それが貴方の望んだ結果でしょう?〜婚約破棄された侯爵令嬢ですが私が王位継承権の条件でした。今更話が違うとか考えが足りなかったんじゃないですか?〜

椎楽晶

1、私が王位継承の獲得チケットだったのにね

それは春の祝祭として行われた王室でのダンスパーティーでこと。

私、セシリア・マクゲインは王太子に婚約破棄を告げられた。


本来、王とその妃以外が立つことを許されない最上段、玉座の近く。王太子だとて国王の許しなくば近づくこともできないはずのその場所に、細く可憐な少女の肩を抱いた彼、王太子のアレクス・レフィーは王族特有のアイスブルーの瞳をキリリと釣り上げてこちらを睥睨へいげいしている。


その腕の中の少女、アメリア・ドーンは蜂蜜色の大きな瞳を不安げに潤ませながら、それでも決して王太子を拒むでも発言を止めるでもなくその場に立つ優越感を享受していた。


「…それは、何故なにゆえでございましょうか?」


大体の察しはついている。と、言うか、この状況で察せない人間なんて社交界にデビューするのしないのという幼児くらいなものだ。


こんな満座でこの暴挙。王太子の愚かさ加減はすでに密やかに噂になっていたが、決定的になった瞬間でもある。

その上で、さらに重ねるのだ。どちらに非があるか。誰が原因か。愚か者の末路がどうなるか。

ついでに言うなら、バカを公然とバカと罵れる機会に油断すると歪みそうになる口の端を極力意識して優雅に微笑んで見せれば、私の意図にも周囲のバカを見る目にも気づいていない王太子は見下したように鼻で笑う。


「考えることのできない愚かな女であるお前にも分かるように説明してやる。私は、このドーン男爵家の令嬢であるアメリアを真実に愛し王太子妃に迎え入れるため、貴様との婚約を破棄する!!」


『ヒェッ!?』とも『ふぇっ!?』ともつかない悲鳴と驚愕を喉から捻り出したのは、歓談中に突然に割り込んできた王太子に娘を引き離され慌てて追ってきたドーン男爵その人だ。


この驚きようが演技でないのなら、彼は父親の許しもなく結婚すると主張し娘を公衆の面前に連れ出した事になる。

娘のアメリアが否定も拒否もせず、かといって突然のことに驚愕し硬直してしまっているわけでもないことから、彼と彼女の間だけでこの茶番を計画したのだろう。


『なんてことを…アメリア…』と嘆き、今すぐにでも引き取りに行きたいだろうが、悲しいかな彼には玉座に続くこの階段を登ることはおろか、今、私がいる玉座に最も近い中央前面にすら立ち入る権利も許可もない。


男爵という地位と、目星しい功績もないドーン男爵ではこの場の壁際四方より手前には立ち入れない領域だ。

ゆえに、貴族は皆、必死になって功績を挙げ爵位を挙げる努力をするのだ。


哀れドーン男爵はショックのあまりこの数分間で一気に老け込んでしまったように、萎れうなだれ呼吸をするのもやっとの風情で遠巻きに見ることしかできず。

同じく低位貴族のものであろう者に背中を支えられ、苦しげに喘いでいる。


そこに、国王陛下と妃殿下入場の号令とラッパが鳴り響き、広間の大扉が恭しく開けられる。

入場の時間はおそらく予定通り。よほどの騒ぎ(賊の侵入や謀反人による大虐殺)でもない限り国王の予定は揺るがない。何かあるたびに予定を変更していては、すぐに狼狽える弱腰の王だ、と言われ威信に関わる。


すでにこの騒動の報告は受けていたのだろう。玉座近く資格も権利も与えていないどこの馬の骨とも知れぬ小娘を伴い立つ息子に、驚きはせず不快そうに眉を顰めた。隣に立つ王妃は冷たい瞳で息子と見ず知らずの娘を見ている。


国王夫妻の登場に、広間に集まった貴族たちは一斉に横にはけその行く道を開け、頭を下げながらその歩みを上眼使いで伺う。


絶対の権力者にして強力な後ろ盾である両親の登場に、喜色ばんだ王太子は無礼なことに横に避けるでも頭を下げるでもなく、玉座前にアメリアを抱いたまま矢継ぎ早に父に母に主張をし始めた。


「父上、ちょうど良いところに!私の新しい婚約者のアメリア・ドーン男爵令嬢です。まるで聖女のように純心で穢れなく可憐な少女ですよ」


よりにもよって、聖女と並べ立てるのか…。


この世界最大にして我が国でも信仰している一神教、その聖書に登場する『聖・ケイニルス』は、純粋無垢なる信仰心により神の宣託受け当時、闇の時代と言われるほどに暗君が続き荒れ果てた大陸を浄化して回った女性。

汚れなき心より生まれいずる祈りの言葉によってこの大地を浄化し、再び緑溢れる豊かな世界に変えた伝説の人だ。


当然に、一もなく二もなく賛成してもらえると思っていた王太子だったが、国王は口も開かず仕草だけど『退け』と促し、王太子に尻を向けられていた玉座に着いた。

視線も向けなかった王妃も隣の優雅に座り、そこで初めて王太子に向けて声をかけたが、それは決して母親としての言葉ではなく国王の前で無礼な振る舞いをする不届き者に対する言葉だった。


