女商人は、幸せな日々の中で(後編)
「いいスピーチだったわよ。特に最後のルーナちゃんとアンを称えて壇上にあげたところなんかはね」
「ははは、ありがとう。イザベラさんにそう言ってもらえたら嬉しいわ」
駅前での式典が終わった夜、アリアはイザベラとこうしてマルスの店で酒を酌み交わしていた。会頭職をルーナに譲って以降、このオランジバークに来ることはかなり減ってはいるが、来たらこうして必ず情報交換を行う。そして、今夜は半年ぶりの乾杯を行った。
「ところで……お宅のレティちゃんだけど、最近おかしな様子はなかった?」
「おかしな様子って?」
「ほら、あの子、ランス君に惚れているでしょ?妙な痴話げんかなんかしたりしてない?」
口を付けたグラスをテーブルに置いて、そう訊ねるイザベラの言葉にアリアは思いっきり心当たりがあり、反応した。「確かにあったわ」と。
すると、イザベラは種明かしをした。すなわち、ランスが好きなのはレティシアではなくアリアであると……イザベラの娘で侍女であるキアラが話を盛って、レティシアに伝えたことが騒動の原因だとアリアに告げた。
「うそでしょ?だって、わたし……おばさんよ?」
アンチエイジングには気は配っているが、今年で40歳になるのだ。いくらなんでも、16歳の男の子が恋心を抱くとは到底信じられないと、アリアはイザベラの言葉を疑った。
「もちろん、ランス君がどう思っているのかまではわからないわ。でも、あの位の年頃の男の子は、年上の女性が気になることもあるわけで……それで、どうする?もし、本当に迫られたら……?」
からかうようにイザベラが「股を開くの?」と言っては来るが……アリアは首を振る。
「冗談でもそんな話はしないでよ。あの子のことは、カミラさんから託されているんだし、不義理なことはできないわ」
そう言いながら、アリアは少し寂し気にグラスを傾けて、中の酒を空けた。カミラは長くアリアにとっては良き相談者となってくれたが、4年前に病を得て他界していた。
「それで、キアラはなんでレティにそんなアホなことを吹き込んだのよ?」
「実際には事実無根じゃない様よ。何でも、あなたの下着を手に取って、クンクン嗅いでいたとか?」
「え゛っ!?」
その予想外な回答に、アリアの顔が引きつった。何かの間違いではないかとも思わないわけではないが、確かにそれならば、キアラやレティシアが騒ぐのはわかる気がした。
「とにかく、帰ったらみんなを集めてよくよく話し合うことにするわ」
「そうね、その方がいいわね」
空になった器には、マルスがそっと継ぎ足してくれていて、琥珀色の液体が満ちていた。アリアはそのグラスを手に取ると、また口を付けた。
「ところで、本当にもう商人はやらないのですか?」
不意に正面から声が聞こえて、顔を上げるとそれはマルスだった。すでに、ハンベルク商会は完全にルーナに譲っていて、かつて自宅として使っていた部屋も同様に引き渡していた。だから、気になっていたのだ。本当にもう復帰しないのではないかと。
すると、アリアは答えた。
「レオがね……苦しみながら頑張っているのよ。もう一度、魔法使いになろうとしてね。それはマルスも知っているでしょ?」
「ええ、まあ……」
「だからね、わたしも待つことにしているのよ。レオが転移魔法を再び使えるようになるまでね……」
ただ、それはもうすぐだと思うから、新しい商売の準備は水面下で進めているとアリアは言った。そうしていると、噂をしたからだろうか。突然、この小料理屋の扉が開かれて……そこにレオナルドが現れた。
「レオ!?どうしたのよ。もしかして、コンドラでも呼び出して連れてきてもらったの?」
アリアは驚きつつも、「困った人ね」と笑う。しかし、レオナルドは「そうじゃない」と言った。
「できたんだ……。ついに、転移魔法が発動できたんだ……」
「へっ!?」
一瞬、何を言われたのか理解が追い付かず、アリアはマルスを……そして、イザベラを見た。だが、二人も驚き言葉を詰まらせていた。だから、これは夢ではないとアリアは知った。
「おめでとう!レオ!ついにやったわね!!」
「ああ!ありがとう!アリアが支えてくれたおかげだ!!」
二人は人目をはばからずに喜びを爆発させて、抱き合い……最後に唇を重ねた。
「あらら……」
「お熱い事ですな。イザベラさんも、ボンを連れてきたらどうですか?」
「いやよ。あいつは、学校で教師をやっているときは聖職者だけど、一歩外に出すと性職者に変身するからね」
マルスとイザベラは、そんな二人を眺めては、冗談を言い合いながら笑う。そんな楽しいこのひと時の中で、良き伴侶、良き仲間に恵まれたアリアは、幸せをしっかりと噛みしめたのだった。
置き去りにされた女商人は、復讐を誓う 冬華 @tho-ka
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