女商人は、幸せな日々の中で(中編)
オランジバーク中央駅は、オープンセレモニーを前にすでに多くの人で賑わっていた。祭りのように屋台が多数軒を連ねていることもあるが、何と言っても今日の目玉は、この町の英雄、アリア・ハルシオンのスピーチが予定されていることだった。
そして、その彼女が壇上に登ると……この場の熱狂は頂点に達した。
「みなさん、こんにちは。ハンベルク商会の名誉会頭を務めております、アリア・ハルシオンです。本日は、このオランジバーク中央駅を起点に、ルワール、レージー、オランジバーク港を結ぶそれぞれの路線が無事に開業することができたことをお喜び申し上げます」
当初は、ルワール領とオランジバーク港を結ぶ路線を優先していたのだが、アルカ帝国から流入した難民が増え続けたことで建設工事に余力が生まれたこと、北部同盟に加盟する有力部族の長が強く要望したこともあり、各部族の村を経由する形でレージー族の村まで繋がる路線も同時に建設が進められることとなった。
「もちろん、この夢が実現できれば、この北部同盟全土、また3年後には繋がる予定のポトスがより一層繁栄するであろうと考えて、わたしはこの事業を始めたわけでありますが……成し遂げられたのは、ひとえに多くの方の協力があったからに他なりません」
蒸気機関を発明したオズワルドと開発に協力したシーロは、今ではそれぞれ父親になり、相変わらず研究所で働いている。今は町全体に夜でも明かりを常時点灯させるべく、古代人が残した文献にあった『電気』というものを幅広く実用化するための研究に没頭しているという。
また、莫大な資金を投資してくれたカルボネラ商会は、レベッカ会頭の下で立ち直って、あの事件の後は再び敵対することなく力を貸してくれた。彼女もすでに結婚していて、3児の母親になっていた。アリアとは、時折お茶を飲む間柄だ。
「政府の皆様、並びに各部族長の皆様におかれましても、ご協力を賜り、心より感謝申し上げます」
北部同盟はマルスが8年盟主を務めた後、今ではベルナールが引き継いでいた。二人ともこの場に出席している。
マルスは、アンジェラと共に盟主退任後、旧市街地に小さな小料理屋をオープンさせていた。但し、これはカモフラージュで、同盟政府直隷の諜報機関のボスというのが裏の顔のようだ。
一方、ベルナールは、バランスの取れた盟主として概ね評判が良かった。近々、娘エミリアがレオナルドの義弟ダリルと結婚するとかで張り切っていたりする。
また、主な部族では、レージー族で代替わりがあった以外は顔ぶれに変更はない。
ヤンは、妻となったイリナとの間に一男一女を儲けていた。但し、上の娘がレオナルドとアリアの息子であるクロードに一目ぼれしてしまい、頭を悩ませていた。
ラウスは、相変わらず独身で、そろそろ跡取りをどうするのかという話題で持ちきりだ。しかし、かつて惚れたルーナとどうしても比べてしまい、決めることができなくなっているとかで、こちらは周囲の者らが頭を悩ませていた。
「そして、最後に。わたしからバトンを受取り、見事最後までやり切ってくれたルーナとアンに心より『ありがとう』と伝えたい」
現在、ハンベルク商会は、会頭をルーナが引継ぎ、アンが変わらずに事務長として支える体制で運営されていた。レオナルドの転移魔法が当てにできなくなった時点で、アリアはこの二人に商会の未来を託していたのだ。
「ありがとう。本当によくやってくれたわ」
壇上に二人は呼ばれ、アリアからねぎらいの言葉を掛けられると、共に照れくさそうに笑った。
ルーナは、バシリオと結婚してお腹には待望の第一子を宿している。すでに結婚してから10年近く経つのだが、どうやら人族と魔族との間では子供はできにくいようで、同じ立場にあるアイシャの方は、まだ妊娠の兆候はないという。
アンは、それとは対照的に現在花婿を募集中だ。美人で知的な印象が強すぎるのか、もうすぐアラフォーになるというのに、中々いい人はみつからないようだ。
但し、先程ジャラール族のラウスといい感じで話しており、もしかしたら春は近いのかもしれない。
「これからもこの北部同盟が益々発展し、みなさんが笑顔で毎日を過ごせる日々が続きますよう、わたしも心から願っております。本日はお招きいただきありがとうございました」
そう最後にスピーチを締め括り、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響く中、アリアは降壇した。その目には薄っすらと涙を湛えながら……。
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