「何をしている。許しもなく玉座近くに寄るなど…」


決して荒げた訳でもない、むしろ事さらに静かで平坦な声だったが、それだけに怒りの深さが窺える。


『母上…』と縋るように王太子が呼ぶが答えず、言いたいことは告げたとばかりに後はただ怒りを孕んだ瞳で見返すだけだった。


両親の予想外の対応に、やや意気の下がった王太子は多少フラつきながらも玉座から広間への階段を背を向けながら降りていく。

当然、それは肩を抱かれたままのアメリアも同じ。一国の王が着席した玉座と言う至高の場に尻を向けたのだ。


閉じた扇を握りしめる王妃の腕は白く、かすかに震えているように見える。

それだけ怒りを感じ、必死に抑えているのだろう。

隣に座る国王も肘掛けに置いた手が、平素はゆるりと泰然と開かれているのに今はキツく固く握られている。


階段側近く、本来、許された場所まで降りる間に気を取り直した王太子は今度こそ認めてもらおうと口を開くが、いち早く察していた国王がそれを腕を挙げることで制す。


「本来なら、ここで春の祝祭の開始を告げるのだが、何やら王太子より話したいことがある様子。集まっている皆には悪いが、今しばらくこの余興に付き合っていただきたい。それで、アレクス」


余興と言われ腹がったのか、一気に気勢を盛り返した王太子が唾を飛ばす勢いで私との婚約破棄とアメリアとの新たなる婚約の許可を求め始める。

いかに私がひどい女か、冷たい心ない女か、可愛げのない女か…それに比べて、アメリアがどれほど素晴らしいか、暖かく、可愛らしく、純粋無垢で、裏表もなく、心優しく、安らげる存在か、恋しく愛おしい存在か。


私への侮辱とも取れる不満点と、アメリアへの賞賛を繰り返すのを『もう良い』と黙らせ、当事者である私とその父であるマクゲイン侯爵、そして息も絶え絶えなドーン男爵を呼ぶ。


国王夫妻のために脇へ退いていた群衆の中から、中央、玉座の前まで出てきたわたしたち父娘おやことドーン男爵。

哀れ、まさか栄誉あるこの場に立った出来事が家門の功績を祝すくのではなく申し開く場になろうとは。

呼ばれない者を伴うこともできず、憔悴しきりの男爵はそれでも必死にふらつく体を引きずり1人で立つことになってしまった。


四方周囲を貴族たちの憐れむような見下すような視線に晒され、味方も支えもない彼はまさにこれから少しでも咎めが軽くなるよう孤軍奮闘せねばならないが…男爵にはもうそれは無理そうだ。


「アレクスはこう申しておるが、マクゲイン侯爵はいかにする」


国王のこの一言に、周囲は騒めく。

これは、もうすでに国王の心は決まっているのだろう。決まってしまったのだろう。

その上で決定権を与えてくれるのだ。意を汲め、と言うのではなく…当然に同じ結論であろうと確信をして。


「私も、アレクス殿下がそう望まれますならば…娘との婚約破棄を受け入れたいと思います」


深く頭を下げながら答える父に習い、私も深く頭を下げる。

結い上げた髪の後毛が、さらりと垂れるその向こうを横目に注意深く窺えば、もありなん、と前列に並ぶ高位貴族たちは頷き、その向こうに微かに窺える中〜低位貴族たちは動揺し騒めく。


「我が侯爵家はありがたくもアレクス殿下にご婚約申し込み立場でございます。そのご本人様が破棄する、と宣言なさるなら…それを粛々と受け入れるしかございません」


これは痛烈な皮肉だ。それがわかっている大半の貴族はクスクスと笑い、わかっていない者…王太子はニヤニヤと優越感たっぷりな顔をしている。


「そうか…残念だ」

「貴女を娘と呼ぶ日を楽しみにしていましたのに…」


国王夫妻はそれぞれに悲しそうな顔をしてお声がけをしてくださる。それがありがたくて、私はより一層、頭を深く下げた。


「…この場にて宣言する。我が息子にして王太子であるアレクスとマクゲイン侯爵家の娘、セシリアの婚約は破棄されたものとする。異論のあるものは前にでよ」


厳かに宣誓された言葉に、先ほどまで騒めいていた広間は水を打ったように静かになり、誰も異論のないことを示す。


「続いて、この場にて宣言する。我が息子にして王太子アレクスとドーン男爵家の娘、アメリアの婚約をここに結ぶ。異論のあるものは前にでよ」


広間の沈黙は続く。隣で私や父と同じように頭を下げながら立っているドーン男爵はいよいよ呼吸もおかしく、意識があるかも怪しいくらいにぜぇぜぇと胸を抑えている。

本当は、1番に声を張り上げて『否!!』と叫びたいのだろう。

しかし、これは半ば絶対の王命にも等しい宣言。『異論あらば』と言ってはいるがそれができる人間はまずいない。

そんなことが出来る人間は、よほどの意思と決意を持つものか…ただの考えなしのバカだけだが、残念ながら続いて告げられた国王の宣言に声をあげた『バカ』が1人いた。


王太子、その人である。

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