもあり、将来の側近たち)でも良い、あるいは私にでも相談すれば良かったのだ。


国王となった以上は、王妃との間に世継ぎを生む必要がある。その義務さえ終えた後ならば…あるいは、同じだけ価値のあるの対価が約束できるならアメリアを公妾として迎えることに問題はなかったし、私も嫌とは言わなかった。


…ただ、まぁ。とは言え、今もなお自分の中で激情を消化しきれず爪をかじり始め、心細そうに腕を掴もうとする少女を振り払い、聞くに耐えない自分本位な八つ当たりをしている姿と

隣にそっと立ち、目線をやれば気がついてぎこちなくも微笑み返し、そっと握る手に力を込めてくれる気遣いの紳士姿を見比べると…


本当は、そんな…自分を棚に上げて他人を比べるなどしてはいけないことだけど…。


正直、婚約破棄できて良かった。


あとは、今まさに踊り出すために差し出した手を優しく握り返す王弟殿下が、噂通りに高潔で紳士的な大人の男性であることを祈ろう。


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