無人機の献身

隠れ里

無人機の献身

 転輪聖王リュンヌが、創造した精霊世界リテリュスの中で、一番大きな大陸アンフェール。


 アンフェールは、この世界の支配国であるリュンヌ教国の総本国がある大陸だ。


 この大陸には、3つの時代区分がある。兄弟分国期、群雄期、三国期。


 群雄期には、百を超える小国があったという。


 そのため、争いが絶えなかった。特に、小国同士の争いは、どちらかが滅亡するまで続けられる。


 そんな小国のひとつ、クラーヌ王国も、隣国との戦争で疲弊していた。


 長きにわたる戦争で、正規軍の損耗は激しくなっていたのだ。


 クラーヌ王国国王は、対策を講じるように王命を下したのだった。



 戦争での死者数をおさえたい。古い友人から、私のもとに寄せられた依頼だ。


 私は、魔力を含んだ鉱石を加工して、様々な物を生み出す研究をしている。


 クラーヌ国の二人の将軍は、私のもとを訪れていた。研究成果の確認のためである。


 私にとっては、お披露目の日であるが、朝から曇り空で雨が振りそうな嫌な天気であった。


「あいにくの天気ですな。雨が本格的に降る前に、成果をお見せしましょう。雨が降ると、頭が痛くなるので……」


 私は、クラーヌ王国内の辺境地マルー草原の研究テントに住んでいた。


 今は、二人の将軍の前で、布で覆われた研究成果の前に立っている。


「具合が悪そうだね。マクシム。まぁ、その成果が、軍の役に立ちそうなら、王に頼んでみるよ。王都で休めるようにね」


 痩せた体躯の将軍は、私が故郷の町に住んでいた頃からの知り合いで、名前をアモリ。


 クラーヌ国王に、私を紹介したのも彼である。


「本当に、そのガラクタで兵員の消耗をおさえることができるのかね。我が国は、人口も少ない。これが失敗し、我が国の兵員不足が改善しなければ、敗北は必死なのだぞ」


 立派なひげの将軍は、草原の上に置かれた荷台の上に座っている。


 彼は、顔を歪めて腕組みをしていたが、部下から差し出されたグラスを受け取って口をつけた。


 名前は、マラン。元漁師だ。


「まぁ、見ていてください。農民を一万人動員するよりは、こいつの攻撃一回で事足りますよ」


 私は、布を取り払う。人体を真似て作った魔鉱石の塊が、曇天を映して鈍く光った。


「ただの案山子ではないか!? 畑の番人でもやらせる気か?」


 マランは、グラスを地面に投げつける。それを部下が拾って、新しいグラスに取り替えた。


「まぁ待て。マラン将軍。何か攻撃ができるのだろう、マクシム。あれで試してくれ」


 アモリが、指し示す方向に覆面を被った兵士風の男がいた。


 おそらくは、隣国の捕虜だろう。私は、アモリの顔を見た。


「気にするな。マクシム。ただの案山子だ」


 アモリは、眉一つ動かさずに言いのけた。私は、生唾を飲み込んで魔造無人機の肩に手を置いた。


 魔造無人機とは、私がつけた名前だ。人間を模してはいるが、人ではない。


 故に、それらしい名前をつけたのだ。人間を作ることは、リュンヌ教国の戒に触れるからである。


「よし、魔造無人機。威力を最小限にして、あの覆面を撃て」


 魔造無人機の右腕が、覆面の男に向けられた。腕先が、真っ赤に染まる。


「タンジェバル《禁導弾》」


 腕先から魔力の塊が、発射された。覆面の男は、地面に固定されていて、逃げることはできない。


 たとえ自由の身であったとしても、威力を上げれば逃げ場はない。


 着弾とともに、ソレは破裂する。覆面の男は、跡形もなく消え去った。


「おぉ、やったね。マクシム。王都での贅沢な暮らしが待ってるぞ。どうだ、マラン将軍?」


 アモリは、我がことのように鼻を高くしている様子である。


 マランは、グラスを持つ手をだらしなく下げた。中身は、すべて零れ落ちた。


 名もしれぬ雑草が、赤く染まった。


 赤い液体を浴びた葉先が鋭く伸びている。まるで、血を浴びて喜んでいるように見えた。


「今ので、威力は最小限? こいつは、どれくらい戦える? まさか、一発で動かなくなるとかではあるまいな?」


 マランは、荷台から立ち上がった。小さな雨粒が、私の額ではじける。


 私は、首を横に振って「私が、戦う前に肩に手を置いて命令をすれば、三日三晩は戦えますよ」と答えた。


「他の人間の命令では動かないのか? なるほど、我らも警戒されたものだな。アモリ将軍?」


 アモリは、苦笑いをする。私は頭が痛くなってきた。大雨になりそうだ。


「この頭痛さえ、治れば。もっと、研究もできるのに……なぁ。魔造無人機よ」


 魔造無人機は、答えない。これを動かす言葉は、誰を撃てという命令だけだ。


 それでも、私にとっては、辺境暮らしを変えてくれるかもしれない存在なのである。


「しかし、マクシム博士。こんな素晴らしい物を作れるのに、その頭痛は治せないとは、不便なものだな。王都で暮らせれば、治癒術でも受ければ良い。きっと、頭痛も治るだろうよ」


