第38話 勝負は理事会で
小田のお父さんから要請され、理事会に映画サークルの面々と俺が呼ばれることとなった。
まず理事会で通常の議題を取り扱った後、俺たちの出番がまわってくるのだ。
「小田さんに聞いておいてと約束したけど、まさか本当に理事会と話し合いができるとは思わなかったわ」
山本監督は俺を見て苦笑いしていた。まあ俺もまさか本当にできるとは思っていなかった。
ただ刑事さんからも話が行っていたようで、理事会には刑事さんも参加するとのことである。
「映画サークルの皆様、どうぞお入りくださいませ」
「失礼致します」
山本監督を先頭に、俺たちは会議室へ通された。中にいた係の人から着席を促される。
全員が着席した頃、刑事さんも到着して離れた別席に腰を下ろした。
「それでは本日最後の議題となります。サークル『現代映像研究会』の秋オープンキャンパス上映作品についてです。本日は『現代映像研究会』の部員と主演の学生、それに本件を担当した警視庁刑事の方がいらしております」
理事と思われる方々の前で、俺たちは緊張していた。
「えっと、このたび“傷害事件”を起こしました『現代映像研究会』は、作品上映の許可を求めております」
司会役の女性が要旨を述べている。
「あの“事件”はマスコミでも大きく取り上げられており、わが校の名誉をおおいに傷つけましたな」
「そもそも出展させてよいのか、から始めるべきではないか」
異論が巻き起こるだろうことはわかっていた。正面から訴えかけてもこの手の堅物たちを陥落させることはできない。
「それでは映画サークルの副部長である監督の山本からご説明いただきます」
ここだな。
「お待ちください。まず被害者である私の話をお聞き願いたいのですが」
「君が、あの“吉田くん”か。体調はもういいのかね」
「はい、おかげさまで、峠は越えているようです」
「その“吉田くん”が、映画サークルの作品でなにを言いたいのかね。上映の禁止を求めるとか?」
「いいえ違います。『現代映像研究会』の作品をぜひとも上映していただきたいのです」
「ほう、君を傷つけた人たちが創ったものを上映させよ、ということか」
「さようです」
ここからが交渉のしどころだ。
「私が聞くところ、彼はまた映画の主役として撮影をしているそうです」
「小室教授、それは本当ですか?」
なんとかして主導権を奪わなければ。
「はい、私が主役として参加しております」
「あんな目に遭って、なぜまた参加しているのかね、君は」
「『現代映像研究会』の立場からではなく、逆に被害者である私の立場から考えていただきたいのです」
「君の立場ねえ」
「タダ働きで主役をさせられて、“事故”が起きて大怪我を負いました。そのうえ映画が打ち切りとなったら、私はなんのために大怪我をしたのでしょうか」
理事たちがこちらの話に食いついてきた手応えを感じる。
「被害者としては、身を粉にして主演した映画が上映されなければ、怪我をした“事故”が私の人生の一部を奪い取っていくに等しいのです。ですから私は怪我を負ったがゆえに、映画を上映していただきたいのです」
「なるほどねえ。たとえばテレビに出られると喜んで撮影に協力したのに、放送では一秒も映らなかったら、なんのために協力したのかわからなくなりますな」
流れが向いてきた。
「それでまた映画に参加した、と」
「それだけではありません。作品は映画サークルの三年生にとって、就職をするうえで大きな武器となります。将来性のある若者をメディアに輩出することは、わが校のメリットになりはしないでしょうか」
そんなに有名なのかね、この三年生たちは、という言葉が聞こえてくる。
「確かに山本は本作しか監督を務めておりませんが、ひじょうによい演出を考えてくれます。それに松山はハリウッドへ留学して本場のスタントを学んできています。現在三年生の彼女たちは必ずや日本の映画界に足跡を残すでしょう」
「ちょっと大袈裟すぎないかね」
「今からショートバージョンの映像を流したいので、モニターを使わせてくださいませんか」
「君、説明して差し上げて」
「理事長! われわれはそこまで暇ではありません」
「しかし、前途有望な学生の進路を決めるかもしれないのです。どのような内容なのか、確認してから拒否してもよいではないですか」
理事長と小田の父親とは大学時代の同期だと事前に教えてもらっていた。だからある程度こちらの好きなようにさせてくれるのだろう。
「準備ができました」
「山本監督、USBメモリーをお願い致します」
静かに立ち上がり、丁寧に一礼してからモニターにつながっているパソコンに
USBメモリーを挿し、操作して動画を再生させた。
「なるほど。いいねこれは」
「いいんですか、これが?」
「ああ、大学生らしい初々しさがあってね。しかも作品の構成もいい。アクションシーンもなかなか見栄えがするね」
「だけど主役が弱いんじゃないのかね。もう少し主役を推すべきでは?」
上映するかしないかではなく、作品の良し悪しに話題が移っていることを確認した。
「このバージョンはあえて私を前に出さない演出でお願いしてもらいました」
「ということは、主役を立てた映像もある、と?」
「はい。山本監督、次の動画をお願い致します」
上映を開始したところ、前半はまったく変わらない演出だが、後半に例の場面を差し込んであるのだ。
「こ、これは……。君、これは例の“事件”の映像かね?」
「はい、そうです。私が特別にお願いして爆破シーンの映像を入れてもらいました」
「しかし、これは……。上映できないぞ、これは」
これで対比は完了。あえて失敗作を観てもらい、先に上映したほうを引き立てる作戦である。
「私は“事故”に遭いましたが、その映像がまったく使われないのであれば、私の怪我はなんの意味ももたらさないのです」
「意味、かね?」
「はい。確かに二本目の出来はひどいものです。だからといって私はあのシーンを外すことには大反対です。たとえ被害者であろうともです」
「理事長、いかがでしょう?」
理事のひとりが顔色を窺っている。
「確かに出来は一本目のほうが上ですな。そしてあの爆破シーンは刺激が強すぎる。それでも被害者として上映したいというわけか」
「はい。そこで折衷案を考えてあります。山本監督、お願い致します」
内容は一本目と同じである。しかしエンドロールに爆破シーンと救急で運ばれていく俺の姿が写し込まれていた。
「これは……。エンディングにNG集を詰めた形だね」
「はい、そうです。そして会場ではこのチラシに書かれたことをパンフレットとして手渡す予定です」
そういって、爆破シーンの経緯と怪我の程度、後遺症についても余すところなく書いた俺の手記を配ってもらう。
「小室教授、ご判断いただきたいのですが」
「そうですな。この吉田くんは私の講義を受けております。この“事故”以来、学習態度がたいへんよくなっております。皆の手本ともいえるような学生です。実はうちのゼミに来ないかと誘っております」
「私はこの“事故”によって人生を大きく変えられました。そしてこの爆破シーンは、観た人の人生や価値観を大きく変えるものになりえます」
「だから、あえてこのシーンを上映したい、と」
「はい、よろしくお願い致します」
俺が深々と礼をすると、映画サークルの皆もそれに続いたようだ。
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