第39話 祭りの前

「一哉、お疲れさま」

 外へ出たところで瞳が待っていた。


「今回俺は疲れていないんだけどね」

「まあいいじゃないの。ひと仕事してきたんだから」

 ふたりで笑ってしまった。今回は失敗しても俺には影響が出ないし、上映できるかどうか勝負できるだけ、映画サークルの人たちにも悪いところはなかったはずである。


「今回は吉田くんにすべてお任せしてしまったわね」

「まあ被害者が“使ってくれ”とお願いしたら、上の人たちもなかなか拒否できないでしょう」

「だからって短尺で三バージョン作るの、たいへんだったんだから」

「監督もお疲れさまです」

「まあ頑張ったのは演技してくれた皆なんだけどね。今回承認を受けたパターンで本編を大急ぎで編集しないと……」

 監督が俺を呼んだ。どんな話なのかはだいたいわかっているが。


「今回はあなたと小田さんに力添えしてもらって、なんとか上映に漕ぎ着けられました。感謝致します」

 一礼した監督は、先ほど理事会で配ったチラシを見せてくれと言ってきた。

 どんな魔法が書いてあるのか知りたいのだろうか。とくに変わったことは書いていないんだけどな。

「あっ僕も読みたいな」

 はい、とふたりにチラシを渡した。


 映画に参加することになった経緯と、“事故”に遭った経緯、そしてそこから今日に至るまでの闘病記の三部構成が書かれている。

 そして結末として「これだけのことをなかったことにされては怪我のし損です。」とだけ書いておいた。

 被害者だからできる書き方ではあるのだが、それゆえにプレゼンテーションとしては申し分ないものに仕上がっていたはずだ。


 心を打つプレゼンテーションとは、真実を淡々と書き連ねるに限る。

 どこかに脚色があれば、それだけで嘘くささが醸し出されてしまうのだ。

 講義のノートやレポートのように、情報を集めて自分なりに噛み砕いて、誠実に書く。

 結局のところ、どれだけ誠実さを出せるかで、プレゼンテーションの成否が決まるのである。


「なるほどね。こういう書き方をすればお堅い面々も了承するのか」

「吉田くんって文章力があるんじゃないかしら。小説を書いたら面白いかもしれないわね」

「いえ、俺は単に文章をまとめるのが得意なだけみたいですね。小説のように読んだ人を魅了するようなものは書けませんよ。これもあくまで事実をそのまま書いただけですから」


「それならノンフィクションライターとかどうかな? うちのスポンサーで欲しがっているところがあるんだけど」

「映像を本気で学んだら、いいドキュメンタリー作家になれるんじゃないかしら」


「未来のことはまだ決めていません。今は受講して、バイトして、どこかのゼミに入って、もう一年自分のやりたいことを探すつもりです」

「そうね。二年生のうちから可能性を狭めてしまうのももったいない話よね」


 山本監督はひとつ大きく伸びをした。

「これが完成したら、内定をもらっている撮影所に提出してみるつもり。すぐは無理でも、いつかは映画を撮らせてもらいたいから」

「僕もスタント事務所に持っていって評価してもらおうかな。カメラ映えとか実際に観てみないとわからない部分もあるからね」


 それでもあのアクションシーンは圧巻だったな。なにか武術を習っているのかもしれない。基礎ができているからこその立ち回り。そんな気がしていた。

「松山さんってなにか武術をやっていたんですか?」

「ああ、日本では空手と合気道をちょっとね。向こうではマーシャルアーツを習ってた」

「マーシャルアーツですか。ゲームでしか見たことがないなあ」

「まあ相手をやっつける技が多いから、ハリウッドのアクションだと目を惹くんですよ」

 やはり観客を想定してのチョイスだったのか。顔立ちだって整っているし、あれだけ動ければスタントといわずアクション俳優としても通用しそうだ。

 まあ実際の俳優がどの程度動けるのか知らないから、適当言っている野次馬と変わりないんだろうけど。



 映画サークルの部室に到着すると、そこで小田が待っていた。

「どうかしら、少しはお役に立てましたか、山本先輩」


「万里恵さん、いろいろとありがとう。おかげで無事上映できそうよ」

「でも主役が吉田くんじゃあ観てもあまり評判にはならないと思いますけど」

「そんなことはないよ。最初の出演作にしては上出来だよ」

 松山さんが丁寧に応対している。人の心に入り込める話術はやはりさすがだと感じた。俺じゃあ嫌味を嫌味で返すしかできないけど。


「それじゃあオープンキャンパスのときに観に来てもよいのかしら?」

「ええ。きっと山本監督が面白い作品に仕上げてくれるからね」

「松山くん、いきなりハードルを上げないでくれない?」

「できると信じているだけですよ。今回いろいろな経験をしたから、演出だってきっとうまくいきます」

 笑顔で小田と話せる男子学生を見るのは初めてかもしれないな。

 高校のときだって、遠巻きで「小田さん、小田さん」と遠慮していたからな。小田の機嫌を損ねたくないからだったが。俺も高校のときは意図的に避けていたくらいだ。


「吉田くん、お役に立ててよかったわ。新井さんから電話をもらったときは癪だったけど」

「俺、卒業アルバムをもらったその日に処分してしまってね。小田の実家の電話番号知らなくてさ。瞳が持っていたからかけてもらったってわけ」

「ふうん、そうなんだ。それにしても、もうすっかり名前で呼んでいるのね。瞳って」

「まあ俺たちも付き合いが長いからね。いいかげんふたりの間では名前で呼び合おうって自然となったよ」

「私は恋のキューピッドってところなのかしら? ふたりにとって」

 言葉にトゲがあるな。松山さんのように返せたらいいんだけど。


「そうだね。小田には感謝しているよ。いいきっかけになったから」

「今回アシストするんじゃなかったかしら。でも山本先輩の力にもなりたかったから、まあいいでしょう」

 やはり高校時代よりも角が丸くなった印象がある。


「小田さん、お父様によろしくお伝えください。本日はとても助かりました、と」

「いいえ、後輩としては当然のことをしたまでですわ。なにかございましたら、またご連絡くださいませ」

 山本さんに対しては感じのいい後輩って雰囲気なんだな。

 もしかしたら本当の彼女はこちらなのかもしれない。同学年の俺たちが妙に気をまわしすぎたせいで、やや屈折した性格になったのだろうか。

 それが大学へ行って周りが気を使わない人たちだったら、また素の彼女に戻れたという可能性もあるのか。

 そういう意味では、彼女の高校生活も俺と同じであまり楽しめなかったのかもしれないな。

 だから俺を進んでアシストしてくれているのかもしれないな。


「松山さん、プレゼンに使ったっていう動画、見てもよろしいかしら」

「ああ、いいよ。部室で山本さんが動画の編集をするから、予備のパソコンでよければ」

「それでかまいません。たしか吉田くんが爆薬で吹き飛ばされたシーンもあると伺っているのですが」

「あれが見たいの? 君も意外と野次馬根性なんだね」

「人が生きるか死ぬかの瀬戸際を観てみたいだけですわ」



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