第40話 愛しています

 秋のオープンキャンパス当日。

 ついに主役を務めた映画が上映される。


 山本監督が徹夜して練り上げた構成は、どれだけ観客を魅了できるだろうか。

 松山さんの本場仕込みのアクションは、どれだけ反響を得られるだろうか。

 そして俺の“事故”シーンは、どれだけ受け止めてもらえるのだろうか。


 今作は鷲田大学のイメージ回復を担っているのだ。


 昨日出来あがったパンフレットには、俺が理事会へ提出した手記がそのまま載せられている。


 刑事さんの話では村上プロデューサーは業務上横領の容疑で起訴され、現在刑事施設に収容されているという。

 まだ手つかずだった支援金は押収され、全額映画サークルに返還されることとなった。そこから今回の人件費が配られるという。

 資金集めの才能はあっても、それを己のために使うような人格では社会に適応できないだろう。きちんと罪を償って、いちから出直してくれることを祈るばかりだ。


 俺の爆破“事故”の映像が流されるとの噂で、興味本位に集まったマスコミのカメラも多数入っている。



「場内の皆様、ただいまより監督の山本から、皆様にお伝えしたいことがございます」

 瞳の場内アナウンスでステージにスポットライトが当たり、そこに山本監督が立った。


「皆様ご存知のとおり、本作は撮影中に爆破事故を起こしてしまいました。私の管理責任を問われる事態であることを自覚しております。被害者となった男子学生に深く謝罪しております。たいへん申し訳ございませんでした」

 場内が静まり返っている。


「その男子学生は、一時ツラい後遺症に苦しみ、なんとか持ち直して再び本作の主演として返り咲いてくださいました。この勇気ある学生がわれわれと同じキャンパスでともに勉学に勤しんでいることをたいへん誇りに思います。ありがとうございました」

 場内からパラパラと拍手が起こった。


「このたびの上映後、主演を務めた男子学生が皆様にご挨拶したいとのことです。もしよろしければ上映後しばらくでかまいませんので、彼の気持ちをお聞きいただけたらと存じます」

 先ほどよりも拍手が沸き起こっている。


「上映開始時間となりました。それでは、本作をお楽しみくださいませ」

 瞳のアナウンスに、深々とお辞儀した山本さんは監督としての役割をしっかりと果たした。


 場内の照明がゆっくりと落とされ、拍手と歓声が包み込んでいく。

 そしてスクリーンが明るくなり、瞳のナレーションから物語がスタートした。




 上映が終了した。


 エンドロールで流された「爆破“事故”シーン」は観客の度肝を抜いたはずだ。


 そして俺は監督や松山さんとともにステージに立った。

 俺の元気な姿を見た観客は、拍手と歓声でおおいに沸き立った。

 ちょっとしたヒーロー気分を味わいながら、ステージの中央へと歩んでいく。スタッフによってマイクが置かれた。

「ご覧になった皆様、ただいまより主演を務めました本校二年、吉田一哉さんがご挨拶申し上げます」

 熱いスポットライトを浴びて少し目線を下げたものの、すぐに正面に向き直ってマイクに近づいていく。


「私がこのたび主演を務めました吉田一哉と申します。皆様はニュースやマスコミ報道などでご存知のことと存じます。また先ほどご覧いただいた作品のエンドロールに、その問題となった爆破“事故”シーンを入れてほしいとお願いしたのも私です」

 観客は先ほど同様、静まり返った。手応えがないのは覚悟していたが、やはり少し無謀だったかもしれない。


「それは、今回の撮影において私が体験した一部であり、最も重要なシーンだからです。けっしてこのシーンを撮るためではありませんでした。その場にいた誰もが、そこに“爆薬がある”と認識していなかったのです。それは私だけでなく、映画サークル全体がそうでした」

