第9話

 卒業式の後、紫苑の周りには、沢山の女の子たちが集まって、別れを惜しむ。

「紫苑先輩のボタンが欲しいです……」

「いやいや、ブレザーのボタン2個しかないからね」

「じゃあ、ネームプレート下さい」

「どうすんの? 人のネームプレートなんか」

「えー、嫌だ。先輩、卒業しないでー」

「いやいやいや、卒業させて下さいー」

 

 後輩たちの熱量に押されながら、笑う紫苑を、少し離れたところから琴乃が見ていた。彼女の頬を涙が流れる。

 紫苑が気付いて、琴乃を呼んだ。

「琴乃もおいで。一緒に写真撮ろう。皆で」

 琴乃は紫苑のところへ行くと、

「卒業、おめでとうございます。忘れないで下さいね」

 泣きながら、紫苑に一本、花を渡した。

「ありがとう。琴乃も元気でね」

 レース調のシートで巻かれてあったので、それが何の花か、紫苑にはわからなかった。それだけ沢山の花束を貰っていたから。


 海斗たちが、卒業祝賀会をしようというので、着替えるために一旦家に帰る。

 沢山の花束。一つ一つにメッセージがついている。これは桃香、これは菜々…みんな可愛い後輩たちだ。一つ、メッセージがついてないのがあった。落としたか? と思い、辺りを探す。

 しかし、その花を見た時、誰からの贈り物で、何を意味しているのか、十分なほどわかった。一本の紅い薔薇。……琴乃だった。


 たまらず、琴乃に電話する。待ち合わせて、自分の部屋に連れて帰った。


「一度だけ……一度だけにしようね。もうしない。いい?」

「はい……」

 こくりと琴乃が頷く。


 桜色の唇、長いまつげ、透き通るほど白い肌……

「えっ……琴乃……?」

 身体中に斑点のようにあざ。外からは全く見えなかったけれど。

「ごめんなさい……綺麗じゃなくて……」

 痣じゃない。これは、キスマーク。おびただしい数の……。

「今の彼氏じゃないでしょ、これ」

 琴乃は目を閉じた。涙が流れた。

「叔父が……」

 小さい頃から、一緒に住んでいる、父親の弟がつけたものだと言った。末の弟なので、年が琴乃と10歳ほどしか離れていない。その叔父に、幼い頃からおもちゃにされていたのだった。相手が社会人になった今でも逆らえない。殆ど毎日のように求められると言って、琴乃は泣いた。


「だから……私は、紫苑先輩に抱いてほしいんです……」

 琴乃は静かに言う。

「本当に一番好きな人に抱かれたい」


 紫苑は優しくキスをした。優しく。優しく…少しも琴乃を傷つけることなく。琴乃は時折、悦びの小さな声を上げ、何度も泣いた。


「嬉しくて……もう……ダメ、もう……私……死んでもいい……」

 紫苑の胸にそっと頬をよせる。心臓の音を聞くように。その音が琴乃の音に重なるように、また、紫苑は……


 服を着せると紫苑が、琴乃の髪を撫で、軽いキスをした。

「約束。守れるね」

「はい……」

 目を閉じて、琴乃は頷いた。




 琴乃の死を知ったのは、翌日のことだった。紅い薔薇を一面に浮かべたバスタブを、彼女の血で真っ赤に染めて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅い薔薇を手折るなかれ 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