 マランは、大きな声で笑った。決して、私のことを心配しての言葉ではないだろう。


 皮肉に満ちた表情が物語っている。魔造無人機のこれからの活躍を見れば、その考えも変わるはずだ。


(後悔させてやる。マランだけではない。私を辺境に追いやった魔術師の連中にも……)





 私の作り上げた魔造無人機は、八面六臂の大活躍であった。一方的な戦果だ。


 隣国の支配地を蹂躙し、敵兵も敵国の民も全てを呑み込んでいった。


 虐殺の光景は、見ていられなかったし、その日は眠ることもできなかった。


 しかし、勝利するたびに、讃えられる。


 私を辺境に追いやった魔術師どもは、私を見て苦々しく頭を下げた。


 マラン将軍も、会うたびに喜び「偉大なる博士」と呼ぶ始末だ。


 貴族どものお茶会にも呼ばれ、相席をする貴族の階級は、勝利とともに上がっていった。


 私は、より多くの勝利を得るために、隣国の隅々まで蹂躙したのだ。


 いよいよ、隣国も最後の都市を残すのみとなった。都市を防衛する兵士は、百人もいない。


 正直、魔造無人機を使うまでもなかった。私は、王都への遊楽を望んだ。


 しかし、魔造無人機の強さを知った軍隊の士気は低かったようだ。


 マラン将軍とアモリ将軍に説得され、最後の攻撃も魔造無人機に任せることになった。


「……こんな荒廃した都市を守る意味があるのか?」


 魔造無人機の肩に手を起きながら、隣国の最後の都市を見下ろした。


 ここ、グールドポワの丘から見る隣国の首都は、絶景だと聞いていたのだ。


「奴らは、魔造無人機から国を守るために、首都にあるあらゆる物資を使い切ったのだよ」


 マラン将軍は、本陣の司令席に足を組んで座っている。


 その隣には、抜け殻のような顔をした部下が立っていた。


「さあ、マクシム。最後の命令を。これで、我らの勝ちだ。いつものように蹂躙しよう」


 アモリは、俺の肩に手を置いた。


「私は、魔造無人機ではないぞ。肩に手をおいても動かんし、命令をするな」


 本陣にいる騎士たちから、大きな笑いが起こる。どこか、サーカスの曲芸でも見ているようだ。


 戦争に来ている緊張感が、感じられない。私には関係のないことであろうが。


 何もかもどうでもいいことだ。これで、やっと終われる。


「よし、魔造無人機。隣国の最後の希望を踏みにじってやれ。あ、雨が……」


 天のリュンヌの涙であろうか。だとしたら、どちらへの涙なのか。


 魔術師どもから、故郷の町を追われる前は、私も熱心なリュンヌ教徒であったことを思い出した。


「頭痛は大丈夫か? マクシム?」


 アモリは、私を心配そうに見つめている。魔造無人機は、丘を下りながら魔法を発動していた。


 彼らの最後の希望は、一つまた一つと消えていく。


「あぁ、大丈夫だ。なぁ、アモリ。治癒術とやらで、本当に治るのか……」


 アモリは、笑顔で頷いた。信じられない。


 でも、治らなくても、王都での贅沢な暮らしが待っている。


 少しくらいの頭痛は、遊楽税だ。


「良い光景だな。お前たち。見ろ。憎き隣国の最後の都市が、あっという間に粉々だ」


 マラン将軍とその部下は、酒盛りをはじめた。今や、部下たちは、彼にグラスを渡さない。


 マラン将軍もそれを気にかけることなく、無礼講だとばかりに騒いでいる。


「マラン将軍、まだ終わってはないのだがな? まぁ、勝ったも同然だがな。マクシムもどうだ?」


 私は、宴への参加を拒否した。酒は飲めないのだ。雨曇りの空を見上げた。


 雨は、だんだんに強くなってくる。焼け落ちた都市の断末魔と臭いが、耳や鼻をついた。


 数分後、雨は強くなった。魔造無人機は、丘を登って帰ってくる。


 私は、自身の頭を押さえて出迎えた。


「おぉ、良くやったぞ。うぅ、頭が痛い。これで、魔術師どもを後悔させてやれる。お前のおかげだ。魔造無人機!!」


 魔造無人機は、何も語らない。語るはずがない。だが、雨で濡れたその体は、勇ましく輝いている。


 語らずとも、自らの戦果を誇っているようだ。


 酒盛りをはじめたクラーヌ王国の騎士たちが、歌いはじめた。


「博士………………る」


 アモリか? マランなのか? 歌声でよくは聞こえないが、酒盛りへの参加を催促しているのだろう。


「博士、頭痛……治してやる。そして、後悔させてやる」


 今度は、はっきりと聞こえた。アモリやマランではない。目の前から聞こえる。


 私の前に向けられた腕が、真っ赤に染まる。


「タンジェバル《禁導弾》」





「その魔鉱石の塊は、マクシム博士の頭を魔法で貫いたのです」


 クラーヌ王国の生き残りが、リュンヌ教国に証言をした。


 クラーヌ王国は、その隣国とともに消滅。


 リュンヌ教国は、クラーヌ人の証言をもとに、調査を行ったのだが……


 そのような魔鉱石の存在は、確認されなかった。


 【無人機の献身】完。

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