 緊張で口が乾いていくが、つばを飲み込んでなんとか言葉をひねり出す。


「この事故の詳しい経緯は、皆様にお配りしたパンフレットの六ページ目と七ページ目に私の手記として記載しております。これをお読みいただければ、今回の出来事が“事故”であって“事件”でなかったとおわかりになるはずです」

 観客がいっせいにパンフレットをめくっている。紙の音が静まるまでしばし待った。


「私は推理サークル所属で、本作にも登場した井上部長から本作への参加を半ば強制されました。そしてなぜか私が主役に抜擢されたのです。作品は元々今回ご覧になった推理ものだったからです。しかし台本が二転三転し、ついには爆破シーンのあるアクションものへと移り変わってしまったのです。そして誰も予期できなかった爆破が現実に起こってしまったのです」

 やや興奮したようだったので目線で瞳を探し、顔を見て少し気分が落ちつかせた。


「それから後遺症と闘う日々が始まりました。最初はだいじょうぶだと思っていたのですが、視界がゆがみ、吐き気を催し、意識が遠のきました。それからは面会謝絶となり、一時は命の終わりを覚悟致しました」

 場内の視線が集中していることに気づいたが、今は怯むときではない。


「しかし、映画サークルを含め大学の皆様や医師・看護師の方々が、なんとか私の命をつなぎとめてくださいました。ここにお礼を述べさせてください。ありがとうございました」

 パラパラと拍手が起こる。


「そして快復し、退院し、大学生活へと戻る中、私にはひとつの後悔が残っていました。事故のせいでこれまで努力していた映画そのものが打ち切りになろうとしていたのです。それを聞き、撮影に再度参加し、大学側と協議を行ないました。それにより本日このように作品を上映できました。かかわったすべての皆様にも感謝申し上げます。ありがとうございました」

 また散発的な拍手だった。


「そしてエンドロールにて私の青春が爆発した、あのシーンを皆様に記憶していただければ、私にとって無情の喜びとなります。とてもわがままなのは承知しておりますが、ぜひ『演技の下手な主役が意図せぬ爆破に巻き込まれ、運悪く入院した』ことをお忘れなきようお願い申し上げます」

 少し笑い声が湧いてきた。


「最後に。主役に抜擢してくださった山本監督、私のスタントとして入る予定だった松山さん、爆破装置のスイッチを間違えて押してしまった大川助監督。とくにこの三名にはとても多くのご迷惑をおかけしたことをお詫びして、私の話を終えたいと存じます。本日はどうもありがとうございました」




 上映会が終わり、観客がすべて帰った後、関係者はステージの上に集まった。

「なかなかいいスピーチだったわ、吉田くん」

「飾らないところがいいよね」

「吉田さんは私のことを心配してくれていたんですね。あまりのことであなたに合わせる顔がなくて……。今まで避けていてすみませんでした」

 大川さんが涙を流している。それだけ重いものを背負わせていたんだな。それが下ろせた今になって感情があふれているようだ。

「吉田さんにしてはなかなかの度胸ね。爆破シーンで肝を冷やしてしまいましたが」

 小田も会場に残っていた。


「一哉、お疲れさまでした。気持ちは皆に届いたと思うよ」

 山本監督と松山さんは、この上映会をもって映画サークルから離れ、それぞれの進路へ向けて活動していくこととなるだろう。

 大川さんが次の監督となり、タイムキーパーの渡辺くんが助監督。新入生が入ってくれば、来年のオープンキャンパスへ向けて作品を完成させなければならない。


 今はサークル活動を引退した身として、彼らにひたすらエールを送らざるをえなかった。


 これからの一年。俺はどれだけ成長できるだろうか。

 そして、瞳と同じ道を歩めるだろうか。


 彼女には彼女の人生があり、これから先、俺と交わらないのかもしれない。


 でも、今だから彼女にこの想いを伝えたい。

「なあ、瞳。今だからきっと言えるんだ……」



「瞳、君を愛しています」




─了─



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